第1話:見てる月
「どんなに悪い事を隠しても、お天道様が見ているよ。」
子供へのしつけの一環として、そういう、子供だまし的なフレーズが使われることがあるのは知っている。だが、それが本当だった例を聞いたことがあるだろうか。
幼稚園とか小学校とか、そのレベルでしか社会に触れたことが無い程度には幼かった頃は、『悪い子にはブラックサンタさんが来て、おもちゃを盗っていく』とか『寝るときにお腹を丸出しにしてると雷様にヘソを取られる』とか『夜更かししている子供の下には鬼がやってきて子供を食べちゃう』だとか、そういうのを純粋に信じていた。だが、中学に入る頃には大人に比べればまだまだ未熟だけれどもある程度の社会性は有しているわけなので、そういうのを信じることは無くなった。
それはそうだろう。だって見たこと無いのだから。ある程度の知恵を宿し、人の言葉を純粋に信じることの無くなった者は一番最初に自分の目を信じるようになるのだから、子供達が成長するにつれて、大人の話す子供だましに騙されなくなっていくのは必然だ。
「お天道様が見ている? お天道様はただの恒星だよ。仮に見てるとしても目がどこにあるんだよ、カラカラになっちゃうよ。それに目があって、見ていてもそれってノゾキじゃん、変態かよって。」
「ブラックサンタ? なにそれ、ただの不法侵入じゃん!」
「雷様? 雷雨の中で半裸で寝てる奴ってそうそういないでしょ、おへそを取るノルマがあったら相当ユルいだろうね!」
「鬼が来て子供が食べられちゃう? 銃すら持たない一般人と畜生3匹で制圧出来るんだし、警察呼べばなんとかなりそうだね。」
ああ、その通りだ思春期諸君。
太陽もブラックサンタも雷様も鬼も、実在しない。
しないはずなんだ。
では、私のこの眼に映る景色はきっと幻だろう。
そうでなければおかしいのだ。
太陽があったはずの場所には、至るところがデコボコと凹んでいる赤い球体が浮かんでいる。大きさは満月の二倍とちょっと。見た目は、真っ赤になったデカめの月に……黒目の比率が白目の比率と逆転した目が、円の中身を満たすようについている。眼球はギョロギョロと震えていて、上を向いたり、下を向いたり、止まることなく動き続けている。
ああ、母よ、半年前に逝った愛しき我が母よ。
お天道様に目がありました。私を見ています。どうか許してください、ほんの出来心だったのです、まさかあんなのが見てるとは思わないじゃありませんか。
私は覚えている限りの自分の悪行を思い出しては、懺悔した。
車がいないことをいいことに赤信号を渡ったり、道端に落ちてた500円玉をくすねたり、風邪と偽って学校をサボったり……
私は悪童です。ええ、そうですとも。
認めますから、どうか。どうか。お許しを!!!
祈りを捧げるように、両手を組んで目を瞑る。
一連の流れを3回ほど繰り返して、目を開く。
しかし、やはり空にはヤツが浮かんでいる。
どうすればいいんだ?
私は頭を抱えて、その場にうずくまった。