説明不要
ごめん、遊んだ
ただ、デカかった―――説明不要。
これがゲームならば、キャラクターデザインをサボったのではと思われかねない程、ただデカいだけ。
小さな雪玉の様な兎が、雪山の様に―――小さめの一軒家を名乗れる様なその巨体は、歩くだけで脅威。
その馬鹿だと言いたくなる様な見た目は、しっかりと脅威であった。
「それは、兎と言うにはあまりにも大きすぎた 。大きく、白く、重く、そして―――大雑把すぎた。それは 正に、モフモフだった 」
「アホなこと言ってんじゃないわよ、死にたいの?!」
突然の巨大化に思わず呟いた綾人に対して、銘華は罵倒を浴びせる。
一纏まりとなった土兎が、空高く飛び上がる。
小さい時同様―――勢いをつけるために。
「あの体で同じことやったら、洒落にならないわよ」
「銘華さん、アレ対処出来る?」
「取り敢えず…………逃げるわ」
「じゃあ、俺も」
瞬間、二人は同時に走り出した。
そして爆音―――二人が元居た位置に、土兎の角が突き刺さり、地面が砕けたのだ。
「銘華さん! アレ当たったら死ぬ!」
「そんなの、言われなくても見ればわかるわよ!」
銘華は逃げながらも炎の攻撃で牽制するが、まるで意味をなさない。
分厚い毛皮が炎を防ぎ、表面が軽く焦げるだけなのだ。
攻撃は諦めて、全力で逃げる。
撤退も戦略―――ここまで来た道を抜け、桜井達の待つ車まで向かえば、一先ず助かるのだ。
車を止めてある位置まで残り僅か。
あと少しで、車が見えるはずなのだ。
だから―――だから、ほんの一瞬、意識外からの妨害に対処が遅れた。
ごつんと、全力疾走していた銘華が何かにぶつかった。
これは何かの封印を解く際などに張る結界。
外からは破りやすく、中からは強固。
一般人が内部の異常に気づかない様にと、表面には結界設置当時の内部の姿が映し出されている。
そしてそれは、中からも同様。
銘華は焦りにより、すっかりそれの存在を忘れていた。
そして綾人は、そもそも知りもしなかった。
突然現れた透明な壁に驚いた銘華は、ボロが次々と現れる。
唖然とした一瞬―――土兎が二人に追いつくには充分な時間だった。
狙い澄ました、渾身の一撃―――綾人が銘華へと飛びついて、無理矢理回避させ、再度走り出す。
「銘華さん、怪我は?!」
「ッ―――大丈夫よ、心配しないで」
ぶつけて真っ赤になった鼻を摩りながら、銘華は応える。
しかし、全力疾走の状態で壁に激突したせいで、全身にダメージが、もう最高潮の速度では走れない。
無理に走ろうものなら、体の節々が痛む、綾人は人体のどこかが骨折―――良くてもヒビが入っているのかも知れないと考えた。
元の思い通りに車へと戻るのは不可能なので、道脇の森へ入る。
土兎が木々の生い茂る森へと入れないのではないかと少しは願ったが、残念ながらそうは行かない。
木々を蹴り飛ばし、踏み倒し、変わらず二人を追いかける。
「銘華さん、本当に大丈夫?」
「ええ………大丈夫って、言ってるでしょ!」
この時点で同年代の陸上部などはとうに超える疾走速度だったが、それでも土兎の前では鈍足の速度。
綾人はもう少し早く走れるが、全身にダメージを負った銘華と合わせていては同じく鈍足。
このまま走り続けて、おかしいと思った桜井達が様子を見にくれば勝ち―――しかしもし、来なかったら? もし、ずっと待たれていたら? そうしたら、綾人達に待つのは死、のみだ。
頭の中で、何度も同じ言葉が繰り返される。
それを言えと、言うなと、感情が騒ぎだす。
自分はお狐様を所持しているから、きっと助けに来てくれる、だからこの言葉は言わなくて良いんだと、何度も自分に言い聞かせた。
すると、新たに一つの言葉が脳裏に浮かんだ。
この自分の思いに、ふさわしい名前だ。
思わず笑いが込み上げる―――走り疲れて、脳に酸素が回らず、まともな判断が出来なくなっていたから、それとも、元来の性格か、それを判断してくれる者は、助けと同じく居なかった。
「これは…………甘えか」
甘え―――その言葉は、今の綾人に良く似合うレッテルだった。
それと同時に、払拭しなければならない汚名でもある。
「ちょ……アンタ、何してんのよ!」
銘華が叫ぶ―――突然綾人が立ち止まったのだ。
相手は慈悲ある人間では無い、戦闘により肉体の限界を迎えた綾人を放っておく程生優しくはない。
しかし、今立ち止まらねばダメだった。
今思いを立ち止まらせておいては、いけなかった、いられなかった。
綾人は何度も頭の中で繰り返される言葉を決意に変える。
決意として、形にして、示す。
それは、一つの分岐ルートであった―――逃げ続ける人生か、愚かに戦い続ける人生か。
「銘華さん…………俺がやるから、下がってて」
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