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鎧武者

「綾人、やつれたねえ」



 夜になって、桜井が初日最後の様子見にやって来た。

 綾人は今の状態に少し慣れたのか、扉が開く音を聞くと、自らお狐様を外せる様になった。



「今から二時まで寝ると良い。なあに、目覚ましは気にしなくて良い。とびっきり豪華な物を用意してあるからさ」



 現在時刻は午後の十一時。

 与えられた睡眠時間に喜びもせず、綾人は倒れ様に眠りについた。


 ござの上で泥の様に眠る綾人を横目に、桜井が耳を澄ます。

 すると蔵に向かって進む足音が一つ聞こえた。



「初日、首尾よく終了。今日がこの調子なら、まあ最終日も保つんじゃないかな」


「そうですか―――ならば、我々も準備を進めておきますので。どうか、達成をお祈りしています」



 足音の主は、低い声の女だった。

 外は暗く、街灯もない道―――女の顔は、桜井からは見えていない。



「では、また明日の晩に」



 そう言い残して、女は姿を消した。


 桜井は蔵の扉を閉じると、普段は吸わずに持っているだけの煙草を一本取り出して火をつけた。


 年齢に反して幼く見える桜井に、普段ならば煙草は似合わないものの、今は山奥の蔵の前、一人立っている桜井を、煙草の光と煙が不気味に演出していた。




 ●●●●●●




 時は流れ二時、山中に大きな鐘の音が響き渡る。

 正月なんかには煩悩の数聞く音だが、寝ているときに突然何度もなると嫌にうるさい。


 少し機嫌を悪くしながら綾人が目を覚ますと、何故か寝る前よりも蔵の中がよく見えた。


 目が慣れたのかと思ったが、どうやら違う様だ。

 指先まで神経が通っている事を、血が通っている事を体感で分かるのだ。


 これは目が慣れたなどの話ではない、五感がかつてないほど、冴えているのである。


 綾人は納得すると、静かにお狐様に触れた。


 今なら分かる、このお狐様が何で出来ているのか。


 木でも鉄でもプラスチックでもない―――これは、触れる事が出来るレベルまで高密度に圧縮された、妖力なのだ。

 何時間もつけて座っていて、ようやく気づけた。


 綾人は静かに、お狐様を装着する。

 髪の黒色はお狐様へと移り、残されたのは雪原のように真っ白の髪。

 代わりにお狐様は、真っ黒に染まった。


 情報が流れ込む―――昨日よりも、楽に感じた。


 ただ叩き込まれるだけの情報の流れが、最適化された、整理整頓された情報へと変換されている様な感覚だ。


 これはお狐様の妖力が初日に綾人の体へと染み込んだ結果であり、お狐様との繋がりが強くなったおかげで伝えたい情報が直に届く。

 更には妖力による五感などなどの身体強化によって、脳の回転が加速しているのだ。


 ここからは早かった。

 疲れは減り、桜井が様子見にやって来た際もふらつかずに一人で外へ出る。

 山の空気を満喫する余裕まで出来た。


 二日目は余裕の終了―――そして三日目、再び綾人は地獄を見る羽目になるのだ。




 ●●●●●●



「……ここは…………」



 二日目の晩、綾人は確かに寝た筈。

 しかし、今居るのは木の舞台。

 清水寺の舞台に少し似た雰囲気だ。


 そこに居るのは綾人と、正体不明の鎧武者。

 握る刀は、以前五郎の持っていた物によく似ている。


 それに向かう綾人は素手であり、あるのはお狐様から流れ込んだ戦い方の知識のみだ。



「名乗れ」



 鎧武者が言葉を発した。

 人から発せられているとは思えない、洞窟に響いた音の様な声だ。



「綾人…………堂上綾人だ」



 名を聞いた鎧武者は、静かに歩き出す。

 一歩歩くたびに、鎧同士が当たって音を立てている。



「俺を、殺すか…………」


「それはお前次第だ」



 鎧武者と綾人の距離が次第に縮まる。

 綾人が刀の間合いに入っても、さらに縮まりる遂には互いの手が届く位置に。


 その瞬間、刃は振るわれた―――首を刎ねるつもりの、一切躊躇のない一撃。


 綾人はそれを避けない、避けれない。

 いかに身体能力が妖力で強化されているとはいえ、鎧武者の剣速はそれを遥かに凌駕した。


 ならば綾人はどうするか―――これ夢かも知れない、諦めてしまうのも一つの意見だろう。


 しかし、綾人は手を伸ばした。

 自分の体から離れた場所へ、真っ直ぐに。


 そして、あの晩の感覚を呼び覚ます。


 刀が己から手に飛びつく様な、あの吸い寄せる感覚を。



「――――――よし」


「首は、繋がっている様だな」



 鎧武者は刀を離してはいないが、綾人も握っている。

 妖力で糸引く様な感覚で手に吸い寄せたは良いものの、柄は鎧武者に握られている。


 だから刀身をしっかりと、手から血を流しながら握りしめていた。



「お前の祖父は、首が飛んだぞ」



 それだけ言うと、鎧武者は刀へと吸われる様に姿を消した。


 この景色は寝ているから見ているもの―――もしかしたら何の意味もない夢かも知れないが、綾人は確かに、何か認められた様な気がした。

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