伝えたい
「あ、若松!」
隣の笑美加が、前を歩く男の子たちに声をかける。
振り返った若松くんと、目が合う。
「ねぇ、ちょっとの間、璃亜お願いしていい?」
突然の笑美加の言葉に驚く。
(!?)
「今日、来れないって言ってた彼から連絡がきてさ。ちょっとだけ時間が取れてここに来るって言うから、少しだけ彼のとこに行きたいんだけど、璃亜1人にできないから。」
驚いている私の反応を無視し、若松くんの返事を聞くなり去っていく笑美加の後ろ姿を目で追う。
彼のいない笑美加がついた嘘。その意味がわかって、緊張する。
桜葉台高校の近くにある神社の秋祭りが行われることを知って、笑美加と一緒に、ここへやってきた。
広い境内には、ところせましと、出店が並んでいて、人も多い。
「若松、俺ら先に行くわ!」
そう言って、若松くんが一緒にいた男の子たちも離れていく。
つまりは二人きり。
(うー…)
「友達と一緒だったのにごめんね。笑美加が勝手なこと言って。」
「や、気にしないで。」
ふいに訪れた二人きりの状況に、ドキドキする。
あのハガキ事件の後からSNSでメッセージをやり取りするようになって、以前のような気まずさはほとんどなくなって、まるで中学の頃に戻ったような気持ちでいられる。
あの頃より、いろいろな話ができているのかもしれない。
そして、気持ちも大きくなってしまっているかもしれない。
「大石、なんか食った?腹減ってない?」
「あ…まだ、来たばかりで何も。おなかは、空いてる。」
「じゃあ何か食わない?俺も腹ペコ。何がいい?」
「うーん…そうだなぁ、いちご飴かりんご飴…かき氷もいいなぁ。」
周りを見渡して、気になったものを挙げる。出店の種類も数も、たくさんあって目移りする。
「甘いものしかないの?」
笑いながら言われて、なんだか恥ずかしくて顔が熱くなる。笑顔がまぶしい。
中学の頃は少しかすれていた彼の声が少し低くなった。それに、なんだか響きが優しい。
背は、もうずっと高くなって。私が見上げなきゃ、顔が見えない。
「若松くん何がいい?」
「先になんか腹にたまるもの食っていい?焼きそばとか唐揚げとか。そのあと、大石希望の甘いもの食おう?」
「うん!私、唐揚げ食べたいな。」
話しながら、唐揚げのお店を探して並んで、できたての唐揚げを受け取る。
「俺、猫舌なんだよね」
先にどうぞと差し出された唐揚げを美味しくいただく。
熱々で、外がカリカリしていて、にんにく醤油の味がたまらない。
「美味しいよ!」
そういうと、若松くんも唐揚げを頬張る。
「あつっ!うまっ!あつっ!」
持っていたペットボトルのお水を飲みながら、「やっぱまだちょっと食べるの早かった」と言う若松くんは涙目だ。
なんだかかわいくて、自然と笑ってしまう。
笑いあって、一緒に食べるものって最高に美味しい。
(やっぱり、好きだなぁ。)
そう感じながら、唐揚げのゴミを捨てに行った若松くんの少し後ろを歩いていると、ふと、名前を呼ばれる。
「俊!」
思わず駆け寄って、俊の隣に美紀ちゃんがいないことに気づく。
一緒に行くって話をしていたはず。
「美紀ちゃんは?」
「あぁ、友だちに会って、話してる。璃亜は?1人?」
「俺と、一緒」
隣に、若松くんが近づく気配がして、彼が答える。
「そっか。1人じゃないなら安心した。じゃあ行くわ。」
そう言って、若松くんの肩をポンとたたいて去っていく。
一瞬、若松くんの眉間に皺が寄った気がして、彼の名前を呼ぶけれど、返事はなく、代わりに突然腕を掴まれる。
「行こう。」
そう言って、足早に進む。
掴まれた腕が熱くて、鼓動が速くなる。
「ごめん。」
神社の隅、人の喧騒から少し離れた場所で立ち止まった若松くんが言う。
「俺、大石のこと…」
そう言って、沈黙が続く。
この空気感が、あの時に似ている。
何を言われるのか不安になって、涙が出そうになる。
若松くんの機嫌が悪くなった気がするのはさっき俊と会ってから。
「…戸塚とは、幼馴染なんだってわかってるけど、妬ける。」
「…やける?」
若松くんの真意がわからなくて、俯く彼に、その言葉を繰り返す。
「…俺、大石のこと…」
顔をあげた彼が、妙に真剣な眼差しでこちらを見つめている。
彼の緊張しているのが伝わってくる。
「若松くん?!」
急にしゃがみ混んだ彼に驚き、私も向かい合わせてしゃがみ込む。
「………よ」
「え?」
何か言われたような気がするけれど、上手く聞き取れない。
「……好きだよ。」
小さく紡がれる彼のその言葉が、耳に届いて、胸が苦しくなった。
しゃがみ混んだまま、顔だけをあげて、私を見つめる。
「…好きだ。」
その言葉に顔が一気に熱を帯びるのがわかる。見つめられている視線に体が動かなくなる。
心臓はドキドキしているし、顔も体もあつい。
「って、なんで…?」
彼の表情が、焦ったものに変わる。
(だって…涙出てきちゃったんだもん。)
俯いて、涙をぬぐう。私、ほんと泣き虫。
「…泣くなよ。どうしていいかわかんなくなる。」
若松くんの困った声が聞こえる。
「…ご、めんねっ。」
謝りながら、顔をあげるとそこには、切なそうな表情を浮かべた彼がいる。
「俺、大石のこと、泣かせてばっかりだよな。 …ごめんな。」
「ち、がうっ。違うの。…うれしくて!」
「……私ずっと、…忘れられなくて。」
気持ちがくじけないうちに、伝えきる。
言葉にして、伝える。
「…す、き」
私を見ていた若松くんの顔が、赤くなって、照れたように笑う。
ただでさえドキドキしている心臓が、もっともっと脈打つ。
胸の奥がきゅうと締め付けられる。
「俺、自分の気持ち、ちゃんと言葉にするから。大石も遠慮しないでなんでも話して。幼馴染に相談する前に、俺に話して。じゃないと、俺、頼りになんないのかなって不安になる。情けないけど…前は、戸塚に嫉妬して、俺じゃダメだって、勝手に決めつけて、あきらめて、大石を傷つけた。」
そう言って彼は立ち上がる。
しゃがみこんだままの私に差し出された手を借りて、立ち上がろうとして、急に引かれて抱き寄せられる。
「…それなのに、あきらめられなくて、忘れられなくて。 …ごめんな。」
抱きしめられて、彼の胸元に近づいて、そして気づく。
彼の体の熱さと、彼の、その心臓が私と同じくらい速く鳴っていることに。
「…言葉に、できない、そのくらい。…どうしようもないほど、好き、だ。」
彼が想いを吐露する。今まで聞いたことのなかった想い。
うれしくて、抱きしめられたまま、私は頷いた。
何度も、何度も。
頷いた。