01
暦の上の真夏まではかなりあるのに、今年は暑くなるのが早い。それでも、高い場所は快適だ。洗濯かごを持ってデッキに出ると風が心地いい。洗ったシーツを干せば、これで午前中の家事は終わり。この調子なら、お昼前にすっかり乾くだろう。
日よけの布を留めた紐を縛り直していると、下の方から呼ぶ声がする。デッキの手すりから見下ろせば、白い花の咲く丘の上に顔なじみが立っていた。やたら仕立てのいい魔道士のローブは遠目にもよく似合っていて、なんだか悔しい。しかも、この前聞いたところでは着ているほうが涼しいんだとか。まだ研究中の繊維は、王立機関の制服としてデータを取っているのだ。
彼の名はレクス。王立魔道士団、入団三年目にしてすっかり期待の星。大きく手を振っているので、上がってきていいよと手招きする。彼はふわりと地面から浮き上がりデッキまで一直線に飛んできた。そして、ゆっくり丁寧に私の隣に着地する。エレガント過ぎて腹が立つ。
「おはようミルテ。天気がいいから、君の家がすぐに見つかったよ」
優しく微笑む彼は干したシーツを見ると羨まし気に言う。
「うわ、いいなあ。お日様で乾いたシーツ。気持ちよさそう」
「はいはい。で?」
いつもながらつっけんどんな私のあしらいなど、彼は慣れたものだ。
「ヴィルの店で、レモンのレアチーズケーキを買ってきた」
うむ、そういうことなら仕方がない。
「お茶にするわ。中へどうぞ」
私は使い魔のドラゴンを呼び出して、家の周囲を警戒するよう言いつけた。ドラゴンは、家と速度を合わせて一緒に飛び始める。
私の家は地面に建っていない。空飛ぶ魔女の家なのだ。
レクスと共に家の中に入ってキッチンでお茶の支度をする。彼はケーキの箱をテーブルに置くと、戸棚からお皿とカトラリーを取り出して準備してくれた。
「「いただきます」」
フォークですくったケーキを口に運ぶ。保冷の魔術が利いていて冷え冷えだ。
「美味しい!」
「うん。今年のレモンも出来が良かったみたいだ」
冷たいうちに食べないともったいない。その後、私たちは食べ終わるまで無言だった。アイスティーを飲んで一息つく。
「ごちそうさま。ありがとうレクス」
「どういたしまして」
「で、何の用事?」
それはそれ、これはこれ、と塩対応の私に、もちろんレクスは怯んだりしない。
「実はさ、研修で外国を回って来るように辞令が下ったんだ」
「外国?」
「うん。何ケ国かを一週間単位ずつくらいで」
研修とは言っているが、その実、王立魔道士団を代表しての視察だろう。豪遊か! 腹立つなあ。実力もあり見目も良い彼だ。行く先々でモテモテにもてなされることだろう。などと高波の立つ内心を隠して、努めて平坦に発言する。
「へえ。そういう研修の後は出世しちゃったり?」
「行く行くはそうなるかも」
「ほほー。羨ましい限り」
「ははは」
レクスと私は王都の魔術研修所で出会った。初等と中等の一般教育を経た後、魔術の才能を見出された者は魔術研修所で学ぶことを勧められる。家業の後継ぎなどで魔道士を選ばない人もいるし、強制はされない。
私は両親が既に亡く、親戚の家で育ててもらった。研修所を終えたら自立するつもりで家を出てきた。
レクスは末っ子で、家は長兄が継いでいる。彼も同じく、職を得て自立するのだと聞いた。平民でありながら品行方正で、周りに自然と合わせられる彼はとにかくモテた。同じ研修生の中には貴族家の令嬢もいたので、婿入りを打診されること数知れず。だが、彼は全てを断った。
無事に研修生の課程を終え、彼は当然のように王立魔道士団に入った。給料も良く、高位貴族の覚えもますます目出度く、出世街道まっしぐらである。
同じく、私も課程を終えたが、研修所の所長に勧められた研究職には就かなかった。私の性格を知る所長も、無理強いすることなく「やっぱりな」と笑っていた。私は人付き合いが苦手だ。組織の中でうまくやっていく自信はない。
研修所時代も、同期たちといろいろあった。特に、レクスに言い寄る貴族令嬢たちに目の敵にされた。だが幸いなことに私は魔力も多く、魔術の才能にも恵まれた。おかげで定期試験の度に、レクスと1位2位を独占。習熟の度合いが近い私たちは、互いの研究について相談し合うことも多かった。
というわけで、雑魚研修生の干渉に頭を悩ませるなんてことはなかったのだ。考えの足りない連中の雑な嫌がらせは、感知や防御の魔術開発には大いに役立った。その度、ハンカチを噛んで悔しがる令嬢たちの顔を見て、諦めないファイトだけは評価していた。他のことに、その熱意を向ければいいのに、と思いつつ。
そんな彼女らも、使い魔の授業で私がドラゴンを呼び出してからは大人しくなった。ドラゴンである。ブレス一発、敵全滅、である。私のドラゴンは、たいして凶悪ではないのだが、それについては黙っていることにした。
ドラゴンは私によく懐き、休日にはその背中に乗って空中散歩を楽しんだ。元々、束縛が嫌いな私はそれにヒントを得て、空中に住む研究を始めた。所長も興味を持って応援してくれた。空飛ぶ家は卒業研究として披露すると誰もが目を瞠った。しかし空飛ぶ家はあまり現実的ではなかった。魔力の消費も多いし、魔道士と言えど、地に足を付けて暮らしたいと思うものがほとんどだったからだ。
「人間嫌いが過ぎて、空に逃げることにしたのかしらね」
そんな陰口も聞こえてきた。そうかもね、と内心では思った。
研修所を卒業後、私は空飛ぶ家で暮らし始めた。その後の研究で魔力のロスを減らし、低燃費も実現。研修所時代に友人を作らなかったこともあり、この家を訪ねて来るのはレクスだけ。もっとも、飛行魔術が出来る魔道士しか、ここへはたどり着けない。
勝手気ままな生活は楽だが、お金ばかりは他人との交流なしには手に入らない。私に出来るうまい仕事はないかと考えていた時、とある農場の上を通りかかった。
作物が青々と茂る広い農場。その中央を流れる水路の際で人が二人、腕組みをしている。なんだろうと興味が湧いて、私は飛行魔術で下に降りてみた。
「どうかしたんですか?」
「え? ……あんた、どこから来た?」
農場主らしき中年の男が驚いている。私は上空に浮かぶ家を指さした。
「父さん、前に新聞で見たじゃないか。
魔術研修所の卒業研究で、空飛ぶ家を作った魔女がいるって」
私は農場主の息子らしき若者の発言に同意して頷いた。
「ああ、そういえば……」
私は思い切って尋ねた。
「何か、お困りですか?」
「うん。水車の調子が悪くてね。
部品を換えればいいんだが、近くの技師は他の仕事で出ていてつかまらない。
出来れば今日中に水をやりたい畑が何面かあるんだが……」
そういうことなら、役に立てるかもしれない。
「必要なところに、魔術で雨を降らせましょうか?」
「ううん……出来れば下から水を流したいんだよ」
「じゃあ、水車に今だけ魔導回路を組み込みましょうか?」
「そんなこと出来るのかい?」
ここの水車は魔導回路を使っていないが、故障部分を補助するために仮の回路を付けるのは簡単だ。
「いくらかかるんですか?」
農場主の息子が心配そうに尋ねてきた。いくらかなあ? 相場が分からない。
(あ、そうだ)
「お金はいいので、少し食べ物を分けてもらえると嬉しいです」
農場なら、食料の備蓄は十分あるだろう。
「それなら、頼んでみようよ父さん」
「そうだな。お願いできるかい?」
「はい。じゃあ、水車を見てみますね」
よく見てみると、わずかな部品のズレが引っかかって、うまく回らなくなっているようだ。少し奥まったところの部品なので、直すには全部ばらさないといけないだろう。試しにズレた部品を魔術で少し浮かせてみると、水車は回りだした。
「おお、直ったのか?」
「いえ、引っかかっていたところを魔術で浮かせているだけです。
ここに補助の魔導回路を付けて、状態を保てるようにしておきます」
私は家から、試作で作った魔導回路を一つ持ってきて設置した。
「技師さんが来たら、このボタンを押して回路を止めてください。
止めてしまえば、簡単に外れます」
「ありがとう! 助かったよ」
水はうまく流れ出し、水路を走っていく。
「父さん、俺、母さんに魔道士さんへのお礼を頼んでくるから」
「おう。俺は作業を始めるよ」
立派な母屋までついて行くと、話を聞いた農場主の奥さんが、あれもこれもと、たくさん食料をくれた。今日焼いたというパンや保存用のジャムまで。あるものでパパっと応急処置したつもりの私は、かえって恐縮した。
数日後、魔導回路がちゃんと動いているか、農場へ確かめに行ってみるとタイミングよく技師さんが来ていた。かなり年配の方で、眼鏡をかけている。
「あなたが応急処置をしてくださったんですか。
助かりました。ありがとうございます」
またまた丁寧にお礼を言われて恐縮した。
「どうもトシのせいか、眼鏡が合わなくなってきて、故障を見落としたようです」
技師さんは少し落ち込んでいた。それでも、この辺は他に技師さんがいないので、眼鏡を作りに行く暇もないのだと言う。私は、またまたお節介を思いつく。
「良かったら、眼鏡屋さんに行く暇が出来るまで、眼鏡に補助の魔導回路を……」
以下同文。技師さんは食料は持っていないから、とさすがにお金をくれた。
そんなこんなで、上空から見つけた困っていそうな人の相談に乗り、ちょっとした手助けをするだけで、それなりに暮らせている。
最初に行った農場の奥さんに気に入られて、保存食を作る時期には分けてあげるから取りにおいでと言ってくれる。奥さんは料理上手だ。断る手はない。
というわけで、図々しく頂きに参じるわけだが、ついでにちょっとしたメンテナンスやお手伝いも欠かさない。
農場の一家は仕事が忙しいこともあって、余計な気は遣わずに接してくれる。すっかり馴染んでしまった私はずうずうしくも、天候の不安定な時期には空いた土地に家を置かせてもらうようになった。
「それでね」
レクスは国外研修の話を続けた。
「三か月、アパートを開けることになるから、家賃がもったいないので解約しようかと」
「ふうん」
「で、僕の荷物を預かってもらえないかな?」
「え?」
収納空間使えるじゃん。そこに入れておけばタダじゃん。そう思ったのだが……
「僕に万一のことがあったら、君に扉の中身を譲るから」
通常は魔術で作った収納空間は本人しか使えない。本人が空間を使えなくなった時、あらかじめ指名してあれば、別人が開くことが出来る。
「どうかな?」
万一なんて無いとは思うけれど、私に預けることでレクスが安心できるなら。
「仕方ない、預かりましょう」
「よかった」
イケメン、実に嬉しそうに笑う。
「それじゃ、この辺に扉作ってもいい?」
そう、実際の収納は、魔術で作られた空間なのだ。預かると言うより、扉の設置場所を貸すと言う感じだ。
レクスは懐からドールハウスに使うような小さな扉を出すと壁に貼り付け、魔術を展開する。淡く光りだした扉は見る間に人の通れるくらいの大きさになり、やがて光が消えた。ドアノブを回したレクスは、中を覗く。
「うまくいったよ」
それから扉を閉めると、私に一本の鍵を渡してきた。鍵には私の名前が彫られている。
「ところで出発はいつ?」
「今日、これから」
そう言うと、レクスはベランダに歩いて行って飛び上がる。
「行ってらっしゃい!」
振り返ったレクスは、一瞬柔らかく微笑んで飛び去った。私はその背中に、心の中で『気を付けて、無事に帰って来てね』と告げた。




