やっぱり
あの日から、何度か、若松くんと女の子が一緒にいるのを見かける。
髪型と背格好から、屋上へと続く階段の踊り場で、告白をしていた子だと思う。
教室前、廊下の窓から、購買へ続く外廊下を覗く。
(…今日も、一緒にいる。)
彼女は、若松くんを見ている私を認識しているようで、目が合うと、じっと見つめ返される。今も。
私は、慌てて目をそらして、そして、もやもやする。何度も。
もやもやするのが嫌で、若松くんを見ないように気を付けているのだけど、自然と探してしまう。見つけ出してしまう。
そして、隣にいる彼女にやきもちをやいている。
彼の隣に並べて、うらやましい。
自分の隣に彼がいた中学の頃を思い出しては、切なくなる。
(どんな話をしているの?)
「お昼、中屋で食べようよ。」
ポンと肩を叩かれ振り返ると、笑顔の笑美加がいる。私が見つめていた先に気づいて、一瞬心配げな表情を浮かべたものの、そこには触れずにいてくれる。
「ねぇ、私も一緒していい?ちょっと璃亜ちゃんと話したいことがあるの。」
2人で中屋へ向かう途中、クラスメイトの遥に声をかけられ、3人で歩き出す。
私たちが通う桜葉台高校は、西側に立つ6階校舎と東側に立つ5階校舎、その中央にある中央校舎で構成されている。中央校舎には2階に昇降口が造られており、その昇降口の屋上を「中屋」と呼ぶ。西側校舎の屋上が「屋上」と呼ばれていて、東校舎には屋上がない。
中屋は、お昼休みの時間に中央校舎の影が少しできる。
夏真っ盛り、7月のこの季節でも、その日陰とそよぐ風で心地よい空間になっている。
そんな中屋の日陰の一角を陣取り、お弁当を広げる。
「ね、話ってなに?」
私は早速、遥へ尋ねる。
「単刀直入に聞くね。3組の若松大翔くんと、璃亜ちゃんって、つきあってるの?」
その言葉に、お弁当箱を開けようとしていた手が止まる。
「言葉が選べなくて、ごめんね。」
謝る遥に、遠回しに聞かれるより断然気持ちがいいよと、お弁当箱を開けて、大好きな卵焼きをぼんやり見ながら、答える。
「…過去、かな。中学の時にね…つきあってたんだ。」
「そうなんだ。ごめんね…」
私の答えに眉を下げ、話を続ける。
「実は、そのこと聞いて回っていた子がいて。」
「なにそれ?どうゆうこと?」
口の中に食べものが入っていて、もごもごした声で、笑美加が聞く。
「その子、同じ中学だったんだけど、ちょっといい噂を聞かなくて。彼女いる男の子のこと略奪しちゃうとか。」
「私、璃亜ちゃんと若松くんがつきあってるのかと思って、ちょっと心配になって。」
早とちり、余計なお節介をごめんねと謝る遥。
「そっか。心配してくれてありがとう。」
お礼を伝えて、少し甘めの卵焼きを口に入れる。
口に広がる甘さに反して、心が、重くなる。
彼には、新しい彼女ができて、前に進んでいっているのに、自分だけが、彼への想いにとらわれている。
予鈴が鳴って、3人でお手洗いへ寄る。お昼休みも、あと5分で終了だ。
個室の中、先に来ていた子たちの会話が聞こえる。
「ねぇねぇ、最近、若松くんとよく一緒にいるけど、付き合ってるの?」
その内容に、ドキッとする。彼の名前を聞くだけで、私は敏感に反応する。
「付き合ってないよ。振られた~!」
答えたその声は、悲しみを含まず、からっとしているのがわかる。
「じゃあなんで、一緒に?」
「私には、好きな人がいるって言ったのに…… なんてゆうか女々しくて!むかつくんだよね!」
少し間があいてから聞こえてきた声は、途中からどんどん大きくなる。
イライラした気持ちがこもっている。
(その話、聞きたいからありがたい。…いや、聞いたらダメか。盗み聞き。)
「え?何それ?わけわかんない。」
友だちであろう子の言葉に、私も同意。自然と頷いてしまう。
「わけわかんなくていいよ~!そろそろ行こう!」
そう言いながら、立ち去っていく足音が少しずつ小さくなる。
慌てて個室から出ると、笑美加はすでにそこにいて、今の子たちの後ろ姿を確認していた。
遥は、不自然な動きをしながら彼女を追っていった。
見えた後ろ姿。あれは、きっと、屋上の彼女だ。
(付き合ってないの?)
「事実だと思うよ。今の、例の屋上の彼女でしょ?」
「たぶんそうだと思う。」
「だいたいさ、璃亜に未練たらたらの若松が、別の子とつきあうはずないって思ってるんだよね、私は。」
と、笑美加は、確信を持ったようにはっきり言う。
屋上の、あの子とつきあってないと知って、ほっとしてしまう。
(つきあっていないなら、よく一緒にいるのはどうして…?)
その理由を知りたい。
やっぱり私は彼が好きで、どうしようもなく彼のことが、彼に関係することを、少しでも知りたいんだ。