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理解

 それからルノアと別れたグレンは軍に戻り、一通りの仕事を終わらせたあと、急いでフィリアのもとへ向かった。



 そうして辿り着いたのは、橙色に染まる夕暮れ時。


 一日ぶりに会う妻と息子は、一段と輝いて見えた。


「ごめんねフィリア、昨日は来られなくて」

「だから頼んでないってば」

「一日会えないだけで寂しかったよ」

「私とエーリヒは平気でした」

「それはよかった」


 今日の仕事は終わったらしく、エーリヒとフィリアは自宅の前で遊んでいた。


 散らかっている遊具は、先日グレンが運んできたおもちゃばかりだった。エーリヒが喜んでくれたならよかったと、グレンはほっと笑顔を浮かべる。


「今日も忙しかったんでしょ。早く戻ったら」


 けれど、フィリアの態度は変わらず冷たかった。


 グレンは胸に刺さるものを堪えながら、エーリヒのそばに屈む。


「やぁエーリヒ。砂遊びかい?」

「ままごとです。今、お夕飯を作ってます」


 エーリヒは、鍋や食器の形をしたおもちゃを地面に並べて、その中に土や水をいれていた。


「へえ。じゃあ僕がお父さん役をしようか」

「お父さん役は僕です。お母さまはお母さん役です」

「え? エーリヒとフィリアが夫婦なの?」


 独特な設定だな。

 と若干の疎外感を抱く。


「じゃあ、僕は子ども役でも……」

「残念。子ども役も埋まってます」


 フィリアが言って、エーリヒとグレンの間に割り込んだ。


(あれ……)


 近づいた距離にドキリとしながら、グレンは首を傾げる。


 石鹸が違うからだろうか。


 フィリアからもエーリヒからも、一緒に暮らしていた頃とは違う匂いがしていた。


 そのことに、今は一緒に暮らしていないのだと、今更のように実感させられる。


 2人は、グレンの家を出て行ったのだ。自分が原因で。


「すみません、遅くなりました」


 と、そう言って駆けてきたのは、一昨日も会った客の青年だった。たしか、名をアレフとか言う。


 小脇に荷物を抱えたアレフは、そこにグレンがいるのを見つけると、慌てて頭を下げてきた。


「こ、こんにちは」

「こんにちは」


 グレンは他所行きの笑顔で以って返し、そのすぐ後、エーリヒがアレフに駆け寄るのを見た。


「アレフさん! 絵本持ってきてくれましたか?」

「うん。お母さんに預けておくね」

「ありがとうございます!」


 アレフは大判の絵本が数冊入った紙袋をフィリアに手渡す。フィリアは申し訳なさそうにしながら受け取っていた。


「すみません。わざわざ持ってきていただいて」

「全然。エーリヒ君はお得意様ですし」


 なるほど。ご近所付き合いが上手くいっているのだ。良いことだ。グレンは3人のやりとりに、自分の中で必死にそう結論づける。


「アレフさんは今日は子ども役です。ご飯出来たからそこに座ってください!」

「うん」


 エーリヒに袖を引っ張られたアレフは、顔を赤くしつつ、フィリアの隣にしゃがんだ。


「失礼します」

「違います、『ただいま』って言ってください」

「た、ただいま」


 外野のグレンはただただその光景を眺めることしか出来ない。まるで空気だ。


 進行を邪魔しないように、エーリヒがおもちゃのフォークとナイフをアレフたちに配るのを見守る。そして思った。


(しかし、今日()ってことは……)


 この青年、アレフは、今日たまたまではなく、このままごとに何度も参加しているのだろう。配役によっては、フィリアと夫婦だったこともあるかもしれない。


「……」


 ただの児戯だ。そう分かっているのに羨ましく、苦しい気持ちになる。


 そういえば一昨日もフィリアとアレフは仲が良かった気がした。ただの店員と客というには、親しすぎたような。


「お父さまも一緒に食べますか?」


 と、やっと父の存在を思い出したようにエーリヒがグレンに顔を向けた。


 その愛らしい無垢な笑顔に、グレンは言葉を詰まらせる。


「あ、いや」


 押しの強さも、諦めの悪さも人一倍。そう自負していたはずなのに、なぜかひどく弱気になった。


 自分がいなくてもエーリヒはこんなに楽しそうで、フィリアもしっかりと生活を続けている。


 そこに、無理に割って入ってもいいのだろうか。別れを望まれているのに?


 奥様はあなたを愛してない。


 エリザベトの嫌な囁きが蘇って、グレンは顔を曇らせた。


 グレンは、変わらずフィリアとエーリヒを愛している。また一緒に暮らしたいと渇望している。その為にエリザベトの弟を調べて、ルノアと手を組んで、潔白を証明しようとしていた。


 けれどそれは全て、自分のためだった。


「……グレン?」


 急に黙ってしまったグレンに、フィリアが心配そうに声をかけてくる。


 そんな風に優しいからこんなダメな男に引っかかってしまうんだとグレンは憂えた。そしてそんな優しくて温かいフィリアだからこそ、グレンは欲してしまったのだ。


 フィリアを見ることが出来なくて、エーリヒに微笑みかける。


「ごめん、エーリヒ。父さまはそろそろ帰るよ」

「……もうですか?」


 今来たばかりなのに、とエーリヒが不思議そうにまばたきをする。


「ごめんね」


 望まれていない場所にいるのが苦しくなって、グレンは立ち上がった。




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