山門編-初国知らす王の章(7)-厄災のあと(7)
夜の水面に灯りが一つ浮かんだ。かと思えば、灯りは瞬く間に数を増やし、まるで天空の銀河を映した鏡面のようだった。
数百人の人々が、炬火をかざし、鳥見山を目指して、山門の各地から集まってくるのだ。灯りのひとつの下には、必ず磐余彦狭野姫がいるに違いなかった。
天と地が明滅する夜景を眺めていたのは、一羽の梟だ。彼は椋の梢ちかくの枝に止まり、陶然とさせる眼下の様に酔ったような声で鳴いていたが、やがて慌てて枝を飛び立った。
梟に代わって椋の主となったのは、夜陰にも黒々とした影だ。その影にも眼がふたつあり、名もあった。剣根、という。
葛城族の青年だ。氏上の血筋だが嫡流ではなく、庶流のなかでも遠い血の流れにいる。だが、嫡流との距離を縮める機会を氏上から与えられた。そのために、彼は、山門の諸族が七年前の厄災を乗り越え、新しく未来へ踏み出すことを天神地祇に報告する大祀に先立ち、その祝典の晴れやかな空気を汚す騒動を起こさなくてはならない。
もっとも効果的な騒動は、大祀で天神地祇を神祝ぐ天孫族の磐余彦狭野姫を凶事が襲うことだ。その凶事が狭野姫の心身を必ずしも傷つける必要はなく、その兆しを大祀に参集する人々に感じさせるだけでもよい。その兆しが、狭野姫と蜜月関係になりつつある磯城族を疑わせ、天孫族内部に萌しはじめた間隙を助長するならばなおよい。
注意すべきは、その兆しの元が、葛城族から発せられたことを天神地祇にも気取られないことだ。そのため、剣根は、氏上の太忍から宝鏡を授けられた。
緑青色の鏡体に山羊と仙人の姿を鋳込んだ緑水鏡だ。山羊はカモシカのことで、葛城族の始祖は、山門南方の山中でカモシカと暮らしていた伝承がある。その古伝を刻んだ鏡であるから、緑水鏡は葛城族の宝鏡なのだ。
緑水鏡に秘められた呪力を用いて、剣根は任務を遂行する。小さな騒ぎを起こしただけで満足するつもりはない。
新しい山門主と自他共に認める磐余彦狭野姫を、必ず息絶えさせるつもりだ。天与の魅力を持つ狭野姫を失えば、天孫族は山門諸族への影響力を喪失する。狭野姫暗殺の嫌疑をかけられた磯城族は、山門諸族から敵視される。そうしてできた権力の空白に台頭するのは葛城族だ。
それを果たせれば葛城族嫡流までの距離を一足飛びに跳び越え、あまつさえ、太忍に父であることを認めさせられるかもしれない。
剣根としては、べつにあの眉根の間に酷薄さを棲まわせた男が恋しいわけでは全くない。短剣の持ち込みが叶えば、刺殺してやりたいほどだ。しかし、息の根が止まる前に、なんとしても父であることを認めさせなければならない。そうしてこそ、貧しさと捨てられた絶望感の中で死んでいった母の魂が安らかに眠ることができる。
灯火の群がずいぶん近づいてきた。剣根は夜の底に星座を結ぶように、寄せてくる光を凝視した。
どこかの灯りの下に狭野姫がいる。彼女の道を照らす灯りが鳥見山の霊畤に届くよりも早く、彼女の生の道を閉ざさなければならない。
剣根は目線を上げ、夜色に塗り込められた遠くを見た。
狭野姫はひときわ太い光のすじの中にいるに違いなく、調べた限りの彼女の性格から、先頭を進んでいるに違いない。天孫族の根拠地の橿原がある方角を睨み、剣根は狭野姫がいるはずの灯りに見当をつけた。
狭野姫が霊畤に向かう道筋からずれていることを確認すると、剣根は椋の木を滑りおりた。その拍子に、腰に提げた緑水鏡がきらりときらめいた。それは、鏡の中の呪力が持ち主の剣根に注意を促した合図だったが、狭野姫の灯りだけを見つめている剣根の視界には届かなかった。
剣根は夜気の底に身を沈めた。樹木の枝葉が星明りを遮り、地表は漆黒の闇だ。夜目を鍛えている剣根は、樹木の根が絡み合う山肌を山風のように走り下りた。
直感が、剣根の足を急停止させた。地表に大きく隆起した大樹の根に身体を潜ませ、じっと暗闇を凝視した。前方にただならぬ雰囲気が流れている。
山は清涼な山気を吐くが、時には地中の毒素を山瘴として吐き出す。山に宿る山霊がその山瘴に取り込まれると魑魅という怪士となる。
真夜中、山霊の怪士に遭遇することはままあることで、だからこそ人々は日が落ちた山野に出ることを忌み嫌うのだが、その間の悪さが己に降りかかったつきのなさに、剣根は舌を鳴らした。だが、山の怪士であればなんとかなる、と剣根は腰の緑水鏡に手をやった。なにしろ、強力な山の霊魂が封じられてある。
静かに祓わねばならん。そう考えたそのとき、暗闇に二つの目が浮かんだ。
「獣か」
剣根がそう知覚したとき、その獣はすでに跳躍していた。
剣根も俊敏だ。大樹の根元から跳び退がると同時に鏡を構え、呪言を唱えた。鏡面が波立ち、封じられている山の霊魂が黒い塊を吐き出した。黒い塊はたちまち四肢を生やし、山童という魑魅の類に変じた。
獣の爪が、山童を引き裂いた。その犠牲で、剣根は獣の爪を避けることができた。
地に降り立った獣が、地を這うように唸った。
剣根にとって、その獣は煌々とした目を持つ巨大な獣として見えた。狐や狼の類ではない。もっと魁偉な肉体を持っているような圧迫感がある。
夜目の利く剣根だが、死の影のような獣の出現に、たまらず鏡から山火を吐き出させた。山火は狐火とも火点しとも呼ばれる。要するに、浮かぶ火の玉だ。
辺りが仄かな明かりに浮かび上がった。地肌に樹木の根が複雑に絡み合い、木立の幹と羊歯の歯を濡らす夜露が赤く染まっている。鋭い爪を剝きだしにした前脚を臨戦に構え、低く唸りつづける獣の姿も見えた。
「豹だと」
西の海の果ての大陸の森林に棲むという獣の名を剣根は知っていたが、山門で遭遇するとは思わず、その驚きが彼の声を上ずらせた。
任務の緊張が幻覚を見せているのかと疑ったが、山童が切り裂かれたのは事実だ。
「黒い毛並みがきれいだろ」
山火が照らす明かりと夜の闇の境で声がした。童子の声と思えたが、魑魅やも知れぬ、と剣根は腹の皮鞘から短剣を引き抜いた。祓除の呪飾が鋳込まれた銅の短剣だ。
しかし山火の灯りの中に踏み込んできた姿は、やはり童子だった。それも三人。魑魅であったほうがよほど得心のいった剣根は、よけいに混乱した。大の大人でも真夜中の外出は忌み嫌う。ましてここは山中だ。親はどんな躾をしているのか、と剣根は見当外れな憤りを覚えた。
剣根は深く息をついて状況を整理した。遭遇したのは、黒豹という珍しい獣と、真夜中の山中に出歩く珍しい童子三人だ。しかも彼らは魑魅や悪霊とは異なり、問答無用の害意に凝り固まっているわけではなさそうだ。
「汝らは何者だ」
まずそう訪ねてみた。すると一番背の高い童子は、童子とは思えない不敵な笑みを浮かべて、
「他人の庭へ来て名を問うのがそっちの族の礼か」
と言い放った。
ここは鳥見山の麓だ。ここを庭と呼ぶ限り、童子は磯城族の族人だろう、と剣根は見当づけた。
それにしても磯城族は得体がしれぬ、と剣根は嫌悪感を抱いた。葛城族はもちろん、山門の諸族にとって、饒速日以前から独立不羈を保つ磯城族は不気味な集団だった。
不気味を恐れる感情が蔑称を生み、磯城族を土蜘蛛と蔑む風潮もあった。実際、磯城の辺りには蜘蛛火と呼ばれる魑魅の類が出没するらしい。
ともあれ、年端のゆかぬ童子を真夜中の山中に遊ばせるとは磯城族はやはり不可解だ、と剣根は苦々しく思った。もちろん、山門が新たな結束を固めようとするときに一騒動を起こそうという己の任務の不可解さは棚に上げている。
いくらか思いを巡らせるうちに、剣根は冷静を取り戻した。しかし、また、別の困惑がある。姿を見られた以上、このまま帰すわけにはいかないが、黒豹はともかく、年端のいかない童子に手をかけるには、狭野姫を暗殺し山門に混乱をもたらす以上の覚悟が必要だ。
「ここでのことを、今宵の悪い夢として忘れるのであれば、吾はこのまま行き過ぎるが、どうか」
その提案に、剣根は多少の祈りを込めた。暗殺者の悪名は生涯背負うとしても、童子殺しの汚名は負いたくない。
「ありがたい申し出だけど、こっちはそちらを見逃すわけにはいかないんだ」
剣根の祈りは素気なく却下された。
まったく怯まない生意気な態度が、剣根のしゃくに障った。しかし、この期に及んで短剣の切っ先にまで満たさねばならない殺気が弱々しい。何とか童子を傷つけずにこの場を離れたい。考えてみれば、相手は磯城族の邑を出たこともないだろう童子。山火を消し、闇に紛れて身を溶かせば、彼らに剣根の正体を見破る術はない。磯城族の大人に話したとしても、魑魅に化かされたと笑われるだけだろう。いや、真夜中の山中を遊んだことがばれ、こっぴどく叱られるに違いない。
問い詰めたことが大人げなかった。剣根は、ここは退散することに決めた。豹は危険だが、動物の本能として逃げるものは追わないだろうし、追われたところで、緑水鏡と短剣があれば仕留める自信はある。ところが、
「大祀の始まりが近いこのときのこの場所に潜んでいるということは、不埒を企んでいるのは御身にちがいない。その御身が何者かといえば、大祀を乱すことで得をする者ということになるから、もしかすると葛城族あたりが怪しいかもね」
と、背の高い童子が推察を述べたから、剣根は驚いた。
「こいつら、何者だ」
剣根の心中の慌てる声に応えるなら、背の高い童子は豊城彦であり、
「どうやら、適ったみたい」
と、ほんわりと言ったのが豊鍬姫。その二人の奥、木立に隠れて顔だけ見せているのが活人だ。もちろん、黒豹は如虎だ。
剣根の殺気は、ここでようやく短剣の切っ先から迸った。これは童子ではなく、童子の姿に化けた磯城族の祖霊に違いない。剣根はそう結論づけた。
思えば神奈備入りを怠った。
どこに暮らす族であったとしても、始祖から続く氏上が崩って祖霊という神になり、子孫を守護するという思想がある。そのため、現役の氏上は御霊屋を整備管理し、一番優れた呪能を持つ巫を斎主として、欠かさず祭祀を捧げさせる。磯城族は、その斎主を特別に百襲姫と呼ぶ。代々その地位を襲名する氏上の血を引く姫ということだ。
他族に侵攻する場合、まずはその族を守護する祖霊を弱めなければならない。族はどこも大抵、祖霊が宿る聖地を持っている。山であったり、川であったり、大樹や岩である場合もある。他族の侵攻を目論む者は、神奈備とよばれるその聖地を、まず汚すのだ。そうすることで祖霊が弱まり、族を守る呪いも力を失う。
その神奈備入を省いた。その時間が与えられなかったからだ。授けられた緑水鏡と自身の呪能を連結させるのに手間取ったこともあるが、そもそも太忍から密命を授けられたのが二日前のことだった。
反省は反省すべきとして、今は悔いている時間がない。童子の姿に化けた磯城族の祖霊を祓い、生身らしい豹を退治する。剣根は行動を決めた。豹の皮は、持ち帰れば珍宝として高く評価されるだろう。
剣根の落ち着きを見定めた豊城彦は、豊鍬姫と活人に注意を促した。活人には、木立の陰から出てくるなと命じた。活人としては、もとよりそのつもりだ。
「いでよ、戯」
剣根が鋭く命じると、緑水鏡の鏡面が激しく波打ち、怪異な物体を吐き出した。それはさきほど如虎に切り裂かれた山童の一種ではあったが、もっと魁偉で、体躯は一回り大きく、見た目の凶暴さは一回りどころではなかった。剣根はこの怪士に戯という名を付けた。
如虎も魁偉さでは負けていない。平常は蝶が鼻先にとまるほど穏やかな彼だが、大事な仲間を危険から守るときの獰猛さは、戯の凶暴さにひけをとらない。全身の黒毛を逆立て、筋肉を凝縮させて飛躍しようとした。
剣根がさらに二体の山童を飛び出させた。その二つの黒影を瞬く間に爪で切り伏せた如虎だが、三つめの影が高く飛翔して襲いかかってきた。
剣根だ。銅剣に両手を添えて、如虎の面向を狙った。剣根も獰猛だ。山門には棲息していないはずの大型の獣に躊躇なく立ち向かう闘争心がある。
間一髪、如虎は、後ろへ跳んで切っ先を躱した。剣根は着地するや、新たな数体の山童を放出した。わずか二日の修練で、剣根は完全に緑水鏡を操っている。
剣根が如虎と対峙している間、戯は豊城彦らを襲った。猛然と襲いかかってくる魁偉な山童を前にしても、豊城彦は怯えない。
「腕が四つもあるよ」
活人が怖気をふるって悲鳴を上げた。
「案ずるな。こっちには六つある」
そういわれた活人は急いで計算した。そしてどう計算しても自分の腕が勘定されていることに愕然とした。
唸りを巻いた戯の凶悪な腕が豊城彦を襲う。豊城彦は冷静に彼我の距離を目測し、握り込んでいた石礫を鋭く擲ち、そして正確に戯の眉間を痛打した。目測を誤った戯は、木立の生皮を爪で剥ぎ取り、豊城彦の眼前を横切らせた。思った以上に戯の腕が伸び、危うく顔を切り裂かれかけた豊城彦は、活人のところまで転がってきた。
「鏡に写し取れるのは霊力だけのはずなのに、なんであんなことができるの」
あとで尋ねればよいことを、活人はからがら逃れてきた豊城彦に聞いた。
「本当に何も知らないんだな、活人は。霊力が強すぎると実態とかわらなくなるのさ」
律儀に弟に話して聞かせた豊城彦も、さすがに最後はまくし立てた。
「妹よ、頼む」
豊城彦は打合せ済みの攻撃連携を指示した。
「諾」
と応えた豊鍬姫は、すでに準備を整えている。両手に掴んだ枯れ葉や土を、戯の頭上高くに放り投げた。
「霊響、霊響、焼き尽くせ」
言霊を受けた枯れ葉や土塊は、一斉に炎を発した。
火霊のような威力はないが、降り注ぐ炎に戯は明らかに狼狽えた。その隙を、豊城彦は猛然と突いた。勝軍木の剣で、しこたまに突いたのだ。
しかし、戯の四本の腕の一つが、勝軍木の剣身を握り止めた。異臭の煙が立ち昇る。強力な霊力により実態に近い肉体を持つとはいえ、霊体には違いない戯にとっては灼かれるような痛みがあるはずだ。その痛みを感じないほどに、戯は怒り狂っている。
戯が腕を一振りすると、あっという間に豊城彦は投げ飛ばされた。木立の枝を何本も折りながら宙を飛んだ豊城彦は、山肌に叩きつけられた。大伯父の大彦に受け身を叩きこまれていなければ、命を失っていただろう。しかし死は免れたとしても、戦闘不能は避けられなかった。
勝軍木の剣を投げ棄てた戯が豊城彦に襲い掛かる。
そのとき、鋭く飛来した影が戯の横面を打った。それは再び急上昇して宙に弧を描き、再び急降下した。影は幾度も急上昇と急降下を繰り返し、その都度、戯は傷を増やした。
熊鷹だ。熊鷹が狂ったような執着で戯を襲撃し続けている。見れば、折れて落下した枝に半ばを潰されるようにして鳥の巣が落ちており、一羽の雛が首を出して鳴いている。豊城彦たちの地上の戦いに巻き込まれた熊鷹の家族がいたのだ。
戯はたまらずいったん後退したが、熊鷹の動きを見定めると、飛びかかって四本の凶悪は腕を同時に振るった。ひとつを避けきれず、熊鷹は爪で腹を裂かれ、木立ちの根本に叩きつけられ、動かなくなった。それたけだは腹の虫が収まりなかったのか、戯は親を亡くして悲痛の声を上げている雛を踏み潰そうとした。
「だめ!」
豊鍬姫が渾身の力で体当りしたが、戯の体に弾き飛ばされた。しかし、注意を逸らすことには成功した。
戯の爛れたような赤い目が豊鍬姫を睨み据えた。邪悪な輝きの爪が振り上げられる。
「豊鍬!」
豊城彦は妹を救おうとしたが、必死に動かす四肢は土を掻いただけだった。
悲鳴を上げたのは、しかし、戯れのほうだった。胸元から、勝軍木の剣の切っ先が突き出した。
活人だ。勝軍木の剣を拾い上げた彼が、姉を襲う戯の背を突き刺した。邪悪を祓う勝軍木の剣は、獣の脂に刺すように、滑らかに戯の体を貫いた。
苦痛に顔を歪める戯の姿が朧になり、瘴気のように変じ、剣根の緑水鏡に逃げ込んだ。祓除することはできなかったが、撃退はできたということだ。
戯が鏡に逃げ帰ってきたことを知った剣根は驚愕した。鍛え抜かれた衛士が数人がかりでも、戯を撃退することなどできないはずだ。
今夜の失敗を、剣根は認めざるを得なかった。戯を責めることはできない。剣根自身も、黒豹を仕留められてはいないのだ。
緑水鏡には、戯を上回る霊体を封じてはいる。しかし、それを放出しては、この場をしのげたとしても、秘密裏に天孫族の氏上を害するという本来の目的が達せられなくなる。
剣根は如虎を短剣で牽制し、周囲の様子を冷静に見定めてから山火を消し、闇に包み込まれるように退散した。
樹間は静寂に戻った。
再び火が点った。ほっほという掛け声がする。豊鍬姫が枯れ枝を使って、言霊の松明にしたのだ。彼女は胸に三羽の熊鷹の雛を抱いている。親鳥を亡くした雛は哀しげな声で鳴いている。豊鍬姫も泣き出しそうな顔をしている。如虎が寄り添い、一羽と一人を慰めていた。
体が起こせるようになった豊城彦は、活人の側によった。活人は、まだ戯を突き刺した格好のままだ。
「よくやってくれた」
豊城彦が異母弟の頭に手を置くと、脱力した活人は勝軍木の剣を放りだしてへたり込んだ。
「僕、僕じゃないんだ。だれかが僕を後ろから押したんだ」
自分の行動が信じられない活人は、異母兄を見上げた。豊城彦はとても優しい目をして、しゃがみ、活人と目線を揃えた。
「そのだれかの名を教えてやろう。勇気というんだ」
「勇気…」
目をぱちくりさせる活人を見て、豊城彦は朗らかに笑った。そのままひっくり返って寝そべった。やはりまだ体のあちこちが痛むが、心地よさもある。
樹冠の隙間から、明け方の星が見えた。