閑話 & シンフィルと雨歌 イメージ画像
雨歌
シンフィル
「足の向きが違ぇ。剣を振るたびに無駄な動きが出てる。……ったく、観察ばっかしてるくせに、なんで身体はこんなにトロいんだよ」
雨歌に剣技の使い方を知りたいと言われ、たわむれに教えてやる事にしたシンフィル。
後ろから煽るように指導してた彼は、苛立たしげに雨歌の肩をぽんと押した。
雨歌はただ黙って頷くだけだった。剣を持つ手は重く、足元の感覚すらあやふや。だが、彼の声を、耳だけでなく、身体全体で受け止めようとしていた。
「そもそも、アンタの剣筋は甘い。殺気がねぇ。そんな斬撃、風すら裂けねぇよ」
「…………」
その時だった。
ひと呼吸、空気が静止した。
雨歌が、ふっと剣を構え直す。その姿勢には、さっきまでの迷いがなかった。
静かに、静かに。
音も立てずに、歩を進めた。
「おい、何を──」
シンフィルが声を発しかけたその瞬間。
目にもとまらぬ速さで、雨歌の剣の切っ先が、彼の胸元──心臓の位置へと突きつけられていた。
触れるか触れないかの距離。
だがその位置は、致命。
目を細め、低い声で彼女は言った。
「きみ。……いま、死んだ」
沈黙。
目の前の男が、驚愕にわずかに目を見開く。
数秒遅れて、口元にゆっくりと笑みが広がる。
「…………ッは」
笑い出した。
くぐもった嗤いから、次第に喉の奥を震わせる本気の愉悦の笑いへ。
「……へぇ。やるじゃねぇか」
唇がねちねちと、愉しげに歪む。
「たった今、“顔芸特化の観察女”から、“剣士見習い”に昇格ってとこか?」
彼がにじり寄る。
剣先はまだ触れているというのに、怯まない。
「その目、さっきまでと違ぇ。……なぁに? いま俺のこと、ちょっと殺してみたかった?」
「ううん、ただ……“死んだ”と思ったから」
「へぇ、怖……」
だが目は笑っていなかった。
シンフィルの喉が、ぞくりと震える。
(……なんだ、この高揚感)
背中が粟立つ。まるで魔獣と対峙したときのような。
彼女の剣をそっと払って、わざと倒れるように地面に背を打ちつけた。
「ぐあ……あー、ダメだ。やられた。あんた、もう立派な殺人未遂犯だよ……責任、とれるよなぁ?」
寝転んだまま、ねちねちと笑う男を、雨歌は小首をかしげて見下ろした。
「転んだの、きみじゃん」
「はいはい、じゃあ次は俺がやる番な。覚悟しとけ、“死ぬほど感じさせてやる”よ、剣でな」




