昭和62年8月号 『週刊ドキュメントJAPAN』別冊 特集「潜入・日本の新宗教」
潜入レポート:謎の教団「声霊の道」──声が導く“永遠”の行方
文責:記者A(仮名)
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今から数か月前、ある音楽関係者から奇妙な話を耳にした。
「ときどき、あの曲の終わりに、妙な詠唱が聴こえるんですよ……意味も言葉も分からないけど、どこか懐かしくて、でも……怖い」
彼が口にしたのは、ある女性歌手が残した未発表音源にまつわる証言だった。
不思議に思った私は、話の出どころを探るうちに、ある一冊の書籍に行き当たった。
それが、八雲修道著『声霊の門』(昭和58年刊)である。
本書は現在絶版だが、古書市場では密かに高値で取引されており、内容はかなり特異だ。
「声は魂の出入り口であり、正しい周波数で“扉”を開けば、肉体を捨てて“声霊界”へ至る」──。
そして、八雲修道はこの思想を実践するべく、一つの教団を立ち上げた。それが、「声霊の道」である。
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“静声の館”への潜入
関東某県K市の外れ。人里離れた山奥の小さな谷間「冥谷」に、その教団の総本部は存在した。
周囲は断崖と森林に囲まれ、唯一の道は地図にも載っていない山道。徒歩で約一時間、ようやく辿り着いた場所にあったのは、漆黒のコンクリート造建築──その名も「静声の館」。
無論、外来者は原則立入禁止。しかし私は、事前に連絡していた“体験入信希望者”という名目で、信徒の案内のもと内部に足を踏み入れた。
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教義と儀式
館内はほぼ光がなく、天井と壁には音波のような模様が彫られていた。
中央の「声霊殿」は巨大な円形ホールで、中央には“共鳴器”と呼ばれる巨大な金属製のオブジェが設置されている。
儀式の際、信徒たちはこれを囲み、膝をついて「声霊召喚曲」と呼ばれる詠唱を延々と繰り返す。
この旋律が、例の未発表曲の終盤に挿入された詠唱と酷似していたことに私は気づいた。
取材中、メロディの細部に耳を澄ませたが、特に低音部の抑揚とリズムには明らかな共通点がある。
単なる偶然なのか、それとも何らかの繋がりがあるのか──。
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清唱と“献声”
信徒は「清唱室」と呼ばれる小部屋で、自らの声を録音することが義務付けられている。
室内は完全な密室で、録音が終わるまで出ることは許されない。
録音されたテープは“声霊への供物”として鉄製の箱に投函され、儀式に使用されるという。
案内人の一人によれば、録音された声のうち、基準に満たないものは焼却されるとのこと。
また、ある幹部信徒は小声でこう漏らした。
「真に“声霊界”へ近づけるのは、女の声です。中でも、あの方の声は……捧げられたんです」
“あの方”が誰を指すのかは明言されなかったが、直後に彼は口をつぐんだ。
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地下室と“声霊の門”
私は偶然、信徒の隙をついて館内の地下へと足を踏み入れた。
そこには巨大な井戸のような構造物があり、常に“低いうなり声”のような音が響いていた。
八雲修道はここを「声霊の門」と呼び、かつて実際に一人の信徒を“送り込んだ”という。
その儀式は記録されておらず、関係者も皆「何も知らない」と繰り返すばかりだった。
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追放と教団の消失
私の行動は間もなく露見し、館から即座に退去を命じられた。
翌週、取材記事を雑誌に掲載すると、教団は突如として“解散”を宣言。
「声霊の道」は忽然と姿を消した。所在地も連絡先も、すべて跡形もなく失われた。
ただ一つだけ、不気味な痕跡が残っていた。
雑誌発売日の夜、編集部の留守番電話に、正体不明の人物のものと思われる微かに歌うような声が録音されていたのだ。
音声分析では、複数の声が重なっており、最後にはこう聞き取れるという。
「……聞こえましたか……あなたも……こちらへ……」
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編注:
この教団に関する公的記録は現存せず、当時の関係者も消息不明。
ただし、後年ある音楽プロデューサーが不可解な死を遂げた現場にて、
「聞いたことのない女の歌声」が録音されていたという証言が残っている。