山門編-初国知らす王の章(16)-騒ぎ立つ木の葉(8)
<これまでのあらすじ>
俳優の少年と黒衣の少女、そして多くの人の活躍と犠牲で厄災を乗り越えた山門は、天孫族を中心とした諸族の新たな秩序を整えていた。
橿原に宮を築いた天孫の磐余彦狭野姫は、磯城族の入彦に特別な想いを抱き、そのことが天孫族に軋轢を生む。
権力の奪取をもくろむ葛城族の太忍は、悪謀を巡らせるが、入彦の三人の子供たちに阻まれる。
狭野姫の秘かな想いは日毎に大きくなり、彼女を支え続けてきた手研の諫言さえも顧みなくなる。そんな折、狭野姫は纏向への遷都を宣言する。諸族は紛糾し、それを好機と捉えた太忍は、遷都の吉凶を天神地祇と祖霊に問うためと称し、誓約の馳射の開催を提案する。太忍は馳射の馬合わせで天孫族の軋轢をさらに大きくするべく策を仕込む。入彦の子の豊城彦も悪知恵を働かせ、磯城族の騎手として馬合わせへ出場する。
馬合わせでは手研と入彦が共に重傷を負い、天孫族と磯城族がいがみ合いかねない事件が生じる。それは太忍の仕込んだ策によるものだったが、思いもよらぬ被害が波及し、太忍自身の身も危うくなる。身を挺して太忍を守ったのは、彼が歯牙にもかけてこなかった庶子の剣根だった。
馬合わせは天孫族、磯城族を中核とした日輪組の勝利に終わる。狭野姫は斎戒沐浴し、誓約の神託を待つ。清涼な朝の御霊屋で狭野姫に下された結果は、凶だった。
山門の天神地祇や天孫族の祖霊から裏切られた思いの狭野姫は、橿原宮を抜け、想いを寄せる入彦と共に新しい天地を創造すべく、纏向に向かう。その道の途中で待っていた手研は、狭野姫に決別の辞とも受け取れる言葉を贈った。その手研の耳には、天孫族の有力者である吾曽利が指嗾の言葉を囁いていた。
手研は私邸に盟友の道臣と珍彦とを招き、狭野姫の立場の危うさを伝え、ある覚悟を告げる。手研の言葉に悲壮なものを感じつつも、道臣と珍彦は手研を翻意させる言葉を持たなかった。
道臣と珍彦と飲み明かした手研は、継母である五十鈴媛を葦と笹百合の川辺に訪れた。
≪是非ご一読ください。ご感想、ご評価をいただけましたら幸いです。≫
<人物紹介>
豊城彦
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。自由奔放。
豊鍬姫
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。呪能に秀でる。
入彦
磯城族の氏上。厄災を乗り越え、一角の人物に成長する。磯城の県主。
美茉姫
入彦の妻。明るい美しさの女性。淑やかであり、闊達でもある。
活人
入彦と美茉姫の子。引っ込み思案で臆病者だが、やるときはやる。いつも兄と姉に翻弄される。
大彦
入彦の伯父で舅。怪力無双。豪放な性格だが、娘の美茉姫には頭が上がらない。
石飛
磯城族の青年。入彦の舎人。
百襲姫
磯城族の斎宮。入彦の大伯母。呪能は無尽蔵。
翠雨
入彦の愛馬。御統の友人。濡れたような深い青色の毛並み。
如虎
黒豹。豊の友人。厄災後は、磯城の三輪山の森の中で静かに暮らしている。
狭野姫
天孫族の氏上。兄から天津彦を継ぐ。今は磐余彦を号している。超絶美女だが、乱暴でわがまま。入彦を慕っている。
手研
狭野姫の年上の甥。常に狭野姫を支えている。狭野姫が唯一甘える人物。
珍彦
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
道臣
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
吾曽利
天孫族の有力者。狭野姫に不満を抱いている。
太忍
葛城族の氏上。山門の権力掌握をもくろむ。
剣根
太忍の庶子。自分と母を棄てたも同然の父を見返そうとしている。
五瀬
狭野姫の長兄であり、手研の父。高千穂族とともに東の真秀場を目指し、天孫族を号する。初代の天津彦。
五十鈴媛
五瀬の後妻。出雲族の出身で、製鉄技術者集団と縁が深い。手研にとっては、同年代の継母。
<用語>
高天原:天上世界
豊秋津島:物語の舞台
葦原中国:豊秋津島の別名
山門:豊秋津島のほぼ中央に位置する地方
青垣山:山門の周囲を囲む山並み
筑紫洲:豊秋津島の西部にある大きな島で、白日、豊日、建日、日向の四地方を持つ
真:西の海の果ての大陸にある巨大帝国
氏上:一族の族長
天神地祇:八百万の神々
祖霊:祖先の霊魂 氏上は死ぬと神上がって祖霊となる
精霊:森羅万象に宿る魂 山林の異気から生まれたものは
魑魅:山林の異気から生まれた邪霊
厄災:山門を呪いによって支配していた饒速日の体制を瓦解させた大災
剋軸香果実:高天原の神々が下界に投げ捨てた邪心が凝固したもの いつか高天原に帰ることを望み、時を戻す霊力を蓄えるため大地に寄生して石の花を咲かせる
手研が五十鈴媛を妻としたという一報は、山門の空気を緊迫させた。
それは静かな政変だ。
父の正妻を娶るという行為は、必ずしも忌避の感情で受け止められないが、父の権力を奪取するという荒々しい宣告を伝えることにはなる。
正妻は夫の権力の象徴だ。だからこそ権力者は、より強い勢力をもった族から正妻を求める。
天孫族の初代の氏上であり、初代天津彦であった五瀬の正妻を娶ったということは、手研には天孫族を牛耳る意図があると見做される。意図だけでなく、現実に天孫族を運営しているのが手研である現実から、名実共に天孫族は手研を指導者に据えたことになる。
手研の静かな政変に対して、天孫族の動揺は少なく、むしろ狭野姫に見捨てられた不安を解消し、族人を結束させることになった。
だが、山門諸族の捉え方は大きく異なる。山門の諸族が天孫族の下風に立ち、天孫族の優位性を認めていたのは、新たな山門主たる磐余彦狭野姫がいたからだ。日輪のごとき崇高さの狭野姫が天津彦の号を磐余彦に改め、天孫族だけでなく山門諸族を代表して天神地祇に仕え、その庇護を得ることを約束したからだ。その狭野姫が天孫族を去ったというのなら、山門諸族が天孫族に服わねばならない道理はない。
その理屈を最も露骨に表現したのが葛城族だ。氏上である太忍は山門の大夫たる身分を辞し、族人もろともに橿原宮を退去して、彼らの本拠である高邑に帰った。
高邑は橿原宮のある畝火山の西南にあり、その南は深い山々が尾根を連ね、その山間には小規模な族がいくつも点在している。その山間の族を、葛城族は取り込み始めた。
高邑の高宮に帰った太忍は、天孫族に服うと決めたときにしまい込んでいた高天彦の号を再び名乗り、山門南方から熊野の間の諸族をまたたく間に靡かせた。斑鳩族の饒速日、天孫族の狭野姫の時代に沈黙していた葛城族の勢力は、実はそれほど強盛であった。
ところで、諸族の古老には、葛城族が本拠とする高邑や葛城族の氏上が号した高天彦が、この時代の天界を現す高天原の語源となったと記憶している者が多い。
葛城族の起源はそれだけ古いという証左であり、高天原がこの時代の豊秋津洲の共通の理念であることを鑑みれば、文化の伝来は大真に近い筑紫北部の諸族が担っていたとしても、思想の伝播は山門盆地に源を発していたのかもしれない。
さて、葛城族を野望の媒体とする太忍は、その触手を山門の東方へも向けた。そこには磯城族がいる。
磯城族の氏上であり、磯城の県主でもある入彦は、山門の急激な情勢変化に応変の手を打たなければならなかった。
入彦は伯父である大彦を磐余砦に配した。そこはかつて磯城族と天孫族が激しく戦った地であり、父である大日が斃れた地でもあり、狭野姫の天に捧げられていた心が地に降りた場所でもある。
狭野姫の恋慕に気づかないほど入彦は鈍感ではないが、狭野姫が橿原宮を抜け、纏向で心寂を抱いていることを知っていても、あえて知らぬふうを装っている。ここで入彦が狭野姫の心情に寄り添う行動を取れば、天孫族の磯城族への悪感情は最高潮に達するだろう。葛城族が不穏な動きを見せている今、天孫族と正面切って敵対することは得策ではない。
入彦はそう判断したが、狭野姫から瑞籬邑を訪れられるとは予想外だった。
その夜、心が落ち着かず、眠りに落ちなかったので、入彦は褥を抜け、穏やかな寝息の美茉姫を残して臥房を出た。
夜気に流れる虫の声にも、どこか緊張の音色がある。
入彦は庭に下り、庭石に座った。庭木にしている黐木の上に、月がある。これから満ちていく月影をしているから、予兆とすれば悪くはない。背後に微かに聞こえた足音にも悪い予感はなかった。
「石飛、こっちだ」
主とその夫人の眠りを穏やかに破ろうとしていた足音は、向きを変え、入彦に近づいた。
入彦が腰掛ける景石のそばにひざまずいたのは、やはり石飛だった。
「お目覚めでございましたか」
「うん。というより、眠ってはいない。何やら胸騒ぎがしてね」
「先触れがございましたか」
「というと」
深更とはいえ、他聞をはばからなければならない事態を言葉に乗せた石飛は、入彦の耳元でささやいた。
入彦は速やかに景石を降りた。
「斎宮にお通しせよ。人を起こさぬよう気を付けよ。吾は身を清めてからいく」
石飛に指示を与えると、入彦は足早に邸内の沐浴場に向かった。
身体が火照っている。磯城族に到来した大事を思ってのことではあるが、それ以上のものがあることを入彦は自覚している。
狭野姫が来た。それも単身、妖魔がどこに潜むやもしらない夜道を押して。天神地祇こそが愛すべき光り輝く美貌を持つ人が己に向けてくれる心を想うとき、とても平静ではいられない。
冷水を全身に浴びせても、入彦の心の奥室に灯った火は容易に消えなかった。
衣を整えると、入彦は斎宮に向かった。
斎宮の扉を開けると、板敷きの間に灯りが一つ点っている。しかし、それすら不要かと思えるほど、そこに座っている人の姿は輝いて見えた。
人の体温をした雪というものがあるとすれば、それを固めて人の姿にしたというのがこの人の肌なのだ。大地に静かに降り積もった雪のような光輝を、この人は発している。
その人の前に、入彦は座った。その人が閉じていた瞼を開けると、星の様なきらめきがあり、ほのかに微笑むと、雪のようだったその花顔に瑞々しい彩りが咲いた。
この人がどれほど魅惑的で、どれほどの婉麗を備えていたとしても、その美しさの前に立つ者は情欲を覚えない。彼女の美しさはあまりに神々しい。それが彼女の不幸なのだ、と入彦は心の奥深くで思った。
「ようこそお越しくださいました、磐余彦様。光栄に心得申し上げます」
入彦は深々と床に額を着けた。その頭上を、玉の音のような笑声が通った。
「ですが、あまりもてなされているようでもありませんね」
人目を忍ぶように灯の落ちた斎宮に通されたことを磐余彦狭野姫は言った。もちろん、戯言だ。
「畏れ入ります」
顔を上げた入彦も微笑み、その笑みを横に向けた。人影が、実はもうひとつある。
百襲姫が、神木や磐座のような厳かな神代の居住まいで、室内の、灯りと暗がりとの境に座っていた。
磯城族では、氏上の血族のうち、もっとも呪能に優れ、もっとも清らかな乙女を祖霊に仕える巫女とする。その巫女を百襲姫と呼ぶ。
百襲姫は磯城族の斎宮で起居し、外界に出ることはない。そうでありながら、風の音、草花のさやぎ、星の瞬きから外界のすべてを知ることができる。占術に長じていることが百襲姫の資質のひとつだが、彼女たちに伝わる秘伝の神楽こそがその真髄であり、魅惑的な舞に魅せられて降りてくる天神地祇や祖霊、精霊の御霊代となり、様々のことを知るのである。
今代の百襲姫は、元の名を鳥飛といい、磯城族の氏上としては二代前の国牽の姉であり、入彦にとっては大伯母に当たる。
この人が同席してくれることに、入彦は安堵した。百襲姫は御霊代だから、狭野姫との面会は密談ではなく、神々の立会いのもとに行われる聖談となる。
「百襲姫様、天語を妨げましたこと、幾重にもお詫びいたします」
入彦は百襲姫へも頭を下げた。百襲姫は眠りについても夢を見ず、高天原に昇って神々と語らうと磯城族では信じられている。ところが、実は当然ながら夢を見ることはあり、それは必ず予知夢であるとも信じられた。本来は休息のときであるはずの眠りすら神聖視された百襲姫は、おちおちいびきもかけなかっただろう。
もっとも、百襲姫の寝室は斎宮の奥にあり、斎宮そのものにすら定められたもの以外は近寄ることが禁じられていたから、百襲姫の寝息をうかがうことはできない。
「なんの、御身も眠ってはおられぬでしょう」
百襲姫は白衣の袂で口元を抑えながら、軽妙に笑った。彼女は入彦の祖父世代だから高齢であるはずだが、その座り姿からは高年齢という衰えは感じられない。さすがに肌艶は娘子のようではないが、肌の滑らかさはときを忘れたようで、目元や首筋には色香が立っている。往時は、狭野姫にも比肩できる美貌を誇っていたに違いない。外貌でなく、心の清澄が表皮に現れた、というのが百襲姫の美しさだ。清らかな水源にしか棲息しない魚や鳥がいるように、清らかな心地にしか、呪能の源たる精霊は息づかない。
百襲姫は再び瞼を閉じた。そうすると彼女の気配は、まるで星明りの幽さとなった。関与はしないが、見守っている。そう理解した入彦は、静黙を保っている狭野姫に向き直った。
「御身とこのように二人だけで話をするのは、あのとき以来のことですね」
狭野姫も百襲姫の存意を察している。あのときとは、磐余砦での攻防のさなか、鳥見山中の清らかな泉で二人が出会ったときを言っている。もちろん、そのときの光景を入彦は忘れたことはない。
「あのとき、私が剣を止めなければ、今日の明上の憂いはなかったのでしょうか」
そういう問いかけを、入彦はした。磐余砦の攻防で、狭野姫の放った矢に父の命を貫かれた入彦は、彼女に邂逅したとき、怒りに突き動かされて剣を交え、あと一振りで狭野姫の命を断てるところへ追い込んだのだ。しかし剣は誰の命も絶たず、二人の新たな道を切り開いた。
「確かにわたくしは今、悩み、苦しんでいます。ですが、今のこの時をわたくしはとても麗しいとも思うのです」
狭野姫のその気持ちは、入彦にもわかる気がした。入彦とて、あの日の夕景を忘れたことはなく、心を繋いだ感触が今も残る胸の内で狭野姫を描くとき、既に何にも代え難い愛しい人を持つ事実への背反に悩むとともに、この山門で唯一人抱くことのできるこの苦悩への悦びが密かにある。
「入彦、磯城の県主殿よ、わたくしは御身を想い、慕っております」
真っ直ぐに狭野姫は伝えた。彼女の性格に逡巡や韜晦はないが、狭野姫の告白には、性情に拠るだけでない辛さがある。狭野姫には、想いを、ただ伝えることしか許されないのだ。
「美茉姫は、御身の幼馴染と聞きました。とても羨ましく思います。わたくしが、もしも御身のそばに生まれていたなら」
狭野姫には、その先の言葉は虚しさをいや増すだけという自覚がある。
「わたくしは天孫の氏上、新たな山門主である磐余彦、御稜威なる御霊の巫。それは自らそうあらんと願ったこと。この身を神妻として捧げることに否やのあろうはずはありません。それでも時おり、御身を想うことが、わたくしの悦びなのです」
想いを伝えきった狭野姫が長い睫毛を伏せると、清らかな滴が灯火の僅かな明かりに輝きながら、彼女の白い頬をつたった。
そのとき、入彦の心魂を突き動かそうとした衝動を、どう表現すればよいのだろうか。何もかもをかなぐり捨ててでも掴み取りたくなる甘露滴らす果実。はるか神代から存在し、ときどきの人と文化と歴史を消し去り、山門にも大厄災をもたらしたあの剋軸香果実が放つ甘い香りと、何かが共通しているのかもしれない。
だが、入彦は、その衝動を耐えきった。
「そのことをお伝えくださるために、わざわざお越しいただいたのですか」
入彦は、わざとそういう言い方をした。言葉で突き放さなければ、狭野姫の儚げな肩を抱きしめてしまいそうだった。
狭野姫は言葉の内容ほど冷たくはない入彦の声を心地に沁み込ませてから、ほのかに微笑んだ。
「やはり、あまりもてなされてはおらぬようです」
そんな言葉を返しつつ、狭野姫は自分の何かが安堵したことを自覚した。伝えずにはおれなかった自分の心情が、入彦の円満な家族、平穏な磯城族をもしや乱しはしないかと怖れていた。乱れてほしいと願う心も実はどこかに潜んでいたが、入彦は見事にその不埒な願いを跳ね除けた。生あるものも、霊なるものも、何者をも魅了してきた自身への過信を、狭野姫は笑ったのだ。
狭野姫は、魑魅魍魎が何処に潜むか知れない夜道を冒して入彦に会いに来たその結果に満足した。入彦の態度はすげないものだったが、自分の心情がしっかりと伝わった感触がある。心の深密なところでしっかりと汲み取った上での入彦の返答なのだ。やはり、心は繋がっている。それたけで十分ではないか。
「もちろん、それだけのために罷り越したわけではありません」
そう言った狭野姫の花顔は、すでに甘酸っぱい恋心を抱く乙女のものではなかった。濡れた睫毛を開いた明眸には、山門に新時代を切り開いた為政者の粛みがあった。
「実は、どうしても県主殿のお力をお貸し願いたいのです」
その訳を聞いた入彦は、把握していた以上に進行していた事態の重さと切迫に身震いし、狭野姫が歩まねばならない運命の道の過酷さを怨んだ。
卑弥呼という人物はとても有名ですが、この人物の名が登場するのは三国志の魏志東夷伝の中の倭人の条であり、日本書紀や古事記、先代旧事本紀などの日本の書物には記載されていません。
邪馬台国や狗奴国などもそうですが、中華思想には周囲の国や民族に蔑称を付け、言葉の音に悪事を当てるという風習があったようです。卑弥呼も当然その風習によって元の語音が悪意に変換された可能性があります。
では卑弥呼の元の語音は何であったのかというと、日御子であったのではないかという説があります。ところが、日御子もまた、古代日本の文献には登場しません。最も近いのは、日嗣の御子です。魏の時代に大陸に渡った倭人が、彼女を日嗣の御子、もしくは一部を略して日御子と伝えた可能性はあると思います。
さて、では日嗣の御子とは誰を指しているのかといえば、まだ明確に比定された人物はいないようです。
有力者の一人として挙げられているのが、倭迹迹日百襲姫命と呼ばれる古代日本の皇族です。この人は第七代孝霊天皇の皇女で、大物主との神婚や箸墓古墳の伝承など、神秘的な巫女として記紀に描かれています。記紀に記載された内容では、もっとも卑弥呼的な要素を備えた人物ですが、いわゆる魏志倭人伝にあるような鬼道に仕える統治者としてのイメージはありません。彼女の異母兄又は異母弟が第八代孝元天皇となるわけですが、大陸に渡った倭人は、巫女を統治者と、孝元天皇を巫女を援ける男弟と紹介したのでしょうか。当時の倭人の通念を理解するのは難しいですが、すこし無理筋の話のように思えます。統治者はあくまでも孝元天皇で、彼に神意を伝える巫女として女姉がいると紹介するのが自然のような気がします。
ところで、百襲姫も一人の女性に比定されているわけではなく、倭迹速神浅茅原目妙姫や倭迹迹姫命も同一人物ではないかという説があります。
百襲姫という名前は、特定の個人名ではなく、巫女の長たる地位にあった優れた呪能の持ち主に冠された名跡だったのではないでしょうか。古典芸能などでみられる父兄、師匠その他先人の名が襲名されるイメージです。まさに百代に渡って襲名される姫という意味だったのではないかと想像して、このお話の中に組み込んでみました。




