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3.へんなひと

沈黙の中、焚火の火が一層大きく燃え上がる。焚火にじっと目を凝らすと、火の回りに黄色や青や白、色とりどりの小さな火花が一瞬花火のように煌めいては消えていく。

それが面白くて、雨歌はしばらく魅入られたように火を眺めていた。

地球でも焚火をすると起こる現象なのか、この奇妙な森限定での現象なのか。焚火などしたことがないから分からない。

ここは、雨歌の分からないことだらけだ。

でも。


「きれい」


そっと呟くと、それまで眉を寄せて雨歌を見つめていたシンフィルが表情を少しだけゆるめて、枝を火に投げ入れた。


「……火に”まじない”をかけている。燃えている間はこのあたり一帯が無害化されるうえ、瘴獣もこなくなるやつな。聖域化とまではいかねーが空気も浄化されてるから、息もできるだろ」


「へえ。なんだか分からないけど、ありがとう」


「別にアンタのためじゃない。アンタを無事に神殿__ラズナヘイムに連れ帰れっつー命令で仕方なく、な。アンタを引き渡したら俺はもう知らねー。こんなお絵描き変態女が”つがい”なんて聞いてねぇし、こっちから願い下げなんだよ。チェンジだ、チェンジ。クソ神官長につがいの契約破棄を願い出て一件落着ってわけ」


「さっきから知らない単語が、いっぱいだ」


正直な感想を淡々と述べる雨歌を、シンフィルは理解しきれない生き物を見るような目で眺めた。


「アンタさぁ……俺の知ったこっちゃねーけど、もっとこう……泣いたりとか、おうちに返してーとか、ないわけ?つまんねぇよ」

刺々しいことを低い声で言いながら、隣にふせるルーガンを撫でる手はとても優しい。


「なんだか、いじわるだね」


「ほっとけ、俺の嗜好だ」


「ふふっ、へんな人」


雨歌の口から小さな笑い声が漏れ、シンフェルは反射的に雨歌の顔を……口元に目をやり、すぐに目をそらした。

「変なのはアンタの方だよ。妙に聞き分けがいいし、気持ちわりぃ」

「だって、きみに言ってもしかたないことだって分かってるから」


「あん?」


「ここが、日本じゃないのは分かる。光や、空気が違うから。私を呼んだ子がいるんだ。わたしが5歳の時、不思議な女の子が願いが叶う願いの石っていうのをくれて。その子に言われて、お願いしながらその願いの石にずっと水をかけていたの。多分、その子がわたしを呼んだんだと思う」


シンフィルの目がスゥ、と細まる。

(願いの石……なんだそりゃ?聞いたことのない魔呪具だな)

(だいたい、”女の子”だぁ?異界に自由に渡れる巫女なんざいるわけねぇし、うちの神殿の姫巫女サマにもそんな力ないはず……そもそも今回のつがい召喚は、クソ親父15年越しの悲願を神獣が聞き入れた末の召喚のはず……マジでなんだこいつ)



彼はもう一度、上から下まで雨歌を無遠慮に観察した。

目元には、ひび割れたガラスの珍妙な飾りをつけているし、服装は色気のかけらもない真っ黒な黒衣。

顔は__まぁ、珍妙な飾りを外して小奇麗にしてみたら、それなりになるような、ないような。

両手を筆記具の黒い粉で真っ黒に汚れさせた狂気のお絵描き女はシンフィルの舐め回すような目を気にするていもなく、ひび割れたガラスの向こうから、まっすぐに見返してくる。


「たぶん、きみが連れて行ってくれる場所に、その子がいると思う。その子がきっとわたしを家に帰してくれるんじゃないかな……きみには関係ないことだから、安心して」


あきらめでもなく、強がりでもなく。

ただ事実を淡々と述べる目の前の女と、先刻瘴気の渦の中で目を血走らせて絵を描いていた女が同一人物とは思えないくらいで、シンフィルは心中で、本日何度目かの”気持ちわりぃ女”をやった。


「そうだ。わたしのスケッチブック、きみ知らない?起きたら無くて」

「知ってるが、おい、観察変態女。また瘴気浴びにお絵描きタイムか?今度はぶっ倒れても助けに行かねーからな」

「行かない………今は」


あいまいな返事にシンフィルは舌打ちで返す。

立ち上がり、食料や、野営準備などの荷物一式の一番上に無造作によけておいたスケッチブックを手に取り、雨歌にひらひらとふって見せた。


「……アンタ寝ながら焚火の前で寝返りしやがって、燃えそうになってたから、ほらよ」

アンタは燃えてもよかったんだが、などという嫌味も聞こえているのかいないのか、

雨歌はスケッチブックをシンフィルの手から嬉しそうに受け取ろうとする。ここぞ、とばかりにシンフィルの片眉が上がった。


「おやまぁ、お品のねぇこと」

「……ありがとう」

「挨拶、色気、嗜虐はオルドレアの三大礼儀ってね」


さりげなく己の属性を披露しつつシンフィルは今度はしっかり雨歌にスケッチブックを手渡す。


「こんなところまで落ちてきて、自分の描いた絵だけが後生大事ってか。あんたがどこから来たのか知らねーし興味もねーけど、あんたの世界じゃそれが普通なのか?」


シンフィルの言葉に、雨歌はそっと目を伏せた。手にしたスケッチブックを胸にぎゅっとかかえなおす。


「普通…………かは、分からない」

「じゃあ普通じゃねーだろうな」

「…………うん、自分の得意なこと、苦手なこと。数字でわかるテストは受けたことがあるから。それで、普通じゃない部分はあることも分かった」

「へえ。魔力色と包括魔法量の測定みたいなもんか」

シンフィルは興味なさそうにルーガンのしっぽをいじっている。

「たぶんちがうかな、わたしの世界の人は魔法、使わない。でも、芸術とか……魔法に近いものはある」

「近いか?」

「なんとなく。だからかな、きみが魔法っていわれるようなことしても、そんなにびっくりしてないんだ。絵を描くことはわたしにとっては……もう当たり前のことで」

「そのわりに、そいつの中、石の絵ばっかりだったぞ?」


「____見たの?」


非難というより、不安に震えた声だった。


雨歌の、ここにきて初めて見せる不安のにおいを嗅ぎ取ったらしい。ルーガンのしっぽの枝毛探しをしていたシンフェルが嬉しそうに顔を上げた。


「ああ、見たよ?ごめんねぇ、変態女が描く絵が気になって、つい」


堂々ととコソ見を自白する彼に、しかし雨歌はなおも不安そうな目を向けた。

「……『気持ち悪い』絵だったでしょ?」

「ああ?確かにあんたは気持ちわりぃ女だが……絵は、べつに。気持ち悪いとかじゃ、ない。正直、かなり………まぁ、なんだ。描いたやつ、また見てやるよ」


シンフィルはそこまで言って言いよどんだ。いったい何と格闘しているのか、その表情は苦々しげだ。


でも雨歌は、そんな彼の表情より、言葉に反応して不思議そうに首を傾げた。

「……見たいの?また?」

「あん?調子に乗んな。見てやるっつーだけで見たいとは言ってない。瘴気の漂う景色描いてまたぶっ倒れられんのは勘弁だから、今度は俺のルーガンでも描いとけ」


自分の名前を呼ばれたことが分かったのか、ルーガンが雨歌とシンフェルの顔を見比べてパタ、としっぽを振る。

「……ごめんね、生きてるものは描けないんだ」

雨歌は胸の内にこみ上げる思いを無理やり飲み込むように首を振った。シンフェルは眉を寄せてそれを見つめ__


「……また、描けるようになったら見せろ」

とだけ言い、再びルーガンの枝毛探しを始めた。


「また見せろなんて……へんな人」

言い返した雨歌のつぶやきは、暖かな閃光を振りまく焚火に吸い込まれていく。

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