恋歌 ~ラブソングしか作れない~
なろう初投稿です。
物心がついたときからずっと、誰かを探していた。
それが、誰なのかはわからない。ただ、無意識のうちに探している。通い慣れた通学路、近所の公園、少し寂れた街のアーケード、車窓に流れる風景の中に、教室の窓から見える街の景色の中を――どこの誰かもわからないあの子をずっと、探していた。
* * *
先ほどまで話し合っていたメインギター兼ボーカルが、活動場所の空き教室を出ていった。あとを追うように、別の楽器担当も席を立つ。それは、文化祭をひと月後に控えたまだ夏の暑さが残る秋の日の放課後のこと。
音楽性の違い――音楽⋯⋯とりわけバンドグループの活動休止、メンバーの脱退、解散報道で耳にするフレーズだ。テレビやネットニュースで見かけるたび「なにそれ? どういうこと」って思っていたけれど、いざ自分がその立場になると。なるほど音楽性の違い、確かにそれ以上に適当なフレーズは思い浮かばなかった。
自分としては最大限の譲歩したつもりなのだけれど、「もうちょっと配慮っていうか、歩み寄れなかったの?」場をまとめようと必死だったバンドリーダーは、絶望感溢れる顔をして、恨めしそうに言った。本番に向けた追い込み時期での決別⋯⋯恨み言のひとつもいいたくなるのは理解できる。だけど、文化祭まであとひと月の今になって「もう一曲追加でロックやりたい」なんてことを言い出すのは無茶な訳で。文化祭に合わせて準備した、比較的落ち着いた曲調のオリジナル二曲よりも、ロックの激しいサウンドの方が盛り上がることは否定しない。だから譲歩した、どうしてもオリジナルの楽曲をやりたいのなら一週間以内に自分で用意して、と。
「あんま無茶な要求してやるなよ。まあ、このタイミングで言い出すのは正直どうかと思うよ。でも、言いたいことも解る。バンドなんだし」
練習時間は限られてるのだから、素直にカバー曲にすればいいのに。
「そうなんだけど。でもあいつ、お前のファンだから」
「とにかく説得するから考えておいて」出ていったリーダーの背中を見送る。いったい何を考えればいいのだろうか。お世辞を言われたところで解決する話しではないだろうに。
戸締まりをして、空き教室を出る。他の部活が文化祭に向けて準備を進める賑やかな廊下をひとり歩いていると「あれ? 今日はもう帰るの?」と、楽器を抱えて音楽室から出てきた吹奏楽部に所属している、小学校からの幼馴染みの女生徒が声をかけてきた。
「活動休止になった」
「えっどうして?」
「音楽性の違い」
「よくわかんないけど、つまり暇なんだよね? 待ってて、もうすぐ終わるから」
暇とはいっていないが予定もないため、音楽室直通の準備室で待つ。両面開きのドア越しに漏れ聞こえる演奏練習は、止まってはやり直しを繰り返している。まだしばらくかかりそう。吹奏楽部が音楽室を使用している際一時的にこちらへ移動されているグランドピアノの椅子を引き、鍵盤の蓋を持ち上げ、フェルト生地の深紅のキーカバーを外す。綺麗な鍵盤が姿を現した。椅子の高さを調整して座り、鍵盤に手を触れ軽く押し叩く。ポーン! 淀みのない深い音が響いた。演奏で使っていたキーボードとは違う感触、違う音。一度深く深呼吸⋯⋯顔の前で指を広げて合わせた手を再び鍵盤に添える。
本格的に音楽に触れたのは、中学に入ってからだった。
きっかけは、当時の担任教師の担当だった国語の授業で「詩」を書く課題。自分の気持ちを文章に起こして表現することがとても苦手で、文章どころかテーマも決まらず一文字も書けなかった。クラスメイトの半数近くが書き終えようとしていた時「手紙にしてみたらどう?」とアドバイスをくれた。抽象的な事柄より目的がはっきりして書きやすいと思った。問題は誰に宛てて、何を伝えるか。親、友人への感謝が無難なのだろうけど、改めて伝えるとなると気恥ずかしい。
ふと思い浮かんだのが、もっと小さかった頃近所の公園で同い年くらいの女の子と遊んだ遠い想い出。彼女と遊んだのは一度だけで、友人、家族に訊いても誰かわからなかった。だから、絶対目に入らないその子へ送る手紙にした。書き出すと自分でもびっくりするくらい次から次へと想いが溢れて言葉が浮かんだ。後日返ってきた課題には「これほどまっすぐな恋文は初めて読みました」と。途端に恥ずかしくなったのを今も覚えている。
でもそれから、スマホのメモ帳に手紙を書く癖がついた。
宛先のない手紙を書く時、いつも思い浮かべるのは幼かったあの日のこと⋯⋯たった一人を想って言葉を綴る。自分でもイタイことをしている自覚はあった。いざという時は動画サイトで聞いたラブソングの歌詞って誤魔化しはきくが、極力知られないよう秘密にして過ごしていたある日。数人の友達と遠出をした駅前広場で、ストリートミュージシャンを見かけた。誰も足を止めなかったけど、キーボードひとつで演奏し、不特定多数の大勢の人が行き交う駅前で恥ずかし気もなく堂々と歌う姿に感銘を受けた。作曲アプリを使ってメロディを紡いだ手紙は、音楽になった。
自分で弾けるように、曲を作れるように、昼休みになるとほぼ毎日音楽室に入り浸って、音楽の先生や、ピアノを弾ける幼馴染みに教わったりしてピアノの練習を繰り返した。上達した腕を披露する機会はなかったけど、今みたいに不特定多数じゃなく「たったひとりへ想いを馳せて歌う」それが出来るだけで充分だった。
――パチパチパチ! 演奏の弾き終わり、拍手が聞こえた。幼馴染みの女生徒と、同じ吹奏楽部の女生徒。楽器の移動を手伝いながら話す。
「じゃあ、文化祭の演奏やめちゃうの?」
「そうなるかも」
「えぇ~、普通にショックなんだけど。作ってあげれば? さっきの曲も即興でしょ」
「無理だって。そういうの書けないから」
「てか、即興だったんだ。他にもあるの?」
「まあ何曲かね」
「ぜーんぶラブソングだよー」
「あ、そういえばさっきの歌詞も⋯⋯」
若干揶揄われながらもグランドピアノを音楽室の定位置へ戻し、窓の方へ視線を向ける。音楽室へ来た時はまだ青空だった空は、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
「それで、用事は?」
「ん? もう済んだよ。聴きたくなっただけだから。上手くなったよね、ホント」
自分としても最近はキーボードばかりで、久しぶりに弾いたピアノはいい気分転換になった。机を並べて、廊下に出る。廊下の向こうから見覚えのあるシルエットがふたつこちらへ歩いてくる。メインギターとバンドリーダー。頭に昇った血は冷えたそうで、メジャーバンドのカバー曲を追加で演奏することなった。
「てか、お前が選んだ曲さ。アウトロのソロでエグいリフ要求されるけど間に合うのか?」
「⋯⋯打ちこんどいて」
「自分でやれよ」
バンドメンバー二人のやり取りを見て、後ろを歩く女子二人は笑う。
「仲直りできてよかったね。いっそのことさっきの曲も演奏すれば?」
「うんうんっ」
「余裕があれば」
歌詞にも、曲にも雑なところが多くあるし、バンドに合わせた編曲もしないといけない。追加の曲を練習しつつ、新曲も用意するとなると現実的に難しい。
「じゃあ弾き語りは? うちの学校の文化祭外からのお客さん結構入るんだって」
出会ったの十年以上も前のこと。
偶然どこかですれ違っていたとしてもお互い成長していて、顔はわからない。
それでも、もしもう一度出会えたなら。この想いを、歌を届けられたのなら⋯⋯。
「届くよ、きっと――」
遠い淡い思い出に縋らず、先の未来を歩けるように思えた。
お読みいただきありがとうございました。
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