第1話:魔術
「魔術」。
それはこの世界において森羅万象の根底に在る概念であり、人が編み出した神の御業を再現することの出来る人だけの神秘。
この世界には数多の「人ならざる異形共」がいるけれど、知恵を持って、芸術的に神秘を行使することが出来るのは我々人類だけである。
魔術の源流を辿れば、およそ三千年前にまで遡る。
三千年前、当時の人間というのは「モンスター」に対して無力で矮小な存在であった。
今とは異なり、人は被捕食者側であったし、生きる中で常に「モンスター」に殺されるという危険が伴っていた。
ここで、「モンスター」について少し話をしておこうと思う。
「モンスター」というのはそもそも、無知性で神秘を操る生物を指して用いられる言葉である。無知性、という点では一般的に家畜と認識されている「牛」や「羊」といった動物と共通の特徴を有しているが、動物として扱われている生物は神秘を操ることは出来ない。
「モンスター」と聞くと、よくゴブリンやドラゴンを想像する者も多いようだが、先に述べている通り、無知性で神秘を用いる生物であれば何であれそれは「モンスター」と呼ぶことが出来る。例え、生き物の形をしていなくても、人の姿を模していても知恵無く神秘を用いる者は総じて「モンスター」である。
逆に言えば、知性があって神秘を用いる者は
「モンスター」と呼ぶことは出来ない。例え、種として人でなくても同様である。例えば、エルフなどが該当するだろう。長命種として有名な種族で、神代から残る樹海の奥で未だ細々と暮らしているという話もあれば、生殖能力の低さからすでに絶滅しているという話もあるが……エルフは人でない存在だが、知性を持って神秘を行使することから「モンスター」ではない。同様の例として、ドワーフなども挙げられるだろう。まあこちらも絶滅したという話を聞くこともあるが……同様の理由から「モンスター」ではない。
なお、「モンスター」とは呼べない人ではない種を指す言葉は今のところ無い。「異性体」と呼んでいた時期もあったようだが、近年だとこういった種族の存在が確認された事例が無く、次第に人以外で知性を持って神秘を行使する種という概念自体が薄れてきているようだ。あと千年もすればエルフやドワーフといった種も「モンスター」という概念に統合されて、いっしょくたに扱われるようになるかもしれない。
話を戻そう。三千年前、時代の主役は人ではなく「モンスター」であった。
「モンスター」と言ってもいくつか種類に分類することが出来るが、その内の主に人を捕食する種によって、人は日々、命の危機と隣り合わせに細々と生きていた。原因は単純明快であり、人には「モンスター」に対する対抗手段が無かった。肉体を鍛えようと、種族として人より遥かに優れた身体能力を誇る「モンスター」には到底及ぶこと無かったし、武器を作ろうと「モンスター」の扱う神秘を前には当時の技術ではどんな武器も土塊同然であった。それは現代でも同様だ。魔術を用いることの出来ない者は「モンスター」に一方的に蹂躙されるだけだろう。
そんな中、人間の中から異質な肉体と才能を持った赤ん坊が生まれたことで時代は大きく変化を遂げる。
その子供は生まれながらにして、知恵比べでエルフを圧倒するほどの知恵を持ち、工作においてドワーフを遥かに凌ぐ繊細さと技術力を持ち、全ての「モンスター」を相手取って一方的に蹂躙しつくすほどの圧倒的な神秘を行使したという。
これは記録によって内容が異なっていることが多いが……全ての記録に共通される点として、この子供は「モンスター」といった人以外の種を凌駕する身体能力と神秘を持っていたという点が挙げられる。
そして子供が生まれたことで「モンスター」が一方的に人を害する時代は終わり、「モンスター」は人を害する中で常に危険が付きまとうようになった。しかしながら、未だ人が「モンスター」に怯えなければならないという現状が変わったわけではなかった。
本当に時代が変わったのは、子供が生まれて十五年が経過した頃だ。
ある時、子供は人の現状を憂いたのか、「全ての人間に自身と同じ神秘を扱うことは出来ないのか」と考えた。
そうして、子供が五年かけて作り上げたのが、今の魔術の基盤となる「魔法」であった。
「魔法」についての解説は省くが……
「魔法」が誕生してから三千年が経過した今。発展を続ける中で、「魔法」から「魔術」が誕生し、さらに発展を続け……
ついに、人が世界を支配する時代が到来したというわけである――――
「魔術ねぇ……」
歩きながら魔導書を読んでいた少年は、ふと顔を上げ、前方に広がる景色を眺める。
点々と雲の浮かぶ清々しいほど青い空と、道の両側に広がる黒い森、そして道の先、向こう側に門が見える。
「王立魔導学院……」
少年は魔導書を閉じて、心臓の鼓動に合わせるように、半ば前のめりになりつつ早く歩き始める。
どこにでもいるような普通の髪型に、気力の無い目、情けなさを覚えるほどの細い肢体。
誰であれ彼を「強い」という印象を抱くことは無いと断言できるほど、彼には覇気と呼べるものが無かった。
そのことは彼も自覚していた。
今の自分は弱いし、誰よりも情けないし、何かを変える力も無い。
運よく魔導学院に入学することは出来たが、きっと学院の誰よりも自分は無能だろう、と。
ただ、彼には野望があった。
その野望を叶えるために、彼は今日まで生きてきたのだ。
少年は空を見上げ、太陽を親指で隠し、過去の誓いを思い出す。
「そうだ、俺は……強く、なるんだ……」
これは、脆弱で最弱な主人公が、最強になるまでの物語である。