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メンタルパンデミック

作者: 結城 刹那


 1


 教室には重くどんよりとした空気が流れていた。

 仕方がない。今日の天気は雨。太陽の当たらない暗い世界は私たちの気持ちを沈ませる。負のオーラが教室全体に浸透し、みんなの気分を落ち込ませている。


「みんな、おっはよーー!」


 私は扉の前でみんなに向かって元気よく挨拶をした。前の席にいる人たちが私を見る。彼ら一人一人の名前を呼んで挨拶をしながら私は自分の席へと歩いていった。どんよりと沈んだ雰囲気を見せていた彼らだが、私に挨拶を返すときはパッと晴れやかな表情を見せる。


 まるで私の元気がみんなに浸透していったようだった。比喩的に言っているが、これは実際に起こっていることだ。みんな、私が元気に振る舞う姿を見て、脳にあるミラーニューロンが活性化し、まるで自分が元気になったかのように感じているのだ。


 三年前に蔓延した新型ウイルス『インペリウム』。感染するとミラーニューロンの働きを大いに活性化させる。ミラーニューロンは他者の行動を見た際に、まるで自分がその行動をしているかのように反応を示す細胞だ。


 それが活性化するということは、他者の感情に影響されやすくなるということ。インペリウム感染者は『インペリウム非感染者』、あるいは『インペリウムへの免疫が強い感染者』の感情を受けやすい。これは恐ろしいことで、悪用されれば集団脅威となる。逆にインペリウム非感染者が善意者であるならば平和な世の中を形成することができる。


 インペリウムによる感情の伝染は世界的問題となっており、『メンタル・パンデミック』と呼ばれている。メンタルパンデミックは状況次第で、善事にもなり得るし、悪事にもなり得る。非常に扱いの難しい問題のようだ。


「香代ちゃん、おはよう!」


 私は自分の席まで行くと最後に隣の席の本田ほんだ 香代かよちゃんに挨拶をした。肩まで下がった茶色の髪。穏やかな目つきは落ち着いたお姉さんのような風貌を醸し出す。このクラスで一番仲のいい友達だ。


「巴ちゃん、おはよう。今日も相変わらず元気だね」

「うん! 元気120%だったから、みんなにお裾分けしておいたんだ!」

「ありがとう。巴ちゃんが来てから、クラスが何だか活気づいた気がする。さすがはクラスの太陽的存在だね」

「えへへっ! それほどでも!」


 褒められて照れ臭かったからか無意識のうちに手で頭を掻いていた。

 クラスの太陽的存在。そう言ってもらえるのはとても嬉しかった。褒めてもらえると、偽りの元気が本当の元気のように思えたから。


「そういえば、今日転校生が来るんだって?」

「そうなんだ? どんな子かな?」

「噂では女の子らしいよ。仲良くできるといいね」


 短いやり取りをしていると、始業のチャイムが鳴った。

 同時に先生がドアを開け、教室へと入ってくる。いつもより早いご登場だ。その理由は先生の後ろにいる転校生の紹介があるからだろう。


 黒い髪を短く垂れ流した少女。まん丸で綺麗な瞳は見るからに明るそうな雰囲気を醸し出していた。彼女は緊張することなく、クラス全体を見渡している。見渡す中で私と目が合った。その瞬間、彼女は私にウィンクをした。


 私は彼女の対応に驚き、思わず視線を逸らしてしまった。あれが真の太陽的存在なのだろうか。だとすると、私の確立した地位が脅かされるのも時間の問題かもしれない。


「突然ですが、今日からこのクラスに新しい生徒が入ります。みなさん、仲良くしてあげてくださいね。では、挨拶をお願いします」


 先生の合図に彼女は頷くと、黒板に名前を書き始めた。

『米澤 文香』と白色で書かれた文字。こめ……なんて読むんだろう。


「今日からこのクラスでお世話になります米澤よねざわ 文香ふみかです。よねちゃんやふみちゃんって呼んでいただけると嬉しいです。仕事の関係で学校にいない時も多々あると思いますが、学校にいる時は仲良くしてください。よろしくお願いします」


 仕事の関係? 中学生でお仕事って、一体何をやっているんだろう。


「なあなあ、あの子って、『レリーバーズ』の子じゃない?」

「俺も思った。まじかよ……うちのクラスにアイドルがやって来たよ」


 後ろにいる男子たちの言葉で、私の疑問はすぐに解消されることとなった。

 なるほど。現役アイドルか。それにしても、アイドルって裏でもあんなに輝いているんだ。クラスはおろか、国を笑顔にする存在。それなら私の地位がなくなっても無理はない。


「では、米澤さん、廊下側の一番後ろの席に座ってください」


 先生の言葉に従い、米澤さんは後ろの方へと歩いていく。みんなアイドルの存在に緊張しているのか誰も彼女に声をかけることはなかった。私は終始彼女の様子を目で追ってしまっていた。


「それでは、朝のホームルームに入ります。まずは『気分上昇係』の千早さん、お願いしてもいいかしら?」

「は、はいっ!」


 不意に先生が私の名前を呼ぶ。米澤さんに意識を奪われていた私は、いきなり呼ばれたことに驚き、上擦った声をあげてしまった。気を取り直して席を立ち上がると教壇の方へと歩いていく。


 まさか現役アイドルがいるところで、素人のパフォーマンスを披露することになるとは。

 気分上昇係は私が考案した係だ。朝のホームルームの時間を使って、みんなに一発芸を披露する。どんよりとした空気を壊し、みんなを元気にするための係は思った以上にみんなから好かれ、重宝される係となった。


 現役アイドルの前でみんなを元気にする一発芸。流石に一般人にはハードルが高すぎないだろうか。私は自分の中の緊張感が高まってくるのを感じた。

 刹那、私は何もないところでつまづき、机と机の間にある空間に頭から倒れる。


「いっつぁ……」


 私は顔を抑えながら苦しみ悶える。まさか何もないところで躓いて転けてしまうとは、流石にドジすぎないだろうか。だが、この行動が功を奏したのかクラスは笑い声に包まれる。


「はっはっは! 計画通り! 今日の一発芸はドジっ子『巴ちゃん』でした!」


 私はあたかも狙って転けたかのように振る舞う。今の笑いを超えられる芸はおそらくできない。ならば、これが芸だと思わせた方が、いい余韻で終われると考えた。


「ドジっ子『巴ちゃん』は動物柄のパンツ履いているんだな」


 前の席にいた男子が私に嫌味な笑みを浮かべる。彼の言葉で私は体が熱くなるのを感じた。まさか先ほど転けた際にパンツを見られていたとは思いもしなかった。


「変態っ! 見るな!」


 私は羞恥を払うように彼に向けて叫び声をあげた。

 クラスは先ほどよりも爆笑に包まれることとなった。


 2


「ここが図書室。うちの学校では一人につき一冊の本を借りられるよ。借りるときは受付の人に生徒手帳と一緒に差し出す感じかな。手帳に本貸し出し記録のページがあるので、受付の人にタイトルと貸出日、返却日を記載してもらう。借りた本は返却日までに必ず返すのを忘れずに。まあ、説明はこんな感じかな」


 授業後、私は先生に頼まれて米澤さんに校内の説明をしていた。

 朝の気分上昇係での失態があるだけに、彼女と話すことは憚られていたのだが、頼まれたのだから仕方がない。


 私の説明を米澤さんは笑顔で聞いてくれていた。というより、学校では終始笑顔を絶やすことはなかった。休み時間、クラスのみんなが米澤さんの元に寄ってたかってお話ししていた際も彼女は元気に振る舞っていた。


 アイドルは裏ではドライなのかと思ったが、そうでもないようだ。それとも自身のイメージを崩さないように人前ではいつも朗らかにいるのか。アイドルについて無知な私には分からない。でも、もしそうなら大変なお仕事だな。


「ねえ、米澤さん」


 廊下を歩く最中、気になった私は米澤さんに思い切って尋ねてみることにした。 


「どうしたの?」

「その……米澤さんっていつもそんなに笑顔でいるの?」

「もちろんだよ! みんなを元気にするためには、まずは自分が元気でいないとね!」

「すごいね。さすがは現役のアイドルだ」


「ふふふ、ありがとう。でもね、今の笑顔は特別だよ。千早さんに校内を案内してもらえてすごく嬉しいんだ」

「え……どうして?」

「朝の一発芸を見た時から、すごく気になってたから」


「ああ……それは、大変失礼なことをしました」

「なんで謝るの? ははは。千早さんって面白いね。私、千早さんのこと好きだな」

「ええ……いやー、それほどでもー」


 まさか現役アイドルに好かれるとは。私って、自分が知らないだけで魅力に満ち溢れていたりするのかな。いやいや、まさか。


「ねえ、千早さん。今度は私が質問していい?」

「うん。私に答えられることなら」

「その……千早さんって『インペリウム』に感染してたりする?」


 米澤さんの質問に、ほんの束の間、二人の間に沈黙が走る。

 なぜいきなり『インペリウム』について触れてきたのだろう。とはいえ、隠す必要もないから正直に答えよう。


「感染しているよ。蔓延初期くらいには感染者になってた」

「そっか。でも、その割には人からの影響をあまり受けているようには見えないけど」

「あー、そうだね。私の場合はね、人よりミラーニューロンの働きが弱かったから、むしろ感染したことで通常に戻った感じなんだよね」


「なるほど……じゃあ、私と同じだ」

「え……米澤さんも?」

「うん。ねえ千早さん、案内が終わったら、今度は私に付き合ってもらっていい?」

「いいけど……」


 私がそう言うと、米澤さんはガッツポーズを決めた。何がそんなに嬉しいのだろうか。

 現役アイドルからのお誘い。私はそのことに確かな高揚感を覚えていた。


 ****


「うぉー、大きい……」


 連れてこられたのは、都内某所の高層ビル。学校から歩いて電車に乗ること30分ほどの場所にあるところだった。ビルは空を見上げることでやっと頂上が見えるくらい大きなものだった。思わず、小さく声をあげてしまう。


「さあ、入ろ入ろ!」


 ビルを見入っていると、不意に米澤さんに手を捕まれ前へと引っ張られた。

 私たちはビルに入ると受付へと足を運ぶ。米澤さんはバッグから会員証を取り出すと受付にある機械へとかざした。スクリーンに認証完了の文字が浮かび上がる。その後、私たちはエレベータに乗った。


「ねえ、ここって?」

「私の所属する芸能プロダクション所有のビル」

「ですよねー。私なんかがこんなところに来ちゃっていいのかな?」

「大丈夫、大丈夫。何かあれば、私がフォローするから」


 エレベータはすぐに目的の8階に止まった。米澤さんについていくようにして再び歩き始める。フロアには多くの大人がいた。彼らは米澤さんに挨拶をする。米澤さんは彼らに元気よく挨拶を返していた。


 私は米澤さんの後に続いて小さく挨拶をする。その様子はまるでやまびこのようだった。大人たちは私に対して不思議な視線を向けるが、特に何か言うことはなかった。

 しばらく歩いたところで米澤さんは黒色に塗られた扉を開く。


「こんにちはー」


 中に入ると、元気よく挨拶をしてから奥へと進んだ。床一面、茶色に塗られた広い空間。両端の壁は鏡になっており、多くの女性たちが鏡越しに自分の踊りを観察している。

 ダンススタジオ。ここがそうであることに気づくのに時間はかからなかった。


「文香、こんちわ」

「文香ちゃん、こんにちは」


 奥に進むと、二人の女の子が米澤さんに向かって挨拶をした。

 一人は短い髪に凛とした目つきが魅力的なボーイッシュな女の子。

 もう一人は金髪のロングヘアに穏やかな瞳が特徴的なお姫様のような女の子。


「そっちの彼女は?」


 ボーイッシュな女の子が私の方を見ると、米澤さんに質問をする。


「紹介するよ。こちら今日から私たちの新しい仲間になる千早 巴さん」


 米澤さんは私を紹介するように手をかざす。彼女たちが私に目を向けたところで深くお辞儀をした。


「千早 巴です。よろし……ええっーーーーー!」


 その場のノリで挨拶しそうになったものの、先ほどの彼女の言葉を思い出し、驚愕の眼差しを向けた。新しい仲間。それって……私は今スカウトされたの。ていうか、もうスカウト成功確定みたいな感じになっているんだけど。


「米澤さん、それってどういうこと?」

「千早さんには、アイドルの素質があると思ってね。この機会に私たちの仲間に入ってもらおうかなと」

「いやいや、いきなり言われても。心の準備が……っていうか、親の許可が……」


「ふーん、まあいいや。僕の名前は有本ありもと いつき。一応女子。よろしく、千早さん」

「私は姫宮ひめみや 恵理えり。よろしくね、千早ちゃん」

「あー、よろしくお願いします。ってそうじゃなくて!」


「千早のことは気軽に『アニマル』って呼んであげて」

「ちょっと! 米澤さん!」

「アニマル……由来は?」


 由来。そんなこと言えるわけがない。ただでさえ、朝のホームルームで笑い者にされたのだ。あの屈辱をもう一度味わうわけにはいかない。

 刹那、米澤さんが不意にスカートをめくりあげる。最初は何が起こったのかわからなかったが、理解すると体温が一気に上昇する。すぐに捲られたスカートを元に戻す。


「というわけ」

「「なるほど」」

「なるほどじゃない!」


 まさかこんなことになろうとは、これではお嫁に行けるのは当分後になりそうだ。


「私たち、息のあったチームになりそうだね」

「まだ加入を決めたわけではないのだけど。ていうか、なんで私をチームに?」

「インペリウム感染者であるにも関わらず、自分を貫ける者。そんな人物が現代のアイドルに向かないわけないでしょ。きっと、千早さんは大物のアイドルになれる。私が保証する」


 今日会ったばかりなのに、どうしてそんなことがわかるのか。でも、大物になれる。

 私は自分の鼓動が高鳴っていることに気がついた。アイドルになれると言われて、すごく嬉しくあった。


 何もなく空っぽだった私が、誰かの感情を満たすことのできる人物になれるかもしれない。その絶好の機会が今訪れている。私はどうするべきなのだろうか。


「まあでも、親の許可をとってないのなら、まずはそこからだね。僕たち未成年だから」

「「ですよねー」」


 有本さんの一言で、昂った感情は一気に冷静さを取り戻した。


 3


 両親からの許可は案外簡単に取れた。二人とも私がアイドルをやることを喜んでくれた。

 無理もない。お母さん、お父さんからしたら、生きる気力を失くした娘が自分から生きる目的を見つけてきたのだ。これ以上の喜びはないだろう。


 私はかつて『無気力症候群』なるものを患った。

 原因は10年間一緒に過ごしてきた飼い猫の死による強いストレスによるものだった。それから1年間学校にも行くことができず、自室に引きこもる生活が続いていた。


 生きていれば誰しも別れを体験する。仕方のないことだ。そう分かっていても、10歳の頃の私は、愛するものとの別れに耐え切るほどの器を持ち合わせてはいなかった。

 無気力症候群は、これ以上の悲しみに襲われれば自身を保てなくなるため、自己防衛の一環として発症したのだろう。今はそう考えている。


 1年間休んだことで、心は徐々に回復していった。

 久々に見た街はいつもよりどんよりとしていた。人々は一年前の私と同じようにまるで生気を失ったかのように沈んでいた。それが『インペリウム』によるものだと知ったのは、その後だった。


 幸いと言っていいのか、私は一般の人に比べて、『インペリウム』の作用を受けにくかった。1年間背負ってきた『無気力症候群』が影響してのことだと医師は言う。まさか長い間、私を苦しめてきた病に助けられるとは思わなかった。


 インペリウムの影響を受けにくい私は、その特性を生かして、みんなを元気にすることを誓った。気分が落ち込んだ時の苦しみは誰よりも知っている。だからこそ、私の振る舞い次第でみんなが元気になれるのならば、頑張ろうと思えた。


 それが『気分上昇係』なるものを作る始まりだった。

 まさかそれが転じて『アイドル活動』になるとは思ってもいなかったが。


 ****


 アイドル活動をすることが決まったことで、私の日々は大きな変化を遂げた。

 学校が終わるとすぐに米澤さんとダンススタジオに訪れ、夜遅くまで振り付けを覚えた。目指すは来月に控えたライブに出られるように仕上げること。


 曲は3曲。全ての振り付けを覚え、他三人のメンバーと合わせる。

 正直言ってかなりきつい。体力に自信のある方ではないため、ちゃんと踊り切れるか不安だった。大量の汗を掻いて、死んだかのうように眠りにつく。そんな毎日が続いた。


 クラスのみんなに『アイドルになったこと』を告げると、揶揄われながらも応援してくれた。米澤さんは毎日ダンススタジオでトレーニングする私に触発され、代わりに気分上昇係になってクラスを盛り上げてくれた。


「まさか、ともちゃんがここまで熱心にやってくれるとは思わなかったよ」


 ライブ前々日、疲れ果ててダンススタジオで寝転んでいると、ふみちゃんが視界に現れる。手にはスポーツドリンクを持っていた。それを私へと差し出す。私は状態を起こして、受け取った。たくさん運動した後の冷たいドリンクは体に染みる。


 私と米澤さんの仲はこの一ヶ月で大きく変わった。学校では香代ちゃんを交えていつも一緒におり、呼び方も苗字から名前呼びに変わった。私はともちゃん、米澤さんはふみちゃんだ。


「やるからには本気ってね。それに、私が手を抜いたら三人の頑張りが無駄になるから」

「ありがとう。明日を気に新生『レリーバーズ』の誕生だ」

「レリーバーズ。いい名前だよね」

「でしょ。私たちにぴったりの名前じゃない?」


 レリーバーズ。日本語に訳すと、『人々を苦しみから解放する者たち』。

 インペリウムによるメンタルパンデミックを良い方向へと変え、人々に元気をもたらす。それはアイドルのあるべき姿なのだとか。

「うん。だからこそ明後日のライブは絶対に成功させようね」


 準備万端。明日は休みなので、後は本番に備えるのみとなった。


 4


 会場は強い熱気に包まれていた。舞台を照らすスポットライトの光にそれを包み込む幾色の光。光は上下に動き回り、舞台にいる子達の踊りを盛り上げていた。

 舞台で歌って踊るアイドルと客席で歓声をあげてライトを降るファンの人たちが作り出すハーモニー。初めて見るライブは胸が躍るほどの圧巻さだ。


「うわー、緊張してきたー」


 だからこそ、緊張感は一気に高まる。

 私たち『レリーバーズ』が出場するライブは多くのアイドルグループが集まる『合同ライブ』だった。私たちの歌う順番は全8組の中で4番目。会場の熱気がピークを迎える頃だ。

 そんな重要な場面でちゃんと歌い切れるだろうか。もし失敗して、雰囲気が最悪になってしまったら、どうしようか。


「とーもちゃん!」


 舞台裏で歌う子たちの様子をモニター越しに眺めていると不意に後ろから腕を巻かれた。

 

「ふみちゃん、どうしたの?」

「その様子を見る限り、緊張しているね?」

「え……まあ、ね。こんな大勢の人たちの前で歌うなんて初めてだから。失敗したらどうしようって」


「初めての時はそうなるよね。分かる。でも、ファンのみんなはとても優しいから、たとえ失敗しても励ましてくれるよ。怠けていたわけじゃない。全力をもってした失敗は価値あるものだから。だから今日まで頑張ってきた成果を思う存分出し切ろう」

「ふみちゃん……」

 

 ふみちゃんの言葉で少しばかり勇気が湧いてきた。

 私たちが話していると、いつきちゃんとえりちゃんがやって来る。

 モニターを見ると、私たちの前の子達が歌い終え、舞台裏へと足を運んでいく姿が映し出されていた。いよいよ私たちの番が始まる。


「さあ、レリーバーズ行くよ」


 ふみちゃんはそう言って、自分の前に手を差し出す。その上にいつきちゃん、えりちゃんが手を重ねた。私も一番上に手を添える。


「最高のライブにするよ。ファイオー」

「「「ファイオー」」」


 掛け声を発し、一致団結したところで舞台の方へと歩いていった。舞台からは私たちを紹介する司会者の声が聞こえてくる。

 私はチームの一番後ろに並んで歩く。

 歌が始まる前の段取りは、初めに私以外の三人が登場、三人の自己紹介が終わったところで新メンバーの発表、そして私が登場して自己紹介と言った流れだ。


 舞台へと出る通路に並んだところでスタッフの人がマイク越しに司会者に伝える。


「それでは、お次に参りましょう。中学生三人ユニット『レリーバーズ』の登場です!」


 司会者の言葉に続いて会場は大いに盛り上がる。BGMが流れたところで三人が舞台の方へと赴いていった。私の前にいたえりちゃんが私にウィンクを送ってきた。一人になるから勇気づけてくれたのだろう。本当に優しいメンバーたちだ。


「みんなー、こんにちは。暗い世界を照らす三つの光。ファーストライト、レリーバーズ大佐『米澤 文香』です」

「セカンドライト、レリーバーズ中佐『有本 樹』です」

「サードライト、レリーバーズ少佐『姫宮 恵理』です」


 会場からは三人の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。SNSとかで分かってはいたけど、レリーバーズはやっぱり人気のアイドルなんだな。この中に私が入るのかと思うと、一気に緊張が高まってくる。


「そして、なんと今日は暗い世界を新たに照らす光がやってきました!」


 ふみちゃんの言葉で会場がざわつく。何の前触れもないいきなりの告知なのだ。びっくりするのも無理はない。


「それでは、登場していただきましょう。現れよ、フォースライト!」


 私はその言葉を聞き、裏から出てくる。舞台に出ると多くの光が目に入ってくる。それが全てファンの人だと思うと、その多さに圧倒されそうだった。私の登場で会場は歓声に包まれる。私はできる限り自然を装って、みんなに手を振りながら階段を降りていった。


 階段を無事に降り、三人の元へと駆けていく。

 刹那、私は自分の右足に左足を引っ掛けてしまい、そのまま前へと崩れた。

 もっていたマイクが甲高い音を発する。それによって、会場が静寂に包まれる。


 やってしまった。私は藁にもすがる思いでふみちゃんの方を覗いた。

 ふみちゃんは驚愕の目を浮かべている。出てきていきなり失敗したのだ。驚くのも無理はない。みんなごめんね。


「ちょっ! ともちゃん、あんた見せパンはどうしたの!?」

「え……」


 私はふみちゃんのセリフに背筋が凍るのを感じた。慌てて状態を起こして正座をする。


「もしかして、パンツ見えた?」

「うん。動物柄のが……てか、あんた事前にパンツ渡したでしょ。なんで自分の履いてきたのよ!」

「あれって、ライブ終わりは汗をびっしょり掻くから、替え用のパンツじゃないの?」


「んなわけあるかー!」

「そんなー、みんなにパンツ見られたー。もうお嫁にいけない!」

「「はいはい。二人とも、女の子が『パンツ、パンツ』言っちゃいけないよ」


 私たちの掛け合いに会場には、大きな笑い声が湧き上がった。「かわいいよー」「ラッキー」とファンの人たちの声が聞こえる。セリフはあれだが、励ましてくれたことに感謝する。歓声を聞いたふみちゃんが私に歩み寄ると紹介を始める。いきなりの失敗で、段取りが狂ったためアシストしてくれるみたいだ。


「では、気を取り直して。フォースライト、レリーバーズペットの『アニマル』です」

「違うわ!!」


 私のツッコミで再び会場には笑い声が上がる。これでは、ライブではなく漫才だ。


「ごめんごめん。じゃあ、自己紹介をよろしく」

「えー、皆さん。はじめまして。フォースライト、レリーバーズ見習い『千早 巴』です。よろしくお願いします。あと、先ほどのは忘れてくださーい!」


 力一杯会場に手を振る。ファンの人たちからは拍手が送られた。同時に「絶対忘れない」「イヤダー」という声も聞こえてきた。冗談じゃないんだ。本当に忘れてくれ。お嫁にいけなくなる。


 でも、これで緊張が解けた。体の震えも、心臓の鼓動も正常になっている。いつも通りのパフォーマンスが出せそうな気がする。


「それじゃあ、1曲目。『シャイニングライト』!」


 ふみちゃんのタイトルコールで曲が始まる。

 私たちは舞台という小さくも大きな空間で華やかに踊ることとなった。踊っているうちは嫌なことも全部忘れられた。きっとファンの人たちも同じに違いない。


 会場全体がメンタルパンデミックにより『歓喜』に包まれていた。


 ****


「とーもちゃん、お疲れ!」


 ライブが終わると、ふみちゃんは持っていたタオルを私の頭に乗せて、手でワシャワシャ

とかき混ぜる。最高のライブに花を咲かせてテンションが上がっているらしい。ふみちゃんのタオルは汗のいい香りがした。


「髪がぐしゃぐしゃになるよー」

「ごめんごめん。ともちゃん、いい味を占めてたね」

「タイムスリップしてやり直せるのならあの場面だけをやり直したい」

「残念。それどころか、今日のライブは録画されているから永久に残っちゃいます」

「そんなー。今すぐカメラを破壊してやる」

「何でよー。今日の一番の見どころでしょ。下着姿で出てきたアイドルは初めてじゃない? 動物柄は特に」

「ぶり返さないでー!」


 私たちの様子をいつきちゃんとえりちゃんは笑いながら見ていた。二人ともライブが終わってホッとしているような様子だ。


 それにしても、下着の件は本当に失態だ。まじでどうしよう。

 会場にはお母さんとお父さんも来ていた。それだけじゃない。多分、おばあちゃん、おじいちゃんもいたのではないだろうか。家に帰りたくない。帰ったら絶対気まずくなる。


「それで、初めてのライブはどうだった?」


 ふみちゃんからの言葉に私は我に帰る。見ると、ふみちゃんはおろかいつきちゃんやえりちゃんも私の方を穏やかな目で見ていた。私は頭に乗ったタオルを首へと回す。


 今日の感想。そんなの決まっている。チームのみんなが一体となった踊り。ファンの優しい歓声と歌を引き立てるライト。ファンと一緒に作り上げた最高の舞台。

 パッと晴れやかな表情になると、彼女たちに向かって言った。


「最高に楽しかった!」 

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