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愛しき者への鎮魂歌

作者: ヨゾラノシタ・アルク

「ヒロタカ。ヒロタカ」

「うーん」

「ヒロタカ。ヒロタカ」

名前を呼ばれてヒロタカは目を覚ました。部屋の中は薄暗い。テレビやテーブル、本棚等の輪郭がぼんやりと見える。夜明けまでまだまだ時間があるように思ったヒロタカは再び目を閉じる。重力に沈むように意識がスーっと落ちていく。

ところが「ヒロタカ。ヒロタカ」と呼び止められ、意識を無理矢理戻された。

もう一度目を開ける。ベッドの脇に黒くぼやけた人影が立っていた。はね上がる心臓に引っ張られてヒロタカは上半身を起こした。

「ヒロタカ。ヒロタカ」

夢ではない。黒い影は確かに、はっきりとした口調でヒロタカの名を呼んだ。ヒロタカは月四万五千円のボロアパートで独り暮らしをしている。悲しいことに彼女もいなければ部屋を行き来する友達もいない。と、言うことは、だ。睡眠前に玄関の鍵をかけたこの部屋に人がいることはあり得ないのだ。

「ヒロタカ。ヒロタカ」

黒い影が怯えるヒロタカを覗き込むように近づいてヒロタカは「ぎゃあーっ!」と悲鳴をあげてしまった。

「ヒロタカ。俺だよ、ヒロタカ」

パニックになったヒロタカはベッドから転がり落ちた。そして這うように黒い影から遠退く。

「ヒロタカ、俺だってば。ヒロタカ」

完全に腰が抜けてのそのそとしか進まないヒロタカを黒い影が追った。

「ぎゃあーっ!」

迫ってくる気配に気づきヒロタカは再び悲鳴をあげる。捕まったら死ぬ。そう思った。

「ヒロタカ、こんな時間に近所迷惑だろ。騒ぐのをやめろ」

ヒロタカは涙目で振り替える。黒い人影の顔の辺りを見た。

「そうだよ。俺だよ。お前のおじさんだ」

暗闇に慣れてきたヒロタカの目は人影の顔の輪郭をハッキリと映した。人影が言うように、それはヒロタカの母方のおじさんだった。

「ぎゃあーっ!」

ヒロタカは叫び声をあげて這った。

「だから、近所迷惑だっての!静かにしろよ。ったく。親族の顔を見て逃げる奴がいるか?」

とは言うもののやはりヒロタカは恐ろしいのだ。なぜなら「おじさんは三日前に死んだ!お前はおじさんじゃない!」と言うことだからだ。一昨日には通夜に出た。昨日は葬式にも行った。遺影で笑っていたあの顔がここにあるわけがないのだ。

「確かに俺は死んだ。けど、俺は正真正銘、お前のおじさんだ」

「死んだんならどうしてここにいる?矛盾してるぞ!」

「ヒロタカ、冷静になれ。深呼吸だ。俺がお前に危害を加えるなら寝てる間にしてる。なのに俺はお前を起こした。お前に敵意がない証拠だ。どうだ?」

「深夜の熟睡している時間を狙い、玄関のチャイムを押さずに家の中へ侵入して来た時点で敵意があるじゃないか!」

「この時間じゃないと俺は行動できないんだ。そしてチャイムも押せない。押そうとしてもすり抜けるんだよ」

「そ、それって、つまり?」

「そう!おじさん、幽霊になっちゃいました~!」

ヒロタカは唖然とした顔で、ガハハハと笑うおじさんの顔を見た。薄くなり始めた額、青く濃いヒゲの跡、低い鼻に大きな鼻の穴。どこを見てもヒロタカの知っているおじさんの顔に違いなかった。

「本当におじさんなの?」

「そうだぞ。お前のオムツを替えてたおじさんだ。ゲーム機を買ってやったのを覚えてるだろ?」

その記憶は確かにある。

「お前の母さんに内緒でエロ動画も見せてやったよな」

その記憶もある。

「お前が二十歳になったら大人の店に一緒に行こうって約束もしたろ?結局、行けなかったけど」

間違いない。

「おじさん!」

「ヒロタカ!」

二人はガッシリと握手を交わそうとしたのだが、おじさんの手はすり抜け、ヒロタカの手は宙を切った。

「本当に幽霊になってんじゃん!気持ち悪っ!」

「気持ち悪いとか言うなよ。俺だって好きでなった訳じゃないんだからさ」

「そこだよ。おじさん。なんで幽霊になんてなっちゃってんの?」

幾分心が落ち着いたヒロタカは部屋の電気をつけてテレビの前のテーブルの横に座った。

「そこなんだよな」

おじさんはベッドに腰かける。

「って言うかなんで俺の所にくるわけ?確かにおじさんが独身の時はめちゃくちゃ可愛がってもらったけど今は自分の家族があるんだから、そっちへ行けば良いじゃん。ユウタ君とかレイナちゃんとかおばさんとか」

「行ったよ。死んでからすぐに行ったよ。でも誰も気づかないんだよ。で、母さんと父さんの所にも行った。けどやっぱ気づかなくてさ。今度はお前の両親のとこに行った。それでもダメで、こりゃマジでヤバイなと思いながらここに来たらなんと、気づいてもらえたってわけ」

「なんで俺なんだろ」

「たぶんヒロタカには霊感があったんだな。お前が子供の時に一緒に風呂に入ってたら急に鏡に向かって話し出すし、昼寝の時にもジッと天井の一点を見つめてた事があって薄気味の悪いガキだなって思ってたけど、今、考えるとなにかが見えてたんじゃないのか?」

「それはあんまり記憶にないけど。だけどこうして話してると本当におじさんだ」

「だろ?」

「で、なんで幽霊になったのかはわかんないの?」

「はっきりとはわからない。けどなんとなくはわかってるんだ」

おじさんは暗い顔になった。そしてそのわけもヒロタカにはなとなくわかっている。

「未練があるんだね」

おじさんはこくりと頷いた。ヒロタカはおじさんの死因を思い浮かべた。尖った凶器による背中から肺にまで達した刺し傷。ようは殺人だ。そして犯人はまだ…。

「おじさん」

「ああ」

二人は同時に言った。

「犯人を捕まえたいんだろ?」

「外付けHDDを処分してもらいたいんだ」

ヒロタカは「ん?」と聞き返す。

「今、なんて言ったの?」

「外付けHDDを処分して欲しいって」

「はあ?おじさんを殺した犯人はまだ見つかっていないんだよ?それなのに外付けHDDの処分って。犯人が憎くないの?」

「外付けHDDの処分の方がよほど重要だ!あの中には見られると俺の死がボヤけるレベルの画像がギッシリ詰まってるんだ!お願いだヒロタカ!まだ家族が俺の悲しみに浸って行動を起こさない今のうちに外付けHDDを処分してくれ!悲劇のお父さんって言う象を守り抜いてくれよ!」

「そんなんで良いんならやるけどさ。おじさん、そんなくだらないことが心残りで幽霊になったの?」

「くだらないかくだるかは俺の心の持ちようだろ?ヒロタカにもわかる日が来るよ。男には実よりもプライドを選ばなきゃならない時があるってことにな」

「まあ、だけど、それもおじさんらしくていいや。それじゃ、明日、おじさんの外付けHDDを処分するよ」

「ありがとな、ヒロタカ」

おじさんは幽霊らしからぬ満面の笑みで笑う。ヒロタカの顔にも笑みが浮かんだ。何者かの凶行により突然に奪われたおじさんの命。しばらく会っていなかったとは言え、挨拶もできずにさよならすることになった時はそれなりにショックがあった。しかし、今、こうして穏やかにお別れを言えるチャンスができたのは神様の粋なはからいかもしれなかった。

「こちらこそ、子供の頃はたくさん世話してくれてありがとう」

ヒロタカが言うとおじさんは「へへへ」と笑ってそのままスーっと消えた。




「ヒロタカ。ヒロタカ」

「うーん」

「ヒロタカ。ヒロタカ」

名前を呼ばれてヒロタカは目を覚ました。昨夜と同じように部屋の中は薄暗い。そしてベッドの脇には黒い影だ。

「ヒロタカ。ヒロタカ」

「おじさん?」

「起きたか?」

「なんでここにいんの?外付けHDDは処分したよ。成仏するんじゃないの?」

「そんなこと言われても成仏しなかったんだからしょうがないだろ?」

「マジかよ」

ヒロタカは眠い目をこすりながらベッドから起きるとテーブルの横に座った。おじさんはベッドに座る。

「昨日も言ったように犯人が捕まってないからじゃないの?」

「うーん。やっぱりそうなのかな?」

「絶対にそうだよ。だって殺されたんだよ?相手が憎いでしょ?」

「まあな。風俗店から出て二、三分後に後ろからブスリ、だもんな。警察だって被害者の俺の足取りを調べるだろ?風俗にいった事が絶対に嫁にばれるじゃん。幽霊になった直後は怒り狂って手当たり次第にそこらの看板や電柱を蹴ったり殴ったりしたぜ。全部すり抜けちゃって、何回も派手にスッ転んだけど」

「だったら決まりじゃん。犯人が捕まればおじさんは成仏するんだよ」

「ヒロタカがそうまで言うなら俺もそんな気がしてきた」

「でしょ?でも捕まえられるかな?犯人に心当たりはないの?」

「俺も完璧な人間じゃないとは思うけど、殺されるほどに恨まれることも無いと思うんだよな。通り魔なんじゃないか、と考えてる」

「犯人の顔は見てない?」

「見ようとはしたんだ」

「そうなの?」

「ああ。突然、背中を刺されて一瞬何が起きたのかわからなかったんだけど、うつ伏せに倒れていく中で攻撃を受けたのを理解してさ、次の攻撃が来るんじゃないか?って考えたら怖くなって、倒れてすぐに振り向こうとしたんだ。だけど車道を挟んだ反対側の歩道に、ミニスカートをはいた女性を見つけて、その太ももに見とれてたら意識が遠退いていってさ。気がついたら幽霊になってたんだけど、犯人はもういなかった。たぶん意識が無くなっても俺はしばらくは生きていて、その間に犯人は逃げたんだろうな」

「なんでそんな一大事に女の人の太ももを見てんだよ?」

「なんでなんだろう?テレビとかでさ、ブサイクなおネエタレントが短いスカートをはいてても目がいっちゃうんだけど、それと似た感覚なのかな?」

「それにしても人生最後に目にしたのが女の人の太ももだなんてどんな人生なんだよ」

「でもそれはそれで幸せな気もするから不思議だよな?」

「……そう言う考え方もあるか」

「けどさ、俺が殺されたのって夜の繁華街だろ?それなりに人もいたし、防犯カメラも設置されてるとおもうんだ。だったらすぐに犯人がわかるんじゃないの?」

「それもそうだね」

ヒロタカはリモコンを拾ってテレビをつける。深夜のショッピング番組が流れていた。画面には軽やかな音楽と共に太ったおばさんがダイエット器具をためしている。平和な光景だ。と、突然、甲高い音がして、画面の上部に緊急ニュース速報とテロップが出た。

「また事件じゃない?」

ヒロタカが言うとおじさんの目もテレビに向いた。二人の目に映ったのは『福長市の通り魔殺傷事件に関与したとして福長署が三十代の男性から任意聴取』の文字。

「これって俺の事件の事だよな?」

「そうだよ!こいつが犯人だ!間違いない!」

「そうか。こうなったらもう捕まったも同然だな。これ以上、被害者がでなくて本当に良かった」

「…おじさん」

ヒロタカはそっとおじさんを見る。が、目が見開いた。

「おじさん、なんで体が光ってんの?」

「え?体?うわっ!本当だ!体が光ってる!」

おじさんの体はぼんやりと黄金色に輝いていた。

「犯人が捕まったも同然だから成仏するんじゃない?」

「ああ。なんだか心が軽い。ふわふわするぜ」

おじさんはゆっくりとベッドから浮き上がる。

「マジか。今度こそ本当のお別れなんだね。おじさんが成仏してくれるのは嬉しいけど、なんだか寂しいや」

「ヒロタカ。迷惑かけたな。これも運命なんだ。その目にしっかりと焼き付けとけよ。こんなに光ってるおじさんは二度と見れないからな」

淡く光ったおじさんは歌い終わったロックミュージシャンのようにやりきった表情を浮かべて天をあおいだ。光は徐々に強くなり、立ち上った蛍のような光の粒が天井に吸い込まれていく。

「じゃあな、甥っ子。お母さんを大切にするんだぞ」

「わかってるよ。また、いつか会おうね。おじさん」

おじさんは完全に光の粒となって天井へ消えた。ヒロタカが一人残った部屋には、ダイエットに成功したおばさんの、使った器具の素晴らしさを嬉しそうに語る声が響いていた。




「ヒロタカ。ヒロタカ」

「うーん」

「ヒロタカ。ヒロタカ」

名前を呼ばれてヒロタカは目を覚ました。昨夜と同じように部屋の中は薄暗い。そしてベッドの脇には黒い影だ。

「え?おじさん?」

「そう。俺」

ヒロタカは信じられないといった表情で体を起こす。

「昨日、成仏したじゃん」

「俺だってそう思ったけど実際にここにいるわけだし」

「えー?えー?じゃあ、昨日、光ってたのは何なの?」

「全くわかんない。自分の意思で光ってたわけじゃないから」

「はあ?まさか逮捕の確認がされてないから戻ってきちゃったとか?それなら大丈夫だよ。昨日、聴取を受けてた奴が犯行を認めて逮捕されたから」

ヒロタカの言葉を聞いたおじさんは「本当か?」と体を光らせた。

「あっ!おじさんが光った」

「でもなあ。風俗に行ってたのが家族にバレたかと思うと。なんだか胸がモヤモヤとするんだよなあ」

おじさんの体から光が消えた。

「それなら大丈夫なんじゃないかな。おばさんはそんなの知らないような感じだったよ。警察の人もおじさんの人権を傷つけないように気を利かせてくれたんじゃない?」

「警察もやるな!税金払ってて良かったよ」

おじさんの体がまた光った。ヒロタカはハッと目を大きくして「でもユウタ君たちは疲れた様子だったな」と呟いた。おじさんの体からは光が失われる。そこで「おばさんはおじさんをずっと愛してるって言ってたけど」と付け加えるとおじさんの体がまた光った。

「やっぱり!」

「ん?どうした?」

「おじさんは嬉しいときに体が光るんだよ」

「なんで?」

「俺が知るわけないだろ。だけど間違いないよ」

「だとしたらややこしい体になっちまったな。成仏の合図じゃなかったのか。これからは嘘がつきにくいじゃねーか」

「で、おじさんは何が心残りなの?」

「ぜんっぜん、わかんない」

ヒロタカは「あっ、そう」とベッドに横になった。

「おいおい、ヒロタカ。なんで寝ちゃうんだよ」

「だって、俺にはどうしようもないもん。って言うか、たまには俺以外の所にも言ってみなよ。親戚とか友達とか色々といるでしょ?俺以外にもおじさんの姿を見れる人がいるかもしれないよ」

「お前なあ。死人に対して冷たくないか?」

「違うってば。他の人なら俺と違った考えで打開策を思いついてくれるかも知れないじゃん。たくさんの意見を聞いてみたらどう?って話」

「一理あるな。それじゃちょっくら他にも行ってみるか」

「いってらっしゃい」

「ああ。それじゃヒロタカ。お母さんを大切にするんだぞ」

「そう言うの良いから。おやすみなさい」

「つれない奴だな。昔は俺のそばから離れなかったくせに」

おじさんはぶつぶつと愚痴を言いながらスーっと消えた。




「ヒロタカ。ヒロタカ」

「うーん」

「ヒロタカ。ヒロタカ」

名前を呼ばれてヒロタカは目を覚ました。部屋の中は薄暗い。そしてベッドの脇には黒い影。

「おい、ヒロタカ」

「何だよ?おじさん」

「昨日、ついにお前は俺の呼び掛けを無視して眠り続けたな」

「連日、真夜中に起こされて寝不足だったから気づかずに寝てたんでしょ。俺は昼間、仕事してんだからさ」

「そりゃ悪いとは思うけど今は俺の心配をしてくれよ。他のところに行ったけど誰も俺に気づかないんだよ」

「ええ?ほんと?」

ヒロタカは眠たさと面倒くささで顔を歪めながら起き上がる。が、おじさんの様子を見て眠気が飛んだ。

「おじさん!Tシャツがボロボロじゃん!体も傷だらけだし!どうしたの?」

「あ、これ?ダチの家から戻る時に踏み切りがあってさ、そこに千切れた自分の頭を両手で持った全身血だらけの若い男がいたからついつい目がいっちゃったんだ。そしたらその男が、なに見てんだよ?なんて言ってきてさ、俺もダチに気づいてもらえなくてイラついてたから、見ちゃ悪いのかよ?なんて言っちゃって、そっからはもうお互い引けなくなって大喧嘩。その時にTシャツを破られて、こんな原始人みたいに右おっぱいだけ見える感じになっちゃったんだよ」

「相手は幽霊?」

「首が千切れてたんだぜ。間違いなく幽霊だろ。けっこう強かったんだぜ。だけど頭をサッカーボールみたいに蹴っ飛ばしてやったけどな。はっはっはっは!」

喧嘩に勝ったのが嬉しいのかおじさんはぼんやりと光っていた。そんなおじさんを尻目にヒロタカは起き上がり、テーブルの上に置いてあったペットボトルを取って水を飲んだ。

「それで、成仏の方はなんとかなりそうなの?」

「どうだろうな」

「結局、おじさんは何に未練を持ってるんだよ?」

「そこだよ、ヒロタカ。昨日、お前に相手にされなくて一人で考えてたんだけどさ、四十九日まだ魂が現世に残る説、ってのは考えらんないかな?」

「え?」

「つまり、死んで四十九日は未練があろうとなかろうと成仏しないんじゃない?ってこと」

「うーん」

ヒロタカはアゴに手を当てて考えた後に「あり得るかも」と口にした。

「だろ?だから今はあれこれ考えるだけ無駄なんだよ。四十九日が過ぎてなお、俺が成仏していなかったらその時にまた考えようぜ」

おじさんの大雑把な性格にヒロタカは昔を思い出した。ああ、こんなだったな、と懐かしく思った。何事に対しても適当なのだ。それでも生きていけると証明してくれた人だ。

「それじゃその時までここにいていいよ」

「もちろんいるに決まってんじゃん。お前は俺の甥っ子なんだからな。面倒見てやった恩を返さないとな」

まあ、腹は立つ。けれども、よくよく考えてみると、それでこそ俺のおじさんなんだ、とヒロタカは思った。

「おい。このブルーレイレコーダーの上に乗ってるエロDVD」

「どれ?」

ヒロタカがテレビ台に設置してあるブルーレイレコーダーを見ると、そこには数本のアダルトDVDが乗っている。

「朝井丸美のベスト十二時間のやつ、俺の部屋から消えたやつじゃねーか」

「あっ、それ?ごめんごめん。高校生の時、どうしても観たくてこっそり持っていったんだ」

「は?ふざけんなよ。お前が持ってたのかよ。ずっと探してたんだからな。でもこうして見つかって良かったよ」

「返しても良いけど、おじさんは死んじゃったからね。どうしよっか?なんなら俺が寝てる間、レコーダーで再生しててあげようか?」

イヤらしい笑みを浮かべてヒロタカが振り向くと、そこには誰もいなかった。今までの騒がしさが嘘のように、部屋にはヒロタカ以外の気配がない。

「未練ってこれだったのか?」

ヒロタカは朝井丸美のDVDを拾って、深夜の時間が止まったような空間で立ち尽くすのだった。



                 ―― END ――



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