山門編-初国知らす王の章(36)-出雲の荒王(7)
<これまでのあらすじ>
豊秋津島の青垣山籠もれる山門の国は、俳優の少年御統と黒衣の少女豊、そして多くの人の活躍と犠牲で剋軸香果実の厄災を乗り越えた。
天孫の磐余彦狭野姫は、磯城族の県主である入彦と共に手研の乱を鎮めるが、あえて簒奪者を演じた手研の無尽の愛情を知り、深い悔恨に陥る。狭野姫は山門を去り、出雲へ向かう。豊城彦、豊鍬姫、黒豹の如虎、熊鷹の翔、そして葛城族の剣根が旅の仲間に加わる。狭野姫は名を日照と改め、剣根には雄心の名を授ける。
日照たちは吉備の統治を巡る争いに巻き込まれる。先の吉備主の遺児である阿曽姫を擁する山門人の武彦は、吉備の支配を目論む温羅を急襲する。日照の妖艶にして荘厳な神楽舞により、温羅の呪いに誑かされていた吉備人は正気を取り戻し、武彦と阿曽姫は吉備の正統を取り戻す。
吉備を出立した日照一行は、須賀族の五十鈴依媛から、次兄の稲飯が出雲主の座を簒奪し、荒王と怖れられていることを知る。次兄の真意を知るため出雲の首邑である日隅邑に向かった日照は、肥川の渡守である秀火と若彦を心服させる。
日照は若彦から次兄の行跡を聞き、ある因縁が二人を結びつけていることを知る。
≪是非ご一読ください。ご感想、ご評価をいただけましたら幸いです。≫
<人物紹介>
豊城彦
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。自由奔放。
豊鍬姫
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。呪能に秀でる。
入彦
磯城族の氏上。厄災を乗り越え、一角の人物に成長する。磯城の県主。
美茉姫
入彦の妻。明るい美しさの女性。淑やかであり、闊達でもある。
活人
入彦と美茉姫の子。引っ込み思案で臆病者だが、やるときはやる。いつも兄と姉に翻弄される。
大彦
入彦の伯父で舅。怪力無双。豪放な性格だが、娘の美茉姫には頭が上がらない。
石飛
磯城族の青年。入彦の舎人。
百襲姫
磯城族の斎宮。入彦の大伯母。呪能は無尽蔵。
翠雨
入彦の愛馬。御統の友人。濡れたような深い青色の毛並み。
如虎
黒豹。豊の友人。厄災後は、磯城の三輪山の森の中で静かに暮らしている。
翔
豊鍬姫になついている熊鷹の子。
日照
旧名は狭野姫。かつて天孫族の氏上であり、磐余彦を号して山門主であった。超絶美女だが、乱暴でわがまま。入彦を慕っている。
手研
故人。狭野姫の年上の甥。狭野姫が唯一甘えられた人物。入彦に狭野姫を託して逝く。
珍彦
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
道臣
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
吾曽利
天孫族の有力者。狭野姫に不満を抱いている。山門近傍に潜伏し、捲土重来を期す。
太忍
葛城族の氏上。山門の権力掌握をもくろむ。
雄心
旧名は剣根。太忍の庶子。過去の所業を悔やみ、日照の従者となる。
五瀬
故人。狭野姫の長兄であり、手研の父。高千穂族とともに東の真秀場を目指し、天孫族を号する。初代の天津彦。
五十鈴媛
五瀬の後妻。出雲族の出身で、製鉄技術者集団と縁が深い。手研にとっては、同年代の継母。
香魚
両性具有の人。神々も魅了する美しい瞳を持っている。
荒王
出雲を実効支配する。元の名は稲飯。日照の実兄。
五十鈴依媛
須賀族の氏上。出雲の荒王となった稲飯を秘かに想う。
秀火
元須賀族。妖言により荒王の配下となっていたが、日照に解放される。
若彦
元須賀族。妖言から解放されていたが、稲作で荒王を支える。
向かい風が、不穏な匂いを運んでくる。夏の日差しと原野の青さに変化はないが、風は、あきらかに容貌を険しくしている。
日照一行は、草原を貫く道を歩いている。
道は、人の支配を現している。禽獣や精霊、魑魅に道は不要である。
径は自然に踏み作られるが、道は敷設の意思による人工物である。その幅が太いほど、その距離が長いほど、その土木作業を命じた支配者の権力の大きさを示唆している。
日照が歩く道が行き着く先にいる出雲主の支配力は、山門よりも吉備よりも強大であろう。土木技術の高さは、同時に文化の高さでもあり、出雲族は大真から多くを学んでいる。
道には関所が設けられている。山門や吉備では、呪いによる結界が外来者を阻むが、文化への信頼を霊祇への信仰とかわらぬ高みに至らしめた人々は、自らの力で外敵を排除する思考を取得した。
霊力は天神地祇や精霊でなければ保有せず、その霊力を呪言や祭祀によって借り受けるには秀抜の呪能が必要であり、その素質は万人に一人の割合で求めねばならないものであった。その点、文化は、もちろんそれを創始し、嚆矢となる者には類稀な才能が必要だが、それを伝播し、より便利で、より簡易で、より質の良い形に変えてゆくのは人の努力で成しうる。人の弛まぬ努力というものが、御稜威なる霊祇の霊力に迫り得るという相対性は、やがて文化が祭祀を凌駕する未来的現象において、必然であったといえる。
とは言え、道という文字には首があるように、敷設された道は、服わぬ者や罪人の首を埋めたり、晒すことによって死者に呼見させ、そこに触れようとする魑魅の類を祓おうとする呪術的思考が残っている。道が路となるには、今しばらくの文化的発展が必要であった。ちなみに呼見とは、人の目から隠れた潜んだ存在を浮かび上がらせ、祓除するための作業である。
それはさておき、風の匂いを吸い込んだ日照は不穏を感受したものの、悪臭は感じなかった。彼女の予感としては、荒王となった稲飯は人々に怖れられてはいるものの、決して悪虐を働いてはいない。それゆえ、出雲へと続く道を歩く日照の足どりに怯えはない。しかしながら、関所に駐屯する関守の矛に対しては、慎重に対応しなければならない。
関所から現れた数人の守人が矛をかざして現れた。ただ、日照一行の先頭には秀火がおり、彼が肥川の渡守であることを知る顔なじみの守人がいたため、剣呑な雰囲気は漂っていない。
秀火は関所の長に、若彦から預かった割符を見せた。
関所の長は、格別の美女と気象の荒げな男、男童と女童、そして黒毛の四足獣とその背で澄ましている熊鷹の幼鳥という奇妙な構成の一行に奇異の目を向けたが、割符は本物であるし、顔を知る秀火が一緒なので、詮索はせずに関所の通行を許した。
そのようにして、それからもいくつかあった関所を、一行は無難に通過した。
「汝も役に立つではないか」
雄心が秀火をからかった。
「汝は役に立つのか」
秀火が無愛想に返すと、雄心は剣把を叩いて、
「吾はこれからよ」
と、胸を反らした。
その日の午後、日隅邑まであと一日というところで、夏空は機嫌を損ねたように黒い雲を呼び寄せ、豪雨を降らせた。風景は、あっという間に雨に閉ざされ、草原は暗さに沈んだ。雷鳴が轟いた。
「この折節には、この辺りではよく夕になると雲の峰が立つものだ」
夏の夕に雲が立ち、雨を降らせることを夕立というが、楽観を口にした秀火が誘導した高台の栗林では何とか雨粒を凌げたものの、辺りは見る間に水没した。
「この辺りは涸れ川の川床なのではないですか」
日照は強い不吉を感じている。
「そのようなことはないはずですが…」
秀火のあいまいな返答では、日照の胸騒ぎは収まらない。
雷鳴が轟いた。だが、雷光は走っていなかった。何者かの咆哮であったかもしれない。
「何かが来るわ」
豊鍬姫が怯えた。豊城彦が妹に寄り添った。
「稲妻にたまげた猪の親玉が大騒ぎしているだけさ」
豊城彦の気休めも、豊鍬姫の怯えを取り去ることはできなかった。
「おい、どうやら、猪の親玉どころで済みそうにないぞ」
声を慄かせた雄心が剣を抜いた。
高台の周囲は、すでに激流となっている。
雷光が豪雨を切り裂いて、暗さに沈んだ天地を、不気味な青白さに照らし出した。そこに、巨大な影が浮かんだ。そして大地を打ち据える轟音。
「大蛇だ」
秀火が叫んだ。彼も剣を抜いている。秀火は火を操る術に優れているが、この豪雨では、彼の術は使えない。
いつの間にか、豪雨が強風を呼んでいる。その風を唸らせて、数条の、長く太く強靭なものが高台を打擲した。栗林はたちまち砕裂し、枝も幹も千切れ飛んだ。むろん、栗林と共に砕けるような日照たちではない。
日照と雄心、秀火は跳躍し、豊城彦と豊鍬姫は、如虎が前足で抱きかかえて逃げた。翔はすばやく豊鍬姫の懐に避難している。
襲いかかってきたのは、大蛇の八条の鎌首である。着地した雄心は懐の鏡を取り出し、
「出てこい、戯」
と、怒鳴りつけるように命じた。たちまち現れた四つ腕の猩々は、すでに疾駆している主を猛然と追った。
秀火も遅れを取らず走っている。二人と一獣はそれぞれに大蛇の首をつたって走り、小山のように極大の胴体部に斬り込んだ。
雄心と秀火の剣は、折れ飛んだ。四つの拳で殴りつけた戯も、大蛇の皮膚のあまりの硬さに顔をしかめ、涙目で腕を振った。
非力な人間を恫喝するような大蛇の咆哮が、二人と一獣を弾き飛ばした。
秀火と戯は砕裂された栗の木の幹に当たって、激流への水没を免れた。雄心を受け止めたのは、日照の柔らかな身体である。彼女の豊かなところを間近に見た雄心は思わず大蛇に感謝しかけたが、慌てて邪念を振り払った。そんな雄心の心情の不埒さには気づかず、日照は雄心を気遣った。
日照はすでに真金鏡から白烏の日霊を現出させている。日霊の羽ばたきから放たれる羽根は岩石をも貫くが、豪雨と強風のなかでは威力を発揮できず、大蛇を僅かにためらわせただけだった。そのため、日霊は、豊城彦と豊鍬姫、そして如虎と翔を背に載せて、空中で待機した。
「日女様、どうか天羽々切をお貸しください」
大蛇の硬い皮膚は、五十鈴依媛が精魂込めて打ち上げた鉄剣でなければ貫けない。日照は躊躇なく、天羽々切を雄心に授けた。
鞘から抜かれた天羽々切は、剣身を仄かに輝かさているようで、雨も風も、その刃に触れれば切り裂かれた。
「おい、見せ場だな」
秀火が彼なりの激励で、雄心を煽り、猛らせた。木の幹に叩きつけられた秀火は、まだ立ち上がることができていない。
おおよ、と秀火に応えた雄心は、八岐の大蛇の首の前に、ひとり、立った。
「さぁ、いまひとたび、遣り合おうではないか」
雄心が大蛇を挑発した。
非力な人間の挑戦を嘲笑うかのように、大蛇は鬼灯のような赤い目の妖光を揺らした。と、思う間もなく、一岐の鎌首が雄心に襲いかかった。漆黒の闇への入り口のような大口を開けて、一飲みに、雄心を呑んでやろうというのだ。
怪力の戯が鎌首の上顎を受け止め、大口に自ら飛び込んだ雄心が喉奥を猛然と突いた。
怒り狂った喚叫がいくつもの雷鳴と雷光を呼び、あたりは天地が沸き立ったように鳴動と光芒の明滅を繰り返した。
大蛇は喉を貫かれた鎌首を怒り狂って振り回し、雄彦と戯を弾き飛ばした。彼らは激流の中に呑み込まれた。
「汝、鱗持つもの、水に棲むもの、激流遡るもの」
横倒しになっていた栗の幹は、日照の言霊を吹き込まれるや、跳ね上がって激流に飛び込んだ。すばやく日照はその木魚の背に乗る。
日照は激流の中に雄心を見つけ、彼が木魚によじのぼるのを助けた。戯はすでに光粒となって主人の鏡に帰っている。
やがて嘘のように雨と風が止み、空が晴れた。激流はゆるやかな水の流れとなって、地中に吸い込まれた。
木魚の言霊を解いた日照は、雄心と共に高台へ向かって走った。もっとも、すでに大蛇の脅威が去ったことは、青さを広げた空を見上げればわかる。
高台で、二つの影が手を振っている。豊城彦と豊鍬姫だ。二人は如虎の背に乗って、高台を駆け下りてきた。
無事を喜ぶ男童と女童の頭を撫でて、雄心は高台に登った。秀火が一本残った栗の木に昇って、遠くを見晴かしている。
「大蛇は逃げたようだ」
秀火が木から降りてきた。
「あの剣を呑み込んだまま、な」
秀火は雄心を気遣うように、そう付け加えた。あの剣とは、天羽々切である。大蛇の鎌首を貫いたところまでは良かったが、その後、弾き飛ばされたときに、天羽々切の柄から手を放してしまった。
日照が登ってきた。雄心は彼女の前で膝と手を土につけた。
「もうしわけございません。天羽々剣を大蛇めに奪われてしまいました」
雄心は慚愧に堪えかねた顔を地面に打ち付けた。
天羽々切は、ただ五十鈴依媛が打ち上げた名剣というだけではない。須賀族から出雲主への献上品である。天羽々切があってこそ、日照は出雲主へ謁見できるのである。
出雲主は日照の兄であるが、荒王と怖れられるまでになった稲飯が、肉親の情に絆されるのを期待するのは、はなはだ心許ない。
「御身は、運命という言葉を知っていますか。大真の言葉です。わたくし達のいう御量という言葉に近いでしょうか」
日照の声は朗らかである。無論、雄心を責める気持ちなどは微塵もない。
「…、運命、でございますか」
初めて聞く言葉である。だが、御量に近いと言われると、ある程度の意味は掴める。
いうまでもなく、運命とは、超自然的な存在によって、人間の意思を超越して、人や集団などの将来の成り行きが定められたものである。
大真では、人知を遥かに凌駕した至上至高の存在として、天、が想像されている。その天が、天下に生きる全ての人間の運命を定めていると考えるのである。それは一方では人の努力を否定するものであるが、もう一方で、人の挑戦に無垢な激励を与えたり、悲嘆から立ち上がる希望を与えたりするものでもある。
御量は高天原に在す天神の思し召しを言う。神命と言えば、天神から与えられた使命ということになる。
いずれにしろ、日照の朗らかさに救われた思いの雄心は、日照を見上げて、彼女の次の言葉を待った。
「もしも、天羽々切が我らの手にもどる運命であれば、何者に奪われようとも、必ず戻ってきます。また、わたくしが兄のもとを訪れるのも運命です。天羽々切がなくとも、何者がわたくしと兄の定めを妨げられましょう」
美しい声で奏でられたその言葉は、雄心への慰めというより、言挙げであった。言挙げた言霊に込められた呪力が強ければ強いほど、その言葉は実現に向かう力を得る。
日照のその肌は氷雪のように白く澄んでいるのに、彼女の言葉には陽だまりのような温かみがある。その温かさに触れた者は、どれほどの絶望に陥っていても、勇ましく顔を上げ、目指すべき光を見出すすことだろう。
「すごい突きだったよな。あのでかぶつがたまらず逃げた。兄ちゃん、早く僕にも教えてくれよ」
雄心にせがんだ豊城彦は、待ちきれずに地団駄した。
「汝にはまだ早いが、いいだろう、教えてやるよ」
生気を取り戻した雄心は、伸びやかに立ち上がって、豊城彦の頭を荒々しく撫でた。
「では、参りましょう」
空からは雨雲はきれいに掃き出され、燦々とした夏の陽射しが降り注いでいる。雨粒に濡れた草原がいっせいに煌めき、いっそう輝く一条の道が日照の瞳に映った。その道のたどり行く先に、日隅邑がある。
徐ろに、日照は歩き始めた。
「呪い」という言葉は、それを「のろい」と読むか、「まじない」と読むかでまったく意味が異なります。
「まじない」と読めば、それは、神仏やそのほかの霊妙な存在にお願いして、自分や家族、社会に災いや病気、不運などが近寄らないようにしたり、祓ったり、また逆にそれらの凶いことが誰かに起こるようにしむけたりすることを指します。お、をつけて「おまじない」とすれば、どこか優しげな感じを受けたりします。
「のろい」と読めば、かなりおっかない感じになります。こちらは恨んでいる相手に災いが降りかかるように仕向けることです。お、をつけてもあまり優しげにはなりません。
「まじない」の語源は、呪術を意味する「まじ」の動詞形の「まじなう」にあるそうです。一方、「のろい」の語源は、言う、宣言するという意味の「のる」に由来するそうです。同じ「呪」という漢字を使っていても、語源は異なるようです。ちなみに、「のろい」には、「詛い」という漢字を当てることもできるようです。
ざっくりとまとめてしまえば、「のろい」は「まじない」の一形態と言えそうです。もともと「呪」という字は「祝」という字と同じような意味を持っていましたが、「詛」という字と合わさって、「呪詛」となってから「のろい」の意味が強まったとする説もあるようです。
さて、弥生時代や古墳時代前期に暮らした人々は、おそらく個人よりも家族や社会を大切にし、家族や社会を護るために、純朴におまじないをしたのだと思います。それが、「のろい」に変じるのは、個人の欲望が濃厚になりはじめた奈良時代以降なのではないでしょうか?
「人を呪わば穴二つ」
という有名なことわざがありますが、人を「のろう」力が自分にも返ってくるのであれば、家族や社会を「まじなう」力もきっと自分に戻ってくるのでしょう。つまり、家族や社会を大切にすることによって、自分自身も大切にされるのだと思います。
これは一つの真理のように思います。歴史の中にある時代だけでなく、今現在にも合致するのではないでしょうか。
どうか人々が、だれかを「のろう」ことなく、社会を「まじなう」ことでより良い世界になれば良いのにと思います。そんなことを考えつつ、お話を書いています。




