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冷えてこそのお弁当

作者: 海堂直也


 温かい。それは味ではなく旨さの秘訣。


 飢えたれば、ひもじければ、それは五臓六腑に染み渡る。


 では、腹が満たされれば何を求めるか。


 時間という概念を理解し、ある程度先の予測を立てられる我々は、用意周到に準備をする。


 それが【お弁当】である。


 「お、いいね。愛妻弁当かい?」

 「冗談だろ?恐妻弁当だよ。」


 弁当を持たされるようになって数回目。給湯室でお茶を汲むのにも慣れてきた今日この頃、昼食へ出かけた筈の同僚が私の弁当を覗き込んでいた。


 今更【海苔】や【桜田麩】でハートを描いて欲しいわけでもないが、ごま塩を振りかけた白飯が八割を占める【昨晩の残り物詰め合わせ弁当】には、蓋を開ける前から気が滅入る。


 「なに贅沢言ってんだよ。定食屋もコンビニも値上げのご時世だぜ、昼飯代が浮くなら小遣い組の俺達には有難い話じゃないか。」


 そう言うと、同僚はカップ麺を片手に給湯室へ。同僚の帰りを待つデスクには【20円引き】のシールが貼られたおにぎりが置かれている。


 ワンコインで腹を満たすのは容易ではない。以前なら【ごはん味噌汁おかわり自由】なんて店は数軒あった。だが今は店自体が減っている。【おかわり自由】の店は絶滅危惧種だ。独身貴族なら、それでも昼飯は外に食べに行くだろう。昼には食事だけでなく外の空気も味わいたいというもの。


 まぁしかし、今となってはソレも、私には無用なのだろう。


 昼飯で幾度と出会った他の会社の女性。注文も食べっぷりも勘定の仕方も気分が良かった。仕事終わりに飲みに行った店でも、その人は居た。なかなかどうして飲みっぷりも気分が良い。選ぶ肴も好みが似ている。


 いつしか目が合い、会釈をし、声を交わす様になり、永遠の愛を誓う仲になった。


 時の流れは早い。いつしか目も合わない、声もさほど交わさない、愛とは違う永遠を感じる仲になったような……そんな気がしていた。


 しかし、それは私の勘違いのようだ。昼飯に湯気の立つ温かい食事を欲したとして、同僚には悪いが今更カップ麺には戻れない。


 弁当に詰め込まれたおかずは、彼女が私と結婚してから覚えていった品々。決して、最初から上手だった訳じゃない。コレが食べられる限り、愛を失う事は無いじゃないか。

 

 そんな事を考えていると湯気の立つカップ麺を手にした同僚が昼飯の交換を提案してきた。


 「どうだい?あったかい食事と冷え切った節約弁当、交換するかい?」


 「馬鹿言うな。冷えてこそのお弁当だろ?」


 「だな。」

 

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― 新着の感想 ―
確かに、夕食の残り物の詰められたお弁当に複雑な感情を抱く人は決して少なくはないのかも知れませんね。 そう言えば私が中学の時に学校で行われたお弁当に関するアンケートでも、「冷凍食品だけで構成された弁当」…
毎日続く「あたりまえ」にマヒしてしまいがちですが、弁当を作るという労力だけでも大変ですものね。それが努力の結果おいしくなっているのならなおさら。 テレてしまって改めて御礼を言うタイミングが見つからなか…
拝読しました。 冷えたお弁当のお話ではありますが、エンディングに近づくにつれ、ほっとする温かいストーリーに変化していきました。 心の持ちようや気づきが大切ですね。 きっと奥さまも、同じように思ってい…
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