第1話:機械仕掛けの便利屋
「そっちの処理は終わったか?」
「はい。」
「じゃあさっさとこの場を離れるぞ、現場に留まる時間に比例して、俺達の身も危なくなるからな。」
「……」
返事が返ってこない。
何かあったのかと振り返ると、彼女は部屋の隅に佇んでいた死体を見つめていた。
何度同じやり取りをしたかと呆れつつ、私は彼女の肩を叩いて話しかける。
「あまり気にするな。別に珍しいもんじゃないだろう。」
「……はい。」
「荷物、リュックに詰めて。私も手伝ってやるから。」
「ありがとうございます。」
「そう言うな、お互い様だ。」
返事をする彼女の声のトーンが明らかに下がっていた。気にしている証拠だ。
この仕事が終わったら、焼肉でも誘ってやろうか。いや、死体を見た後だから流石に焼肉はマズいだろうか。
荷物をリュックに詰め込むのに手間取っている彼女を手伝いながら、私はそんなことを考えていた。
*
10年前。
突如として世界各地に謎の巨大建造物の出現したことによって、この世界の姿は一変した。
その建造物……ダンジョンは何も無い空間から広がるように、出現地点一帯を焦土に変えながら、出現した。その数は確認できているだけでも千を超えており、その出現の際に発生する影響によって、数えきれないほど多くの人が命を落としたという話だ。
「先生……」
彼女が不安そうなまなざしを私に向ける。
彼女のその不安の元凶は、私達の進路上に立ち塞がっていた。
鋭い牙を持った双頭の、黒い毛並みの巨大な犬だった。ソレは、私達を警戒しているようだ。間合いを取り、こちらから目を離すことなく、ジリジリと機を伺っている。
「ケルベロス系統の個体か……ああ、私がやる。」
背中に携えていた大剣を降ろし、臨戦態勢を取る。続けて、出来る限り素早い動きで人差し指で取っ手につけられたトリガーを弾いて、剣の電源を点ける。
【 対魔力体装甲・翼双剣 起動 】
【 ERROR! 起動に失敗しました 】
【 対魔力体装甲・翼双剣 形状固定を前提とした強制起動を試みます 】
【 対魔力体装甲・翼双剣 起動に成功しました 】
「一刀。」
さながら崇高な騎士の如く、大剣の重さを右肩に乗せながら、両手で持って剣を掲げる。一瞬、剣の重みで後ろに体が傾きそうになるのを腿に力を込めて耐え、同時に素早くバランスを整える。
直後、刃全体が急速に赤色に染まり始める。
同時に周囲一帯の気温が急激に高まるのを肌で感じた私は、掲げていた剣を降ろし、刃の先端だけを床につけて、持ち手を逆手に持ち変える。
それまで私の一挙手一投足を警戒しつつも眺めていた敵は、私が逆手に持ち変えた瞬間、ようやく自分の身の危険を察知し、体を後ろに向け、逃げようとする意志を示した。
しかし、すでに手遅れだ。
「両。」
刃が高速で回転を始める。先端からは火花が散っている。
次の瞬間、ほんの一瞬だけ、全てがスローに感じた。
自身の呼気、筋肉の動き、剣の振動。今、この瞬間、体中の筋肉が、真に、私の支配下に置かれていることを実感する。
脳が高揚感と全能感で溢れている。
自然と、手に力がこもった。
「断。」
目にも止まらぬ速度で一歩目を踏み出し、足のバネが体全体を押し出す。
流れに持っていかれないように上体を前に倒し、剣を構える。
そのまま敵の目前に至った瞬間、一歩目とは逆の足で踏み込み、敵の首元を切り落とすように、剣を振り上げる。
熱された空気の揺れる感覚と、刃が肉を分ける感覚と、全身の肉が躍動している感覚を、脳が一つ一つ確かめる。
そして、首が床に落ちる音が部屋中に響き渡った。
【 敵性個体の無力化を確認 対魔力体装甲・翼双剣 終了します 】
熱を帯びていた刃が、元の黒色に戻った。
「……凄い、ですね。」
「そうだな。先月に比べて、さらに個体が増えたと見える。奴ら、まだまだ増えるだろうな。」
「いや、そうではなくて……」
「……ん? なんだ。」
「いや、なんでもありません。」
ダンジョンの出現に際して、多くの人の命が奪われた。そしてダンジョンを排除しようと画策する者達が現れたのは必然だった。当初は爆破やらでどうにかしてダンジョンを崩落させようと考えたようだが、ダンジョンは謎の力によって建物自体へのあらゆる干渉を防いだ。ただ、内部への侵入自体は容易であったから、外部の破壊が困難と判明した次の計画では内部への調査が行われた。ただそこで判明したのは外部からの干渉を拒む力以上に厄介な存在、つまりはモンスターの存在だった。