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自己賛美

 初めて会った時、気に食わないと思った。

 今まで戦いも知らずにのうのうと育って、お狐様の依代だという理由だけで私が努力して手に入れた弟子の地位を簡単に手に入れてしまったのだから。


 誰に文句を言われる筋合いもない、正当な権利、正当な怒り。


 それ以外にも怒りの要因はある。

 私が金を貯めて貯めて、やっとの思いで買った服よりも上等な生地で作られ、上等で高密度の魔力を込められた服を平然と着ている所、樋口や他の御三家には及ばずとも、個人で術師界隈の重鎮と呼ばれる桜井憲忠に馴れ馴れしい所。

 他にも理由を挙げれば果てしない。


 でも、一番腹が立ったのは初日。

 お狐様の力で、私を負かした事だった。


 私の今までの人生、努力、投資、そして捨ててきたもの、全てを否定された気がした。

 全てが無駄だったと、突きつけられた気がした。


 私はただの、一族の(うみ)なのだと、丁寧に再確認させられた気分だった。


 でも、見てて分かった―――私を負かした彼は、ただここまで流されてきた人間ではないと。


 初日から今まで経験した事のない運動量を文句一つ言わずにこなし、更にそれを、自分のためになる様試行錯誤して、作業から修行へと正しく昇華。

 走り込みで嘔吐しようと、すぐに片付けて再開―――それ相応に、死に物狂いで努力をしていた。


 思わず納得してしまった―――お狐様に、選ばれるわけだと。

 あの地位に、立てるわけだと。


 それが今―――実を結んだのか、実を滅ぼしたのか、彼はろくに走れなくなった私の前に立ちはだかる。


 土兎と、私の前に―――妖力もまともに扱えないくせに、妖術もまともに使えないくせに。

 蛮勇、無茶、無謀、自殺と同義。


 なのに、でも、だから、私は止められない。

 何も知らない、無垢だった私を見てるみたいで、これを止めたならば、走り出した頃の私を汚す様で、何も言えない、言いたく無い。


 ただ、見つめる事しか出来なかった。

 ナイフを握る貴方を栄光の絞首台へと送ることが、私に託された役目だと知った。




 ●●●●●●




 言った、後戻りは出来ない。

 緊張、全身へと駆け巡る―――後悔はない、清々しさが綾人の心を満たしている。


 空が暗くなり始めた―――貧民街の中心に立つ白亜の城の様に、真っ白な毛の土兎が嫌に目立つ。

 空気が心地よい、風が心地よい、今ならば、何でも出来る気がしていた。



「兎風情が、人様に逆らうなよ…………!」



 強がってはいるが、自信も力も溢れ出すが、当然恐怖は拭い切れてはいない。

 その証拠に、夜継を握る手は震えている―――今こそ、払拭の時だ。



 目一杯、足に力を込めた。

 全力を出せるのは僅か五秒―――しかし、瞬発的なものならば幾分かマシ。

 十回は全力で跳べる筈なのだ。


 迫る土兎、綾人は夜継の鋒を右脇から背後に下げて、右足を引いた状態で体を右斜めへ。

 頭を正面に保ち、しっかりと敵を見据える。


 無意識に取ったこの姿だが、剣道でいう所の脇構え。

 逆袈裟の狙いを一切隠さない、自身の防御を考慮しない、超攻撃特化のこの体制に、重ねてお狐様から学んだ太刀筋―――今の一瞬、一撃に、命を賭けている。



「…………よし」



 瞬間、地を蹴った―――ただ一歩が、二歩目を不要とする程の滑走を生み出す。

 しかし、踏み出された第二歩。

 それは綾人の体を上へ上へと押し上げ、足元から土兎の眼前へと躍り出る。

 凄まじい迫力―――人間など一噛で殺せてしまう前歯は、死の覚悟を決めた上で恐るるに足る存在感を放っている。


 振るわれた刃―――空気を切る様に、土兎の首へと綾人の体ごと突き進む。


 緊張は途絶えない、これを避けられれば死、抑えられても死、間違えてはならない、ただ一筋の斬撃を、百点で収めなければいけない。


 糸を引かれる様に刃は振るわれる、土兎と視線が重なった気がした、こんな状況で風の音が良く聞こえる、全能感が体に満ちている。



 気がついた時、刃は土兎の首を通過して、血を散らしていた。

 宝石の様に輝いて、真っ赤な血が空中を舞っている。


 相変わらず夜継は綾人の手に、心臓の音がうるさい。

 血が全身き通っている、息が上がる、声が出ない。


 こんなにも、叫びたい高揚感に満ちているというのに。


 未だ夜継を握る手は震えているが、恐怖はもう切り捨てた。

 ではこれは何か、武者振るいだ。

 今になって、敵を斬り終えてから現れた。


 二度目の死線は、思考に満ちていた。

 自分を賛美する、良くやったとの思いに満ちていた。

読んでくださりありがとうございます!

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(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)

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