第1話:星の夜
幼い頃から冬は嫌いじゃなかった。少なくとも、夏よりは良い思い出が多いから。
寒さを表す、口から吐き出た白い息と赤くなった鼻先は冬の紅葉だ。濁りない空は人に見せる世界を宇宙の手前まで広げてくれるし、冷たい風は人に火のありがたみを教えてくれる。家で身を寄せ合えば、人と人は心で繋がることもできる。
まあ、もちろん、夏が暑すぎるしジメジメしすぎというのも問題の一つではあったし、私自身が寒さに強いからというのも大きな要因の一つではあったが……そういうわけで、私は冬が好きだった。
しかし、いくら冬が好きでも、冬の夜にわざわざ外に出るほどの物好きというわけでもない。
普段の夜は雲のない夜空ゆえ見れる本来の色を眺めながら、本を嗜んでいる。
今日に限って、外に出てきたのには当然、理由がある。
その理由のために、私はずっと公園のベンチに座って心の中で独り言を呟き続けているわけだが、その理由について言及しようとしたタイミングで……ちょうどその理由本人が向こうに見える曲がり角を曲がってきたのが見えた。
理由……彼女は、公園の真ん中までくるとクルクルと回りながら、周囲を観察していた。
ちょうど私の方向を向いたところで、ピタッと止まり、こちらに手を振り始めた。
「せんぱ〜い! そこにいたんですか!」
彼女は小走りでこちらに向かってきた。
俺はベンチの隅によって、彼女を隣に座らせる。
彼女の鼻先も赤くなっていた。鼻を啜っている様子を見るに、私とは違って寒さに弱いらしい。
彼女は歯をカチカチ鳴らしながらガタガタと身を震わせ、空を見上げる。
「き、き、き、キレイですね〜 先輩。」
「え?」
「そ、空ですよ! そ・ら!」
「ああ、そうだな。」
冬の空は、いつもと同じ色で塗りつぶされていた。
黒と藍色を混ぜたような、暗い色。空で満たされた視界の隅には、都会の喧騒な光の白い色がうっすらと見える。
暗い色ではあったが不思議と、ネガティブな気分に陥ることはない。むしろ、太陽の光を浴びた時とはまた違ったベクトルで、私の心をポジティブな気分にさせた。陽光を浴びてハイになっていた気分を、冷静にしてくれたおかげで、もっと多く、広く、物事を観察できるような気分になった。心臓の鼓動から遠くで車が通り過ぎる音まで、全てが聞こえる。自分の内側から宇宙の果てまで見える気がした。
「冬の空はやっぱりいいな。 純粋な心で、全てが見えるような気がする。」
「ん〜、なんとなくその気持ち、わかります! あ、頭が、冴えますよ、ね!」
「……寒そうだね」
「いえいえ! 全く! 私も冬が好きですから、こんなのヘッチャラです……クシュンッ!!!」
気持ちがいいほど盛大なクシャミ。
寒さへの強い弱いは人によるだろうし、冬の好き嫌いも人それぞれだろう。別に私に合わせる必要もない。
そうは思いつつも悪い気分ではなかった。彼女にとって、寒さから逃れたいという心よりも自分と一緒にいたいという思いの方が優っているということだから。とはいえ、流石に寒がっている女の子を無視して、自分だけ暖かいコートに身を包まれているというわけにはいかないから、私は着ていたコートを彼女に着せた。
「あ、ありがどうございまず。 ヒ〜、やっぱり夜は冷えますね。」
「そうだな。」
「あ、それで本題ですけど!」
「ああ、俺を呼んだ理由?」
「そうです、そうです!」
彼女がポケットの中からキレイに折り畳まれた紙を取り出した。
それを広げると、私と彼女の膝をちょうど横断する程度の大きさの地図になった。
「地図……か。 しかもこの町の。 また仕事?」
「ええ、そうですよ! 依頼があったんです! 失踪者の捜査依頼ですよ!」
「それはまた大変そうだ。 報酬は?」
「えへへ〜」
「さてはまた……」
「いや〜その場の流れで……ね?」
「まあ、仕方ないな。」
「すみません!」
彼女はよく報酬の話を依頼者と話すことを忘れる。
まあそれが彼女なりの善意の一つであることは知っているし、それが正しいことなのか正しくないことなのかは人によって意見が分かれるだろうけど、私は容認していた。
ちなみに、依頼者とは基本的に彼女がやりとりしている。これは決して彼女に押し付けているわけではなく、彼女の志願によるものだ。交代制でやってはどうか、と提案したことはあるが、彼女に断られた。彼女の意図はわからないが、彼女がやりたいというのに、それを無理に奪うというのもどうかと思ったので、彼女の思うようにやらせるようにした。