表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/38

山門編-初国知らす王の章(22)-吉備梟帥(1)

<これまでのあらすじ>


 俳優わざをきの少年と黒衣の少女、そして多くの人の活躍と犠牲で厄災まがごとを乗り越えた山門は、再び試練の時を迎えようとしている。


 橿原かしはらに宮を築いた天孫あめみま磐余彦狭野姫いわれひこさのひめは、建御子たけるみことして人々に称えられる自分と、磯城族の入彦に恋心を抱く一人の女性としての自分との狭間に悩み、そのことが天孫族に軋轢を生む。彼女を支え続けてきた手研たぎしの諫言さえもしりぞけるようになり、その間隙を突いて、葛城族の太忍ふとには山門主の地位を狙う。


 狭野姫は突如として纏向まきむくへの遷都を宣言する。山門の諸族は紛糾し、誓約うけひ馳射はやあてで神託を問うた結果は凶であった。天神地祇や祖霊から裏切られた思いの狭野姫は、橿原宮を去り、入彦と共に新しい天地の想像を企図し、纏向に向かう。その道の途中で待っていた手研は、狭野姫に決別の言葉を贈った。


 手研は初代天津彦五瀬の正妻であった五十鈴媛を手中とし、権威の象徴を得て狭野姫不在の天孫族を実効支配する。それを手研の政変クーデターを見なした葛城族の太忍は山門から離脱し、南方の諸族の取込み工作を開始する。


 天孫族の決起が近いことを五十鈴姫の歌から知らされた狭野姫と入彦は、片丘の手研邸へ向かう。片丘の麓で二人を待っていたのは土の兵士たちであり、操っていたのは、かつて狭野姫が救った少女、香魚あゆだった。狭野姫に捨てられ、裏切られたと思い込んだ香魚は、片丘に向かう狭野姫と入彦を襲うも失敗する。狭野姫は建御子としての力を失ってはおらず、変わり果てたのは自身であることを思い知った香魚を、入彦が慰める。


 太忍の庶子である剣根もまた、父の企望の邪魔となる狭野姫と入彦を亡き者とすべく、片丘の林に潜んでいた。狭野姫と入彦を秘かにつけていた磯城族の三人の童子と一匹の獣は、剣根の凶手を遮り、

童子とは思えぬしたたかさと呪能で撃退する。


 片丘の邸では、手研がただ一人で待っていた。手研は天孫族と山門の運命を選ぶ決断を迫るが、狭野姫は決断できない。手研は狭野姫に覚悟を求め、入彦と戦う。天孫の圧倒的な力で入彦をねじ伏せた手研。彼の剣が狭野姫に迫ったとき、入彦の放った矢が手研を貫く。


 狭野姫と彼女との思いを抱きしめたまま、手研は逝く。狭野姫は本当に愛すべき人が誰であったかを知る。



  ≪是非ご一読ください。ご感想、ご評価をいただけましたら幸いです。≫



<人物紹介>


 豊城彦とよきひこ

 俳優わざをきの少年・御統みすまると黒衣の少女・とよの生まれ変わり。入彦を父として育つ。自由奔放。


 豊鍬姫とよすきひめ

 俳優わざをきの少年・御統みすまると黒衣の少女・とよの生まれ変わり。入彦を父として育つ。呪能に秀でる。


 入彦いりひこ

 磯城族の氏上このかみ厄災やくさいを乗り越え、一角の人物に成長する。磯城の県主あがたぬし


 美茉姫みまつひめ

 入彦の妻。明るい美しさの女性。しとやかであり、闊達でもある。


 活人いくめ

 入彦と美茉姫の子。引っ込み思案で臆病者だが、やるときはやる。いつも兄と姉に翻弄される。


 大彦おおひこ

 入彦の伯父で舅。怪力無双。豪放な性格だが、娘の美茉姫には頭が上がらない。


 石飛いわたか

 磯城族の青年。入彦の舎人とねり


 百襲姫ももそひめ

 磯城族の斎宮。入彦の大伯母。呪能は無尽蔵。


 翠雨あおさめ

 入彦の愛馬。御統の友人。濡れたような深い青色の毛並み。


 如虎にょこ

 黒豹。豊の友人。厄災後は、磯城の三輪山の森の中で静かに暮らしている。


 狭野姫さのひめ

 天孫族の氏上。兄から天津彦あまつひこを継ぐ。今は磐余彦いわれひこを号している。超絶美女だが、乱暴でわがまま。入彦を慕っている。


 手研たぎし

 狭野姫の年上の甥。常に狭野姫を支えている。狭野姫が唯一甘える人物。入彦に狭野姫を託して逝く。


 珍彦うずひこ

 狭野姫の忠臣。手研の盟友。


 道臣みちのおみ

 狭野姫の忠臣。手研の盟友。


 吾曽利あそり

 天孫族の有力者。狭野姫に不満を抱いている。


 太忍ふとに

 葛城族の氏上。山門の権力掌握をもくろむ。


 剣根つるぎね

 太忍の庶子。自分と母を棄てたも同然の父を見返そうとしている。


 五瀬いつせ

 狭野姫の長兄であり、手研の父。高千穂族とともに東の真秀場まほろばを目指し、天孫族を号する。初代の天津彦あまつひこ


 五十鈴媛いすずひめ

 五瀬の後妻。出雲族の出身で、製鉄技術者集団と縁が深い。手研にとっては、同年代の継母。


 香魚あゆ

 両性具有の人。神々も魅了する美しい瞳を持っている。


<用語>


 高天原たかまがはら:天上世界


 豊秋津島とよあきつしま:物語の舞台


 葦原中国あしはらのなかつこく:豊秋津島の別名


 山門やまと:豊秋津島のほぼ中央に位置する地方


 青垣山あおがきやま:山門の周囲を囲む山並み


 筑紫洲つくしのしま:豊秋津島の西部にある大きな島で、白日しらひ豊日とよひ建日たけひ日向ひむかの四地方を持つ


 しん:西の海の果ての大陸にある巨大帝国


 氏上このかみ:一族の族長


 天神地祇あまつかみくにつかみ八百万やおよろずの神々


 祖霊おやたま:祖先の霊魂 氏上は死ぬと神上かむあがって祖霊となる


 精霊すみつたま:森羅万象に宿る魂 


 魑魅すだま:山林の異気から生まれた邪霊


 厄災まがこと:山門を呪いによって支配していた饒速日にぎはやひの体制を瓦解させた大災


 剋軸香果実ときじくのかぐのこのみ:高天原の神々が下界に投げ捨てた邪心が凝固したもの いつか高天原に帰ることを望み、時を戻す霊力を蓄えるため大地に寄生して石の花を咲かせる

 新年はすでに迎えた。


 山門の山野は冬の厳しさに耐え、新しい生命を芽吹こうとしている。風には春の香がある。


 風景は彩を増していくにちがいないのに、橿原宮は色褪せていく。山門の重心はここになく、人も去った。残ったのは、高楼や高殿と、ひとときの栄光の記憶だけだ。建物はいずれ朽ち、記憶はいずれ忘れられる。


 正殿みあらかの庭の白砂には雑草が混じっている。それを踏んで立つ二つの人影は、春の朝日に照らされた正殿の千木を見上げていた。


 道臣みちのおみ珍彦うずひこだ。


 手研の死後、天孫族はいくつかの集団に分かれた。吾曽利を中心とした集団は姿を消し、故郷を懐古する集団は日向へ向かった。山門で子を産み、家庭を作った天孫族の多くは、狭野姫を頼って纏向邑に移住した。纏向邑は元々山門の新しい首邑とすべく建設された邑だから、多くの天孫族を受け入れてまだ余裕があった。その点、邑の建設を委ねられた珍彦は職責を十分に果たしていた。


 しかしながら、建設されたばかりの邑である纏向邑は、真新しい木材の薫りを漂わせながらも初々しさとはほど遠く、老いたような気重たげな雰囲気にあった。狭野姫が宮処みやこの奥に籠もったきりだからだ。邑は、まるで日蝕の薄暗さにあった。


 それはそうとして、橿原宮に立つ人影は、正殿の前の道臣と珍彦しかなかった。


「おい、知っているか。吾曽利たちはまだ山門の近くに潜んでいるらしい」


 道臣の声色には侮蔑がある。手研を悲劇に追い込んだ一因に、吾曽利がいると彼は考えていた。


「人の望みというものは煩わしいものだ。ひとたび囚われてしまえば、抜け出すことは難しい」


 珍彦は道臣に同調した。


 吾曽利を中心とした一団は、山門を牛耳る立場に立ちたかった。彼らの故郷である日向のある筑紫が、伊都族や奴族に牛耳られていたように。吾曽利らが決死の覚悟で海をわたり、苦労して山門という真秀場まほろばにたどり着いたのは、なにも土着の族と仲良くなるためではない。ところが山門主たる地位に昇った狭野姫は山門諸族と協調し、天孫族を特別扱いしなかった。それどころか、鉄も稲作も知らないような野蛮然とした磯城族の氏上このかみ県主あがたぬしの名誉をさずけ、初代天津彦の初めの妻の兄たる吾曽利には何らの特権を与えてくれなかった。


 吾曽利の経歴を慮れば、彼が本来の天津彦の継承者たる手研を唆そうとした動機にも同情がなくはないが、天孫族出身ではない道臣と珍彦の評価は少々辛い。


 願望に拘泥する愚かさを話題にすれば、いずれ狭野姫の落度に至ることになると気づいた珍彦は面様をあらためて、


「これも知っているか。手研は日女様を抱きしめて逝ったらしい」


 珍彦の声には、どこか羨望の響きがある。


「妬ましそうだな」


 道臣がからかうと、珍彦は鼻を鳴らした。古くから狭野姫に仕えてきた者のなかで、誰がそれを夢想しなかったというのか。


「手研は満ち足りているのだろうか」


「…分からぬが、あいつはおそらく、日女様が天津彦を名乗ったときから、このことを悟っていたのではないかと思う」


「手研は、後の世になんと語り継がれるのだろうか」


 どう語り継がれるのか、それを二人は想像できる。歳月はいずれ真実を風化させ、事実だけを残す。よけいな脚色が施されることもある。反逆者として名が残るのは、手研の真情を知る者としてあまりに口惜しい。


「吾らだけでも、まことの有様を末々へ伝えていこうではないか」


 二人はそう約束した。


 山門の一隅にわだかまっている重い空気はやがて攪拌し、大気は澄明さを増すだろう。いや、そうさせねばならない。その決意を共有した道臣と珍彦は、そのまましばらく昔語りをし、盟友を悼んだ。


 さて、天孫族は孤高の高みから降り、山門の諸族と共に大地で生きていかねばならない。鉄の鍛え方を教え、稲作技術を広めて、山門の中に溶け込んでいくのだ。


 かつて山門の首座を占めていたのは斑鳩いかるが族であり、その氏上このかみ饒速日にぎはやひだった。彼は山門主を号したが、やがて滅び、斑鳩族は没落した。


 続いて山門の首座に座ったのは天孫族であり、その氏上である狭野姫は磐余彦を称し、その類稀な艶美で人々も神々も魅了したが、彼女は突如として山門主たる地位を捨てた。その後に天孫族の指導者となった手研は暴挙を働こうとして討たれた。遥か筑紫から流れてきた天孫族は、山門の天地で、再び流浪する族となった。


 山門の人々が次なる山門主たる人傑と見越したのが磯城族の入彦だ。彼は暴挙を企てた手研を討った英雄に祭り上げられていた。真実は事実とは異なっていたが、入彦はあえてそれを明示しなかった。それが手研の遺志であると考えた。


 しかし、入彦は山門主を号するには、まだ勢威も名声も不足していると自制した。何しろ磯城族は、斑鳩族や天孫族に匹敵するほどの規模を持たない。族の大きさでいえば、葛城族のほうがよほど大きい。迂闊に山門主を名乗れば、僭称慢心のそしりを受けかねない。


 山門の諸族の心を一つにし、天神地祇に祀りを捧げられる人は、やはり狭野姫を措いて他にいない。彼女が再び日光の降りあふれるうてなに立ち、人々も、祖霊おやたまも、精霊すみつたまも、神々も魅了する清麗な神楽を舞えば、いかなる者も心を蕩かさずにおれない。彼女の清らかな美しさの前では、野心を露わにしている葛城族の太忍ふとにさえも、自らの行いに恥じ入ることだろう。


 しかしながら、狭野姫はあの日から纏向邑の宮処の奥に籠もったきりだ。彼女を慕い、纏向に身を寄せた天孫族の人々はこの状況を磐隠れと呼んで将来を不安がった。その呼び名は諸族に伝播し、山門の天地をくらくしている。


 入彦は足繁く纏向邑ニ通っている。もちろん、狭野姫に会うためだ。彼女の傷心の深さを誰よりも知る入彦としては、狭野姫を静黙の中に浸しておいてやりたいという気持ちが強い。彼女の心に到来した真冬がいつか春の芽吹きに移ろうまで待っていてやりたい。しかし、今や入彦は山門の諸族を代表する公人なのだ。ただ磯城族の行く末だけを案じればよいのではなく、山門の歩みを考慮せねばならぬ立場にある。山門の問題は、ただ天孫族の分裂や葛城族の動向だけにあるのではない。


 山門は四方を山門人が青垣山と呼ぶ大地の隆起に守られているが、東には尾張族がおり、北には高志こし族がおり、西には吉備族、そのさらに西には出雲族がいる。


 かつて厄災まがごとの際、入彦の叔父の安彦が引き起こした内乱に出雲族が関与していたことが明らかにしているように、外界の強族は虎視眈々と山門の天地を狙っている。そのうえ、山門の山野から禽獣が数を減らし、採取や漁撈での食糧の確保も心許なく、各地の邑で飢餓が慢性的に発生しているというかねてからの課題も解決の目処を得ていない。


 ここはどうしても狭野姫に日の下へ出てもらい、結束がほどけてしまった山門諸族をひとつに結び直してもらわねばならない。


 だが、狭野姫が墜ちた深淵はあまりに深く、入彦でさえも容易に彼女の腕を掴んで引き上げることはできなかった。そもそも狭野姫自身が助けを求める手を伸ばそうとしていない。


 憂鬱と心痛とを左右の手に繋ぎながら、入彦は纏向邑の濠に架かった土橋を渡り、門をくぐった。


 纏向邑は、かつての山門大宮に匹敵する大きさを備えている。短期間で整備した珍彦うずひこの手腕は称賛されていい。


 邑内がいくつかの郭に区画されているのは他の邑と同じで、堅固な土塁とその上に建つ木柵、櫓に護られた区画が宮処であり、その中には正殿や高殿が並ぶ。祭事や公務を行う建物を除いたところが宮居であり、狭野姫の私的生活空間である。


 宮居の門前で入彦が案内を請うと、しばらくして珍彦が緊張と動揺を隠しきれないという様子で現れた。


「珍彦殿。本日は磐余彦様へのお目通り、叶いましょうや」


 入彦は尋ねた。三日に二度はここで門前払いとなり、残りの一日も御簾の向こうの狭野姫と無言の対面をするだけがこれまでであった。ところが、この日は勝手が違った。


「入彦殿、よいところへ来てくれた」


 こういう台詞を聞かされたとき、聞かされた側にはあまり良い話ではないことが多い。


 珍彦は入彦の肩を抱くようにして、宮居の無人の一室へ導き入れた。まどのない部屋で、内緒話をするには都合が良い。


 珍彦は入彦に由々しき事態を耳打ちした。


「磐余彦様がいらっしゃらない?」


「声が大きいぞ」


 入彦の数倍の声をあげた珍彦は、大慌てで入彦の口を塞いだ。


 珍彦は入彦の口を塞いだまま、周囲の様子をうかがった。やがて狼狽えているのが自分だけだということに気づくと、入彦から手を離し、ばつの悪い顔のまま床に腰を下ろした。


「…それで、いつ頃からお姿が見えなくなったのですか」


「昨夜のうちだと思う。吾が夕べの御食みをしを運んだときにはたしかにいらっしゃった」


「何か思い当たることはありませんか」


へやにこんなものが残されていた」


 そういって珍彦が入彦の膝前に置いたのは翡翠の耳飾りである。耳飾りは普通、左右の耳に着けるので一組となるが、入彦の膝前の耳飾りは片方のみだ。


「これはどこに?」


「お使いの円座わらふだの上に置かれてあった」


「…なるほど」


 入彦は顎先を摘んでしばし考えた。


 これは狭野姫からの伝言である。片方だけの耳飾りが置かれてあったのは、決して忘れたわけではない、という意思表示である。


「磐余彦様は、どうやらしばらく行幸みゆきなされるようです」


 入彦は珍彦に謎解きの解説をした。

 

 西の果ての大陸では、玉という宝石が採れる。


 大真では大型の玉を環状に加工して装身具としており、中でも環に切れ目があるものをけつと呼ぶ。この玦も装身具や贈答品であるが、しばしばこれを掲げることによって、決断を意味することがある。玦と決の音が通っているからだが、その機微を知る狭野姫は、翡翠の耳飾りの片方を置くことで決意したことを暗示したのではないか。


 何を決意したかといえば、去ることをである。宮居や纏向邑だけでなく、山門主としての地位からも、磐余彦という称号からも去るということだ。一人の狭野姫に立ち戻るということである。ちなみに、翡翠も玉の一種だが硬玉であり、玦には加工しやすい軟玉が用いられることが多い。


「これをどうして安んじていられよう」


 珍彦は飛び上がらんばかりに驚いた。入彦は房を飛び出そうとする珍彦の裳裾を掴んで、


「まず落ち着きなされ。人が見てはいらぬ噂を生みます」


 と、軽挙妄動を戒めた。しかし珍彦は落ち着いておられず、室内をうろうろしはじめた。


「磐余彦様であれば山野の獣や魑魅を怖れることはありません。そして、磐余彦様が向かわれた先には心当たりがあります」


「本当か」


 珍彦は入彦にすがりつかんばかりだった。


「ここを去られたのがこの朝までのことであれば、そう遠くへは行っておられません」


 具体的な場所を明示しなかったが、狭野姫がどこへ向かうにしろ、最初に行く場所は推測できる。


「それよりも、磐余彦様が居られぬことを、人に知られないすべはありますか」


 磐余彦が行方不明となれば、ただでさえたがが緩んでいる山門の諸族は完全にばらばらとなる。


「日女様がもうお戻りにならぬということはないだろうか」


 心配の第一はそこにある。彼女と会えぬのなら、もはや生きている意味がないと言いたげた悲壮な珍彦の顔だ。


「必ずお戻りになられます」


 入彦は言い切った。


 確信がある。狭野姫は今、大いなる試練のときにある。その試練を乗り越える強さが狭野姫にはあるはずであり、彼女が再び纏向に戻ってきたときこそ、山門だけにとどまらぬ、もっと大きな事業の始まりとなるにちがいない。


「…うむ、それならばちと考えがある」


 狭野姫の失踪を隠す上手い手立てに腹案のある珍彦は、何度か一人で頷いた。


「ではそこはよろしく頼みます」


 言い残すと、入彦は速やかに部屋を出た。急がねば、狭野姫は誰も行き先の知らぬ旅に出てしまう。


 一人残った珍彦は、胸の中のものを全て放出するような大息を吐いた。


 複雑な色をした吐息が房に満ちた。憧憬、羨望、恋情、嫉妬、希望、失望。珍彦にしか見えない幻影が、様々な色彩に変じながら房の中を移ろった。


(手研め、勝ち逃げしおって)


 毒づいた珍彦は、しかし落胆はこれで終わりだとばかりに立ち上がった。


 自分では狭野姫の支えにならぬことは分かった。所詮、死んだ者には勝てないのだ。分かったのなら、次は行動だ。挫折や失敗は、新たな自分の出発にすぎない。


 ひとまずは狭野姫の失踪を隠さねばならない。どうせなら大仰に隠してやろう。珍彦は息巻いた。


 珍彦の出身は天孫族ではなく、山門諸族でもない。筑紫洲の豊日とよひ速津はやつ族が彼を産み育んでくれた族である。


 筑紫洲では伊都族や奴族が強盛で、速津族は奴族に従う中規模の集団だった。奴族に庇護された生活は平穏ではあったが、単調でもあった。刺激の少ない日々に飽き飽きしていた若き日の珍彦は、南の日向ひむかの高千穂族の若き氏上このかみが天孫族を号し、新たな真秀場まほろばを求めて大船団の航海に出たと知り、居ても立ってもいられなくなった。


 珍彦は天孫族への合流を速津族の氏上に直訴した。有望で勇健な若者の鬱屈を理解した氏上は珍彦を愛していたのだろう、旅の無事を祈る言葉と共に、宝鏡を授けてくれた。


 背面に雲と星の形が鋳込まれた黄銅鏡こかねのかがみである。


 黄銅はいわゆる黄金ではなく、銅と亜鉛による合金で、真鍮とも呼ばれる。大真に近い筑紫洲の豊日では、そんな技術も伝来していた。


 速津族の氏上は、御稜威みいつなる天神あまつかみの霊力を封じたその黄銅鏡を珍彦に授けた。もしかすれば氏上は、いずれ伊都族や奴族に呑み込まれる一族の冥い将来を予感していたのかもしれない。


 氏上に嘱望された珍彦は、しかし天孫族の東征において苦境にあっても、黄銅鏡に封じられた天神の霊力を秘蔵してきた。


 出し惜しみをしたわけではない。天津彦を初めて号した五瀬にも、その大志を継いだ狭野姫にも、柱石であり続けた手研にも、いかなる困難も乗り越える堅固な意志と万難を祓い除ける呪力が備わっていると信じていたのだ。


 狭野姫を深い愛情で支えてきた珍彦は、あくまで助力者であるという立場を崩さなかった。真秀場まほろばの発見と開拓はあくまで天孫族の事業であるという認識を持ち続けた。速津族の霊魂というべき黄銅鏡は、速津族の事業を建てるときに用いるべきである。それが、珍彦が稀有の宝鏡を秘蔵し続けた理由である。


 さて、天孫族が山門という真秀場に到着し、珍彦は纏向に邑を建てることを命じられた。同時に、県主あがたぬしの称号を贈られた。まだ自分の一族どころか家族さえ持たない珍彦にとって、それは実のない称号であったが、これが速津族としての己の事業の第一歩であると直感した。彼は迷わず、ひつの中から宝鏡を取り出した。


 黄銅鏡に封じられた霊力は、高天原たかまがはらの眷属の天神あまつかみ天手力雄あめのたぢからおの剛力である。


 纏向は岩の多い土地であったが、珍彦は天手力雄の霊力を駆使して地を均し、巨岩を抜き取り、また建物の礎石とした。岩の他に何もなかったところに忽然と邑を建てた早業は、実に天手力雄の霊力によるものなのだ。


 纏向の地を均したとき、珍彦は奇岩をいくつか見つけていた。いずれ狭野姫が祀りの神坐かみくらとすることもあろうかと、選りすぐっておいた。その奇岩を、狭野姫の失踪を人々から隠す奇術に用いることを思いついた。


 珍彦は黄銅鏡を携えて邑を出た。しばらくして、巨岩がひとりでに歩いてきたから、邑の人々は驚いた。むろん岩が勝手に歩き廻るはずはなく、魁偉な光色の人形ひとがたが巨岩を運んでいるのである。その人形こそが天手力雄の霊力が現れたものである。


 人々の驚きの目は右を向き、左に送り、複数回を往復するうちに、狭野姫の宮居はすっかり巨岩に囲まれた。


 一仕事を終えた珍彦は自分で運んだわけでもないのに大義そうに肩を回しつつ、群がる人々の前に立った。


「磐余彦様は、天の岩戸にお籠りになられた」


 と、珍彦は怪異な出来事に簡単な説明を与えた。


 纏向だけでなく山門の人々は、狭野姫が宮居に籠もりきり人前に花姿を見せぬ近況が醸し出す不穏を、磐隠いわがくれという言葉で表現した。狭野姫は磐余彦を号しており、その磐をもじった庶民らしい諧謔だが、そこに不安を払拭するような明るさはない。珍彦は庶民の諧謔を利用しつつ言霊に明るさを持たせるため、言葉を昇格させ、天の岩戸と言い表した。そこには神秘的な響きがある。


日女ひめ様は山門の行く末について御祖霊みおやたまの御教えをお聴きになっておられる。しばし日輪あまつひは陰ろうが、案ずることはない。やがて再び日女様がお姿をお見せになったとき、吾らは安らけき光に照らされるであろう」


 珍彦からそう言い聞かされた人々は、詳細は分からぬものの、磐余彦は何やら崇高な儀式に臨んでいるのだろうと理解し、重ねられた奇岩を思い思いに拝んで立ち去った。


(…これでよい)


 珍彦の説述を聞いたのは数十人だが、話はすぐに山門中に伝播するだろう。いつの時代もどこの世界も、噂は風よりも早い。


 珍彦は奇岩に隠された宮居と、その上の空を見上げた。あとは入彦に託すしかない。

 日本書紀や古事記には神代の出来事がたくさん記されています。


 それらの説話は上古より脈々と語り継がれ、天武天皇の時代に、舎人親王による日本書紀の編纂と、稗田阿礼による古事記につながる伝承の暗誦が始まりました。天武天皇がなぜ二系統の歴史書の編纂を命じたかについて、わたしはいわゆる情報統制のためであったのだろうと思います。大化の改新から壬申の乱を経て天武天皇に終結した皇統の正当性について、公的記録としても、民間伝承としても、異を唱えるものを排除したかったのではないかと思います。


 それはさておき、神代の説話には魅力的なものがたくさんあります。


 中でも天照大神と素盞鳴尊との場面は、高天原に坐す神々の人間的な行動が描かれています。月読尊の出番があまりないのが残念ですが。


 高天原を治めていた天照大神は、弟の素戔嗚尊が高天原に昇ってくると、その謀反を疑い、勇ましい出で立ちで素戔嗚尊を詰問します。このときの勇ましさは、あたかも日の出のような神々しさがあります。このあと、天照大神と素戔嗚尊は神産みの誓約うけひを行います。


 誓約の結果を強引に自分の有利に持ち込んだこのときの天照大神には、多少の横暴さがあるものの、高天原を治めるものとしての威厳があります。


 ところがその後、素戔嗚尊が高天原で悪事を働くと、天照大神は一転して岩屋に籠るという消極的な行動に出ます。あたかも日没を表しているかのようですが、ここには弟を迎え撃った時の威厳はあまり感じられません。


 これらの説話は、おそらく別々の伝承であったものを、日本書紀や古事記を編纂する際に、仮の時系列に並べ整えたのだと思います。雄々しかった天照大神が急にしおらしくなるのは、時系列の並び替え作業の都合なのでしょう。


 個々に伝承されていた説話には都合も忖度もなく、かと言って全くの空想のお話でもなく、伝承が世代を渡っていくにつれて尾ひれ足ひれが加わったことでしょうが、それでも核になった事実はあったのだろうと思います。


 ときには荒唐無稽とも思われる神話を読みながら、そこにどんな事実があったのかを想像するのも、日本書紀や古事記の楽しみ方のひとつだと思います。


 有名な天の岩戸の神話。そこにどんな事実があったのかを想像しながら、今回のお話を作りました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ