山門編-初国知らす王の章(17)-騒ぎ立つ木の葉(9)
俳優の少年と黒衣の少女、そして多くの人の活躍と犠牲で厄災を乗り越えた山門は、天孫族を中心とした諸族の新たな秩序を整えていた。
橿原に宮を築いた天孫の磐余彦狭野姫は、磯城族の入彦に特別な想いを抱き、そのことが天孫族に軋轢を生む。
権力の奪取をもくろむ葛城族の太忍は、悪謀を巡らせるが、入彦の三人の子供たちに阻まれる。
狭野姫の秘かな想いは日毎に大きくなり、彼女を支え続けてきた手研の諫言さえも顧みなくなる。そんな折、狭野姫は纏向への遷都を宣言する。諸族は紛糾し、それを好機と捉えた太忍は、遷都の吉凶を天神地祇と祖霊に問うためと称し、誓約の馳射の開催を提案する。太忍は馳射の馬合わせで天孫族の軋轢をさらに大きくするべく策を仕込む。入彦の子の豊城彦も悪知恵を働かせ、磯城族の騎手として馬合わせへ出場する。
馬合わせでは手研と入彦が共に重傷を負い、天孫族と磯城族がいがみ合いかねない事件が生じる。それは太忍の仕込んだ策によるものだったが、思いもよらぬ被害が波及し、太忍自身の身も危うくなる。身を挺して太忍を守ったのは、彼が歯牙にもかけてこなかった庶子の剣根だった。
馬合わせは天孫族、磯城族を中核とした日輪組の勝利に終わる。狭野姫は斎戒沐浴し、誓約の神託を待つ。清涼な朝の御霊屋で狭野姫に下された結果は、凶だった。
山門の天神地祇や天孫族の祖霊から裏切られた思いの狭野姫は、橿原宮を抜け、想いを寄せる入彦と共に新しい天地を創造すべく、纏向に向かう。その道の途中で待っていた手研は、狭野姫に決別の辞とも受け取れる言葉を贈った。その手研の耳には、天孫族の有力者である吾曽利が指嗾の言葉を囁いていた。
手研は私邸に盟友の道臣と珍彦とを招き、狭野姫の立場の危うさを伝え、ある覚悟を告げる。手研の言葉に悲壮なものを感じつつも、道臣と珍彦は手研を翻意させる言葉を持たなかった。
道臣と珍彦と飲み明かした手研は、継母である五十鈴媛を葦と笹百合の川辺に訪れた。
初代天津彦五瀬の正妻であった五十鈴媛を自分の妻とした手研は、父の権威の象徴を手中に納め、狭野姫不在の天孫族を実効支配する。それを手研の政変を見なした諸族は、天孫族の傘下からの離脱を模索し始める。なかでも独立を鮮明にした葛城族は、山門南方の諸族の取込み工作を活発にする。
天孫族の混乱の要因が狭野姫の一人の女性としての思慕の苦悩にあり、彼女の想いを自覚している入彦は、しかし纏向の狭野姫には敢えて構わず、ただ葛城族の侵攻を防ぐため、伯父の大彦を磐余砦に配備しただけだった。ところがある夜、狭野姫が磯城族の瑞籬邑を訪れ、秘事を入彦に伝える。
≪是非ご一読ください。ご感想、ご評価をいただけましたら幸いです。≫
<人物紹介>
豊城彦
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。自由奔放。
豊鍬姫
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。呪能に秀でる。
入彦
磯城族の氏上。厄災を乗り越え、一角の人物に成長する。磯城の県主。
美茉姫
入彦の妻。明るい美しさの女性。淑やかであり、闊達でもある。
活人
入彦と美茉姫の子。引っ込み思案で臆病者だが、やるときはやる。いつも兄と姉に翻弄される。
大彦
入彦の伯父で舅。怪力無双。豪放な性格だが、娘の美茉姫には頭が上がらない。
石飛
磯城族の青年。入彦の舎人。
百襲姫
磯城族の斎宮。入彦の大伯母。呪能は無尽蔵。
翠雨
入彦の愛馬。御統の友人。濡れたような深い青色の毛並み。
如虎
黒豹。豊の友人。厄災後は、磯城の三輪山の森の中で静かに暮らしている。
狭野姫
天孫族の氏上。兄から天津彦を継ぐ。今は磐余彦を号している。超絶美女だが、乱暴でわがまま。入彦を慕っている。
手研
狭野姫の年上の甥。常に狭野姫を支えている。狭野姫が唯一甘える人物。
珍彦
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
道臣
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
吾曽利
天孫族の有力者。狭野姫に不満を抱いている。
太忍
葛城族の氏上。山門の権力掌握をもくろむ。
剣根
太忍の庶子。自分と母を棄てたも同然の父を見返そうとしている。
五瀬
狭野姫の長兄であり、手研の父。高千穂族とともに東の真秀場を目指し、天孫族を号する。初代の天津彦。
五十鈴媛
五瀬の後妻。出雲族の出身で、製鉄技術者集団と縁が深い。手研にとっては、同年代の継母。
<用語>
高天原:天上世界
豊秋津島:物語の舞台
葦原中国:豊秋津島の別名
山門:豊秋津島のほぼ中央に位置する地方
青垣山:山門の周囲を囲む山並み
筑紫洲:豊秋津島の西部にある大きな島で、白日、豊日、建日、日向の四地方を持つ
真:西の海の果ての大陸にある巨大帝国
氏上:一族の族長
天神地祇:八百万の神々
祖霊:祖先の霊魂 氏上は死ぬと神上がって祖霊となる
精霊:森羅万象に宿る魂 山林の異気から生まれたものは
魑魅:山林の異気から生まれた邪霊
厄災:山門を呪いによって支配していた饒速日の体制を瓦解させた大災
剋軸香果実:高天原の神々が下界に投げ捨てた邪心が凝固したもの いつか高天原に帰ることを望み、時を戻す霊力を蓄えるため大地に寄生して石の花を咲かせる。
朝に吹く風がずいぶん冷えるようになった。いつの間にか季節は晩秋を過ぎ、初冬へ移ろおうとしている。
磐余砦の物見櫓に立った大彦は、西方の野を睨みつけている。
山門南方の諸族を取り込もうとする葛城族の行動は、ほぼ完遂されつつある。山門南方の諸族で、葛城族の恫喝に靡いていないのは、磯城族のみとなった。
磯城族は、かつて天孫族に激しく抗った。その実績を恐れるのか、葛城族は磯城族へは露骨な恫喝を向けてはこない。勢力圏の境界に、顔に毒々しい隈取りを施した巫や祝者を並べて、遠方から呼見の術で磯城族を呪うばかりだ。磐余砦にも優れた巫や祝者が配置されているから、彼らの祓除によってさしたる害はないが、気味が悪いので、入彦は毎日の運動がてら、葛城族の呪術団を蹴散らしている。
この朝にも葛城族は境界に呪術団を並べているが、大彦もさすがに飽きた。
「高邑に殴り込んで、大猿めの頭を殴り潰してやったほうがよほど手っ取り早い」
火を吹くように毒づいた大彦は、苛立ったように腕をさすった。大猿は葛城族の氏上の太忍を指しているが、大彦の毒舌は壮語ではなく、実際そうする自身がある。
西の海の果ての大真のことわざに、
「断じて行えば鬼神も之を避く」
とあるが、それを地で体現しているというのが大彦だ。彼が得物の銅錘を振り回し、何やら噴火しそうな形相で迫ってきたら、鬼神といえどもまず逃げ出すに違いない。
数日前も、斥候を兼ねた葛城族の五六人が大彦の銅錘の一振りで木っ端微塵にされたし、祝者や巫が生み出す雷や炎の精霊程度では、大彦の気迫やら鼻息やらで吹き飛ばされてしまう。この時代の通念に棲む存在にとって、大彦は、いるだけで既に反則なのだ。
「入彦よ、汝の勤めとやらを疾く果たせ」
ここにはいない甥っ子に小言を飛ばしただけでとりあえず今朝の溜飲を下げた大彦は、
「あちらもお勤めだ。ほどほどに付き合ってやれ」
と、鏡を抱えた祝者の長に指図してから、物見櫓を降りた。鏡はもちろん、葛城族から放たれてくる呪言の類を跳ね返すための道具だ。
「私の勤めを果たすまでの間、伯父上にはお慎みあれ」
との入彦の沙汰を受けたのは、もう一月も前のことなのだ。入彦の沙汰を伝えた使人は、巻貝をひとつ携えており、それを大彦に渡した。巻貝には細いしめ縄の封がされていた。
砦内の高床の建物に入った。自室に充てている房に入ると、大彦は胡座をかいた。
雑多に置かれた物の中から巻貝を手に取った大彦は、それを耳にあてた。封は解かれているから、大彦はすでに巻貝に封じ込められた入彦の言葉を知っている。
この巻貝は栄螺だが、鳥の象形に似た呪飾を殻口に彫り込むことで、鳴き貝という呪具となる。これに伝言を吹き込んだ使用者は、共通の言霊を用いることで相手に意志を伝えることができる。どれだけの伝言を吹き込むことができるかは、呪飾師の呪能の濃淡による。
「禊ぎには、冷や水よりはぬるま湯を」
入彦が決めた共通の言霊がそれだ。こんな罰当たりを考えていたのかと、大彦は垣間見える入彦の本音を危ぶみながら、その言霊を唱えた。すると、巻貝を耳に当てたときに聞こえる海の音が、次第に入彦の声に変わる。
大彦は鳴り貝からの声を聞きながら、入彦が伝える場景を想像した。
狭野姫の密訪を受けた入彦は、狭野姫から天孫族のただならぬ事情を聞いた。
瑞籬邑を密訪する数日前に、狭野姫を招いた人物がいる。それは、突然、渦中の人となった五十鈴媛だった。
人に手招きされて、やすやすと応じるほど狭野姫の自尊心は低くはないが、天孫族の氏上の地位を自ら放棄したような立場にある彼女にとっては、無碍に拒否できない招きだった。それに、狭野姫にとっては義理の姉にあたる五十鈴媛と、ゆっくり語りたいという願望もあった。
ところが狭井河の辺りに建っている五十鈴媛の屋舎で狭野姫が聞かされた話は、義理の姉妹が無沙汰を謝してからの歓談とは程遠い緊迫に満ちていた。
天孫族が、磯城族を襲撃するという。そればかりか、返す刀で纏向までを襲い、狭野姫を強制的に橿原宮へ連れ帰る計画だ。狭野姫が橿原宮への帰還を拒否する場合、山門外に追放することも辞さない過激さだという。
「手研がそんな酷いことをするとは思えません」
狭野姫は五十鈴媛から聞かされた話を即座に否定した。誠実と良心で人格を練り上げたような手研が、何をどうすればそんな暴虐を考えるのか。
「それは手研殿に尋ねるほかありませんね。ただ、どのような人であろうと、恩を仇で返されては、わだかまるものもあるでしょう」
五十鈴媛のいいぶりには、どこか狭野姫に内省を促す響きがある。だが、狭野姫の感性はそれを感じ取る余裕を失っていた。天孫族には以前から不満を燻ぶらせている一派があり、狭野姫が橿原宮を出たことで、手研が彼らを抑えきれなくなってきたのではないか。五十鈴媛がいう天孫族の暴発は、不満分子の妄想に違いない。狭野姫はそう考えたが、胸裡に拭えない不安がある。
狭野姫は、どう対処すべきかを問うた。
「手研殿…、いえ吾が夫はこのあばら家を訪れたみぎりに、こう言い置きました。日女様には成さねばならぬことがある、と。ただ、まだその時ではなく、時が至れば日女様に告げよ、と」
「いまがそのときなのですね」
「そうではありません。このたびは、御身の置かれたお立場を知っていただくためにお招きしたにすぎません」
「ではその時とは…」
「今は何も申し上げることはできません。このあばら家をこの後もお訪ねなされ。夫から使いがあれば、きっとお伝えいたしましょう」
義理の姉妹の会話はそれで終わった。ただ辞去する間際に、ひとつだけ五十鈴媛は狭野姫に助言をした。
「御身の成すべきことは、きっととても辛いことでしょう。御身一人で耐えるにはあまりに酷い。たれか、あなたを忠心に支える人を見つけておきなさい」
そう言われた狭野姫は、迷うことなく、五十鈴媛の屋舎を辞去したその足で瑞籬邑を訪い、入彦に忠心に支えてくれるよう頼んだ。
入彦は躊躇なく狭野姫の頼みを受諾した。彼女に伝えることは憚られたが、五十鈴媛の言う狭野姫の成すべきことがなんであるのか、胸裡に思いつくものがあったからだ。そしてそれは、確かに狭野姫が一人で耐えるには酷いものだった。
このような事情の推移を、入彦は要領よくまとめて鳴り貝に封じていた。
大彦は耳から鳴り貝をはなすと、無造作に房の隅に転がした。
入彦からの使人を迎えてから、もうひと季節が過ぎようとしている。
入彦が動くときには予め知らせることになっており、その知らせを受ければ、大彦は葛城族が邪魔をしないよう牽制することになっている。
「さすがに待ち疲れたぞ」
大彦が房の隅に空想した甥の姿に向かって毒づく言葉を思案し始めたとき、大彦の苛立ちに反応したような勢いで、房の戸を叩く音がした。
「邑から狼煙が上がっています」
報告を聞き終わらないうちに、大彦はもう房を出ていた。邑とはもちろん瑞籬邑のことだ。
大彦が走ると、小型の台風のようなものだ。すれ違う族人を弾き飛ばしながら、大彦は物見台に登った。確かに、邑から狼煙が上がっている。
入彦からの合図だ。甥は天孫族の根拠地の橿原宮に乗り込む。大彦の役割は、葛城族が邪魔をしないよう牽制することだ。ただし大彦の牽制は、一般的には急襲と言われる。
「何をのんびりとしてやがる!」
つい先程、葛城族からの呪言をほどほどにあしらっておけと指示されていたばかりの祝者たちは、大彦の一喝を浴びて飛び上がった。
「さっさと吾の径を祓わねぇか」
尻を蹴飛ばされるように急かされた祝者たちは、慌てて巫を指揮し、大彦が出陣する道を呼見して浄めた。巫が妖しく隈取りした目で野末までを見つめることによって、野に潜む邪霊や葛城族の敷設した呪いを祓うのだ。ちなみに、径は獣や人などに歩行によって自然にできた点で、人が明確な意図をもって造る道と異なる。
浄められた径を、五十人ばかりの族人を連れた大彦が爆進した。
大彦は結局、牽制という一般的な通念を大きくに超えて、葛城族の本拠の高邑の門まで攻め込むことになる。
門扉を破砕すべく、大彦が銅錘を大きく振りかぶったところを、勇気ある族人が主人の短甲の組緒を掴んで
「お待ちください。これでは戦の布令となってしまいます」
その族人は懸命に静止したが、他の族人は、
「まだ戦をしていないつもりだったのか」
と、驚いた。
「むっ、それではいかんかね」
大彦は首を傾げて顎を掻いた。
「いかんだろ」
族人たちは一斉に心の中で寸言を入れたが、声に出す勇気ある者はいなかった。
そのとき、門扉の頂に、一羽の雀が降りた。雀は場違いのところに降りてしまった後悔を目元に現していたが、その雀をじっと見つめた大彦は、
「では止めよう」
と、踵を返した。
「優しさ!」
族人たちは感動していいのか、呆れるべきなのかよく分からない表情で、とりあえずは安堵した。
ともかく、五十人ほどの集団は磐余砦へ帰っていった。
軽挙妄動を慎むようにとの氏上からの指令を大彦が忘れていた一日前、入彦は狭野姫に会っていた。もちろん、密かな逢瀬ではない。
三輪山の樹木や枯れ色の野原に霜が降りるようになった朝だ。
「冷えますね」
狭野姫が言った。二人は野径を歩いている。
心情を入彦に伝えて以来、狭野姫の声音から強ばりが消えた。伝えるべきことは伝えたという達成感が、彼女の緊張を解いた。あとは結果を受け入れるだけだ。
「私は冬の夙めのときが好きなのです。なにか、空や土や雲や霧に、とても無垢なものを感じます」
入彦はそう応えた。
「冬は春を誘います。冬の気配が清ければ、次の春は麗らかであるということなのでしょう。わたくしは夏の初めが好きですが、冬の夙めも良いものですね」
そんな会話を交わせる仲に、二人はなっていた。
二人は狭井河の辺りへ向かっている。五十鈴媛を訪ねるためだ。
実は二人で五十鈴媛の屋舎に出向くのは、これが初めてではない。すでに数回訪れたが、いずれも面会を拒否された。有り体にいえば、居留守を使われた。それは五十鈴媛の拒絶の意思ではなく、まだ時が至ってないことの教示である、と二人は理解した。
虚しい往復は、しかし、狭野姫と入彦に、時の共有という副産物をもたらした。
この日も空振りであっていい。そんなことを考えていた狭野姫の眉宇に、次第に曇りが生じた。
言霊が渦を巻いている。その中心に、五十鈴媛の屋舎がある。
優れた呪能を備える狭野姫は当然、その異変を敏感にさっちしたが、呪能についてはそれほどでもない入彦の感覚にも、大気の中の異様さが感じ取れた。
「どうやら、いよいよのようです」
二人は頷きあって、歩みを早めた。
声が聞こえた。澄明な声だ。それは、川のほうから流れてくる。
二人は種子を放ち終えた笹百合の枯れ茎を押し分けて、汀へ降りた。
人影がある。歌を詠っている。それは紛れもなく、五十鈴媛の立ち姿だった。
近寄りがたい雰囲気をかもす五十鈴媛を遠目に見て、二人はただ彼女の歌声に耳を傾けた。
川面から吹く冷えた風が、生れたばかりの言霊を運んでくる。
「狭井河よ 雲立ちわたり 畝傍山 木の葉騒ぎぬ 風吹かむとす」
歌はまた言霊を産む。
「畝傍山 昼は雲と居 夕去れば 風吹かむとぞ 木の葉さやげる」
二首の歌を聞いた狭野姫と入彦は衝撃を受けた。歌の言霊が、急迫した事態を二人に告げたからだ。雲が湧き、畝傍山から吹く風が木の葉を騒がせる。その風は、昼は雲間に留まっているが、もうまもなく夕べが終われば、いよいよ吹き出でようとしている。
雷雲もないのに、遠雷を聴いたような悪寒を二人は共有した。その空恐ろしさを抱いたまま、五十鈴媛には一言も告げず、二人は瑞籬邑へ戻った。喉の渇きもそのままに斎宮へ直行し、百襲姫の前に並んで、愁容を灯したまなざしを向けた。
天孫族が戦備を整え、まもなく磯城族を襲撃しようとしている。五十鈴媛の歌は、それを入彦と狭野姫に教えている。藁にも縋る思いで、歌の解釈に相違がないか、二人は百襲姫に問うた。百襲姫が歌の言霊を違う意味に解釈してくれることを願ってのことだ。
「すぐにここを発ちなさい」
厳粛とした百襲姫の声は、入彦と狭野姫の解釈が正しかったことを示している。
「ふたつめの歌は、磐余彦よ、御身を手研殿が招いているのです」
手研の名を聞いて、狭野姫は緊張を解きかけた。それを許さぬように、百襲姫は、
「ふたつめの歌の言霊には、詠み主の期する心が感じ取れます。決して気を緩ましてはなりません。橿原宮に向かいなさい。入彦、汝は磐余彦を護り、必ず手研殿の待つ大室へお連れするのです」
と、楽観を戒めた。
表情を引き締めた入彦は、狭野姫の手を引いて立ち上がった。入彦は大舎人の石飛を呼んで、あとのことを指示した。その後、狭野姫と共に美茉姫の房を訪れ、手短に事態を述べた。
「そうですか。お務めを、無事に果たされますように」
入彦に辞儀を見せると、少し向きをずらして、狭野姫へも会釈を送った。その所作に清らかさを感じた狭野姫も、なんのわだかまりなく素直な会釈を返した。
入彦は剣を提げ、弓矢を背に負って出発した。狭野姫は旅装の中の鏡の紐を握りしめて入彦に続いた。
邑の狼煙台から前触れもなく狼煙が上がったことに、族人の多くは不審がった。この度のことは、磯城族の主だった者にしか事情を告げていないからだ。
ところが、入彦と狭野姫の影を追って、密かに邑の土塀を越え、濠を飛び渡った三つの小さな人影があった。
貝と言えば、サザエ、カキ、ホタテ、ハマグリなどが思い浮かびます。 サザエの壺焼き、 生カキ ホタテのバターソテー、ハマグリのお吸い物。 どれを想像しても、 いますぐ食べたくなりませんか。
人と貝との縁の始まりは、はるか上古に遡ります。
先史時代の人も、現代人に負けず劣らず、 貝が好きだったようです。 わが国だけでなく、世界各地にある貝塚がそのことを雄弁に物語ります。 わが国の貝塚としては大森貝塚が有名ですが、 縄文時代の貝塚は全国で2500カ所もあるそうです。
食料としてだけでなく、 古代の人々は、 貝の利用価値を他にも見いだしていました。
まずは貨幣としての貝です。 宝具はタカラガイ科の巻貝の総称ですが、 その貝殻は丸みを帯びていて、陶磁器のような質感の光沢があります。 その貝殻は、 例えば殷(商)において貝貨として用いられました。 貨幣の 「貨」 もそうですが、ほかにも財、資、貴、買、貿など、富や交易を表わす漢字には、「貝」 の文字が使われています。
次は装身具としての価値です。 アコヤガイは真珠を産しますが、 アコヤガイ自体の貝殻にも思わずみとれてしまうような光輝があります。 古代の人もその魅力を逃さず、 腕輪や首飾りとしてその美しさを活かしました。 調度品に貝を貼付けることを思いついた人もおり、やがて螺鈿細工にまで発展します。 これらのうち優れたものは、国家間の贈答品に用いられました。
魅惑的なものには妖しさが付随します。貝の美しい光沢にも妖しさを見いだし、宗教的な道具として用いられることもあったようです。 その中で、 呪具として用いられる貝もあったでしょう。 言霊を留めておくような呪 (まじない)を施された貝もきっとあったに違いありません。
貝たちにとっては甚だ迷惑なことでしょうが、 人としては、 これからも末永く貝のお世話になりたいと思いますよね。




