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vs友人


「指輪もしてなかった」


 帰宅後。

 私室でしくしくと項垂れるグレンを前に、訪ねてきた軍部の同僚──ダンは辛辣に言い捨てた。


「はあ? んなもん売り払うに決まってんだろ。向こうは別れるつもりなんだから」


 切れ味は抜群だ。

 グレンは返す言葉もなく、喉の奥を詰まらせる。フィリアの頑なな態度に、心はボロボロだった。あれは──あの瞳は、本気だった。

 グレンは唇を噛み締めて、ダンに詰め寄る。


「なあ、どうしたらいいと思う?」

「フィリアの望み通りにしてやればいいと思う」


 向かい合うダンははっと笑って、グレンが所有している中でも一番高級なワインを飲み下した。──士官学校時代から付き合いのあるこの男は、親友であり、悪友でもあって、独身の頃のグレンの奔放さやエリザベトとの関係も知り尽くしているが故に、今回の件も「身から出た錆だな」と切り捨てていた。


 けれど彼は、騎士団の食堂で働いていたフィリアとも面識があり──二週間前、家を出て行ったフィリアを心配して、捜索にも協力してくれていた。


 そうして今日、やっとグレンはフィリアとエーリヒと再会出来たのだが。結果はあえなく惨敗。


 この二週間、食事も喉を通らず、眠ることも出来ずにいたグレンを心配し、様子を見に訪ねてくれたダンに、フィリアが無事見つかったこと、別れを切り出されたことを伝えると、こうして呆れ果てられたのだった。


 その上、これ見よがしに大きなため息をつかれる。


「だから言っただろ、もっと奥さんを大切にしろって」

「してた」

「どこが」


 グレンが言い返そうとするよりも早く、ダンは低く唸るように言葉を並べ立てる。


「深夜まで飲み続ける。女友達の誘いは断わらない。挙句エリザベトとキス。──絵に描いたようなクズじゃないか、クズ、アホ、バカ、禿げろ」

「だ、か、ら、あれはエリザベトが!!」

「お前に隙があったからだろ。それとも、エリザベトへの未練か?」

「そんなわけないだろ!」


 言い切ったグレンに、ダンはやれやれと首を振る。


「大体お前さあ、言い訳ばっかしてないでちょっとはフィリアの身にもなって考えてみろよ──もしもフィリアが他の男とあんな時間にあんなクラブにいてキスしてて、「誤解だ」って言われて、信じられるか? 無理だろ」

「相手の男を生きたまま八つ裂きにする」

「会話になってねえよ」

「前提がくだらない。フィリアが浮気なんてするわけないだろ」

「そう。それが答えだよ」


 ダンは馬鹿にしたように笑って腕を組んだ。グレンが苛々と聞き返す。


「はあ?」

「お前は知ってるんだ。フィリアはそんな女じゃない。もし他の男に心移りしたら、陰でこそこそ会うんじゃなく、正式にお前と別れてから新しい男にいくはずだって」

「もしもでもその例えは止めろ」

「まあ、だからとにかく、そういうことだよ。普段の素行が良いからフィリアは信じて貰える。お前は駄目だから信じてもらえねえってこと」

「……あのさ、前から薄々思ってたけど、ダンって僕のこと嫌い? いつから?」

「仕事の面では信用してる。けど、女絡みのお前はクズだと思ってる」


 グレンは強く眉間に皺を寄せた。


「僕はフィリア一筋だ。もう心を入れ替えたんだ」

「んなもん伝わってないんじゃ意味がねえんだよ。繰り返すようだけどなグレン、問題はお前がどうしたいかじゃない。フィリアがお前とどうなりたいんかなんだよ。めんどくせえし、潔く離婚してやれば?」

「そんな、冤罪なのに」

「……お前ほんと鬱陶しいな」


 ちっと舌打ちされ、グレンは思考を切り替えた。


 仕事も、住む場所まで見つけ、新しい生活を送り始めていたフィリア。


 あのマリとかいう女性はしっかりしていそうで、エーリヒも懐いていた。治安も悪くはない地域だしと、グレンは一旦は安堵したが。いかんせん、接客業というのが心配だった。──一生懸命に働くフィリアは可愛い。彼女は気づいていない様子だったが、結婚前、騎士団の食堂で働いていた時もフィリアは密かな人気があったのだ。絶対、悪い虫がつくに違いない。

 その前に、決着をつけたかった。


 グレンは、遠慮なくワインを飲み続けるダンに声をひそめて言った。


「ダン、頼みがあるんだけど」

「裏工作はしないぞ」

「違う。エリザベトを調べて欲しいんだ」

「エリザベト? ……あいつが何かしたって言うのかよ」


 片眉をあげたダンに、グレンはひとつ頷く。


「……フィリアがあのクラブに来たのは、誰かに教えられたからなんだ」

「その誰かとエリザベトが繋がってるって?」

「間違いない」


 ダンは考え込むように片手を顎にあてる。


「……まあ、いいけど。真実を暴いたからってフィリアが戻ってくるとは限らないぞ」


 グレンは膝上で組んだ両手を、ぐっと握りしめる。


「わかってる」


 ダンの指摘する通り、本当はフィリアの望む通りにするべきなのだろう。

 けれどどうしても納得出来ない。離れることなど、考えたくもない。


 ダンが、緑色のワイン瓶を傾けて、最後の一滴までグラスを注いだ。


「まあ最悪本当に別れることになっても、エーリヒの面会とか頼み込めば月イチくらいは会わせて貰えるかもしれないけどな」

「そんなの、本当に最悪だ」


 グレンは栄養と睡眠不足でクラクラする頭を押さえ、立ち上がる。


 テーブルの端に積んである手紙の束は、エリザベトからのものだった。

 あの夜から毎日贈られてきているが、開いてもいない。


 ──親切な人が教えてくれたの。


 誰だ。

 フィリアを唆した人物を、探し、問い詰めねばならない。その為にも、エリザベトともう一度話す必要がある。


「くそ」


 めまいを起こしうずくまったグレンを、友人はやはり呆れたように眺めていた。

 


  

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