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廻るこの世界で  作者: 伊渕和人
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1周目

わたしの原点とも取れる1度目の人生を思い返してみようと思う。

齢短くして死を迎えた1度目の人生を。


平成という二百四十七個目の日本国の元号の時代に私は生まれた。

恵まれた家庭の子だった。気がついた頃から任天堂のゲーム機で遊んでいた。幼稚園の行事を頑張るごとにご褒美と題して物欲を満たしていた。

聖夜や自分自身の誕生日である8月28日なんかには、洋菓子を食べたり、トマトを混ぜた炒めた米の上にたまごを乗せた料理、俗に言うオムライスなんかも作ってくれた。保護者の愛はこの齢6つがピークだったように思う。

小学校に入り、地域の冬季スポーツの台頭であったスケートが得意であったため、アイスホッケーをすることになった。ここが人生の分岐点であったことを純粋無垢であった当時の自分には知る由もないのであるが、幸せと苦痛の始まりであったことには変わりないのである。アイスホッケーという競技は大半の人間が陽の雰囲気をもっている。しかしながらこの陰陽の性質が悪かった。私自身は陰気であったからして団体競技なのにもかかわらず自分から会話をすることが困難であった。これをきっかけに義務教育五年から八年までの思春期と呼ばれる約三年間が苦しい生活に変わっていった。

アイスホッケーについて私は下手ではなかった。指定強化選手や海外遠征のチーム(独断と偏見)に選ばれるほどの能力と素質を持っている良い選手だというのが自己評価である。だからか他人からの嫉妬や首脳陣らからの期待と行動の責任を負うことになった。これがいけなかった。6年の頃に監督的立ち位置を持つ人物が命じたことは公式大会の試合全ての時間の出場であった。この競技は交代が自由であり、一つ一つの行動に全力を尽くして休憩することを繰り返す。私はこれを禁止されてしまった以上、所々で力を抜いてプレイせざるを得なくなった。肝心なところだけ力を入れる。それ以外はほとんど気を抜いて行動する。このサイクルがたかだか1年間の部活動で完成してしまった。もちろん指示を出した監督には理不尽にも怒鳴られ、怒られ、呆れられた。この時に人は目つきで感情を表現していることと、努力の無意味さを実感したのである。この一年さえなければ何事にも全力を尽くすことのできる人間になっただろうし、もっと陰気になることもなかっただろうといつでも思う。そして影響は中学校入学後に襲ってきた。努力すれば成績が良くなるこの学校社会の特性に自分は見合わなかった。否、見合わなくなった。努力している人を馬鹿にするだとか、蔑ろにするだとかの行動は人道的な理由で表には出さなかった。心の何処か裏側でそう思っていることは受け入れたくなかった。人間的ペルソナの形成はここから始まっていったように思う。自分を見失うほど厚い仮面は虚しさだけが残った。若者の1つ目の壁である受験シーズンに差し掛かると、この努力不信は特攻性を増していった。努力をするだけ無駄なんだと刷り込まれたかのようにして何事も手につかなかった。とはいえ、本や映像や音楽を嗜むことはできた。一方的に自分に入っていってくれるから。結果として自前の頭の良さが発揮され志望校には合格。残ったのは合格という漢字二文字、仮名四文字である。

ここまでで私は友人というものを一度も出さなかった。それは私がどこに居ても孤独であったからである。友達もどき、友達ごっこ、知り合い、顔見知り。こんな括りでまとめていってしまうのが気持ち悪さを強調する。他人に興味はあっても知ろうとは思わない。散歩中に目に入った木に対して何年生きているのか、寂しくないのかと一瞬思うがいちいち調べて知ろうは思わない。そんな感じである。人間不信とはまた違った感覚だ。群れをなして生活することが生物としての定めであるのならば無理も承知で従うしかなかろう。だから仮面が生まれた。孤独がより強い存在になった。友達ごっこ遊びの配役に名を書き記した。余計な痛みと後悔と行動の不自由も背負ってまで群れようとした。だが叶わなかったのだ。

あれは人間関係の一時的な削除、もとい人生の独立を皆がし始めた頃だっただろうか。異様なまでに虚無感を胸に抱いた。幼い私の掲げた「将来の夢」となるものと、集団社会における同調による「就職」。互いに対立し合っている私を私自身が否定した。自分自身に仮面が作用しないのはとおの昔に空の心に何かを詰め込んでくれるような立派な人間は私の周りからは離れていき、空、煙、塵そんなように私自身を思った。こんな解決策一つない無価値な私を救ったのは「死」であった。痛みが脳を駆け回り手指は

両親、兄、従兄弟、祖母などの年上よりも早く迎えた終幕は存在を示すにあたって好都合だった。誰かに自分を覚えていてもらえているのだから願望が叶ったのだと。


こんなのが1度目の人生。呆気なく、思い返すのも滑稽であろう。

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