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〇〇出版社編集部編 『怪奇蒐集録 夏季別冊2018』掲載短編「中古カセットテープ」

 これは、T市に住むMさんの体験談である。


 Mさんは学生時代から昭和の音楽を収集することに熱中しており、特に昭和60〜80年代に活躍したアイドル歌手に強い関心を抱いていた。その中でも、ある短命の女性アイドル──ここでは仮に「K.M.」と呼ぶ──に強く惹かれていた。K.M.は、活動期間こそ短かったものの、澄んだ歌声と清純なイメージで当時多くのファンを魅了していた。しかし突然の自死という衝撃的なニュースにより、彼女の存在は一層伝説的なものとなり、Mさんの収集熱もさらに深まっていった。特に、未発表音源やレアなグッズの収集に情熱を注いでいた。


 そんなある日のこと──。


 Mさんは、市内のよく通う中古レコード店で、偶然一本の古びたカセットテープを見つけた。透明なケースに収められたそのテープには、「昭和メモリーズ・セレクション」と題された手書きのラベルが貼られていた。表面には懐かしい昭和のヒット曲のタイトルと、かつて一世を風靡した歌手たちの名前がずらりと並んでいた。


 そして、B面の最後に、見覚えのある名前──K.M.の「涙光の微笑」と記されていた。その横には、小さく「未発表・貴重音源」と書き添えられていた。


 Mさんは息を呑んだ。彼女の知る限り、この曲はK.M.の生前に一度もリリースされたことがない。公式な記録にも、ファンサイトにも、このタイトルは存在していなかった。


「このカセット、どこから手に入れたものですか?」

 Mさんは興味を抑えきれず、店主に尋ねた。


 店主は50代半ばの男性で、長年この店を経営している。少し考えてから答えた。

「うーん……はっきりとは分からないな。最近、まとめて仕入れた在庫の中に混ざっていたんだ。たぶん、誰かのコレクションが売りに出されたんじゃないかな。」


「そうですか……音質はどうでしょう?」


 店主は肩をすくめた。

「まあ、この時代のカセットは保存状態が悪いとノイズだらけになりがちだな。でも、K.M.のファンなら、これはかなり珍しい品じゃないか?」


 Mさんは500円ほどでそのカセットを購入し、期待と興奮を胸に家へと持ち帰った。


 帰宅後、Mさんはさっそくカセットデッキにテープをセットした。


 A面は懐かしい名曲が続いた。○○のヒット曲、△△のバラード──音質はあちこちノイズが入り、テープ特有のゆらぎもあったが、昭和の雰囲気が濃厚に詰まっていた。


 そして、B面も同様に進んでいき、最後の曲──「涙光の微笑」──が始まった。


 K.M.の声は、時を経てもなお透き通るように響いた。メロディーは柔らかく、どこか切ない昭和特有の哀愁が漂っていた。まさしく彼女らしい一曲だった。


 しかし、曲の終わりに差し掛かった瞬間、不意に空気が変わった。


 突然、伴奏のない奇妙な「声」が混じり始めたのだ。低く、抑えたトーンで、旋律も歌詞もなく、ただひたすら何かを呟くようなその声は、まるで別の世界から漏れ出たようだった。


 Mさんは背筋に寒気を感じた。


「これは……一体?」


 思わず巻き戻して何度も聴いたが、やはり同じ場所に、同じ「声」が入っていた。普通の録音ミスとも思えず、他の曲にはそのようなノイズは見られなかった。


 その夜、Mさんはなかなか眠れず、あの奇妙な声が夢の中でも耳元で響くような感覚に苛まれた。


 翌日、不安に駆られた彼女は、友人のS君にこのことを打ち明けた。


「それ、ちょっと気になるな。貸してくれない?」

 S君は超常的な現象には懐疑的で、むしろ好奇心を刺激された様子だった。


「本当に変な声が入ってるの。最後の曲の……」


「昭和のカセットなんて、雑音入りまくりだろ。まあ、聴いてみればわかるさ。」


 Mさんは少し迷いながらも、そのカセットをS君に預けた。


 しかし、それから数日後──。


 S君と連絡が取れなくなった。


 電話もメッセージも返ってこず、最初は多忙かと思われたが、次第に家族も職場も彼の行方を把握していないことが明らかになった。まるで、煙のようにこの世界から消えてしまったかのようだった。


 Mさんは恐怖に駆られ、カセットを取り戻そうとしたが、それ以降、S君と再び繋がることはできなかった。


 さらに不思議なことに──件のレコード店に行っても、あの「昭和メモリーズ・セレクション」は影も形もなく、店主も「そんなテープは見た覚えがない」と首を傾げるばかりだった。


 まるで、あのカセットの存在そのものが幻だったかのように──。


 投稿の最後に、Mさんはこう綴っていた。


「私は、あのカセットが何だったのか未だに分かりません。でも、もし同じような体験をした人がいたら、どうか教えてください。


 ……あるいは、決して、それに触れないでください。」







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