プロローグ
わたしの世界は、三度変わった。
いちど目は世界が変わった。
にど目は、君が。世界を変えた。
そして、さんど目は______。
雨が降っていた。
雨歌は自分の名前を付けてくれた母親と、
もう自由に会えなくなってしまった父親のことを思い、
泣きながら公園のベンチに座っていた。
手に持ったスケッチブック。
木陰ですずめが雨宿りしているのを描きたくて。
でも、
(もう、描けない、描いちゃいけない)
雨か、涙のせいか分からない。
画用紙の上で描きかけの葉っぱがにじんだ。
「____あなたも、わたしとおんなじね」
ふと、雨がやんで雨歌は顔をあげた。
そこにいたのは、真っ白な髪をかかとまで伸ばした、青い瞳の少女。
手には少女の体ほど大きな、一枚の羽根を持っている。
雨がやんだと思ったのは、少女が羽を、ベンチに座る雨歌の頭に、
傘代わりに掲げてくれたからだった。
雨歌が見たことのない不思議な傘を持った、不思議な少女。
でも雨歌は怖くはなかった。
「おなじって?」
雨歌が聞き返すと、少女はくしゃりと顔をゆがめた。ぽろり、と涙が少女の青い目から落ちる。
(きれい………)
飴にして食べたら美味しいだろうな、なんて思う自分がいて。でも言わないほうがいいとも知っていた。
雨歌が幼稚園で話すと、だいたいみんな笑うのだ。
じっと見つめるしかできない雨歌のまえで、少女はとうとうしゃっくりまで始めた。
「ひっく、ひっく、会えないの。だから、助けて」
ぽろぽろと。
涙がこぼれてはあふれている。
笑わせよう。雨歌は思った。
「ねえ、にらめっこしない?」
「にらめっこ?」
しゃくりあげるのをやめて少女がこちらをじっと見つめたとき、雨歌はなぜかほっとした。
「わたしから、へんなかおするね」
そういって、前はよく母が笑ってくれた変な顔をする。
幼稚園でも、家でも、笑ってほしい時この顔をすれば、なんとなく出来事が丸く収まる。
だから、困ったときはこの顔をする。
「へんなの」
くすり、と少女が笑ってくれた。さっきまで泣いていたのは自分のほうだったのに。
「____これ、あなたにあげる」
ふいに、少女の声が低くなった。
青い目が、ゆらゆらと揺れて、水たまりみたいに雨歌をうつしている。
「ねがいのたね。わたせる人。かなえる人。ぐどんなるたましい。きっと、あなたしか、いないから」
雨歌の手を取り、開かせて。ずしり、とした重みに雨歌の腕が揺らぐ。
のせてきたのは、雨歌の握りこぶしぐらいある、ごつごつした石だった。
「みずをあげて。ねがい続けて。そうしたら、あなたとわたしのねがいがかなうから」
歌うみたいな少女の低い声が、水がしみこむみたいに耳にながれこんでゆく。
「まってる。ずっと、ずっと、ずっと____
____だから、たすけて」
低い声はささやきごえに変わった。
雨歌は、なにも言えない。手の上の石をじっとみつめる。
何も言わないし、何も変わらない石。これなら描けそうだと思った。
ありがとうを言おうと、顔をあげると、少女はもういない。
雨が、やんでいた。