山門編-初国知らす王の章(15)-騒ぎ立つ木の葉(7)
<これまでのあらすじ>
俳優の少年と黒衣の少女、そして多くの人の活躍と犠牲で厄災を乗り越えた山門は、天孫族を中心とした諸族の新たな秩序を整えていた。
橿原に宮を築いた天孫の磐余彦狭野姫は、磯城族の入彦に特別な想いを抱き、そのことが天孫族に軋轢を生む。
権力の奪取をもくろむ葛城族の太忍は、悪謀を巡らせるが、入彦の三人の子供たちに阻まれる。
狭野姫の秘かな想いは日毎に大きくなり、彼女を支え続けてきた手研の諫言さえも顧みなくなる。そんな折、狭野姫は纏向への遷都を宣言する。諸族は紛糾し、それを好機と捉えた太忍は、遷都の吉凶を天神地祇と祖霊に問うためと称し、誓約の馳射の開催を提案する。太忍は馳射の馬合わせで天孫族の軋轢をさらに大きくするべく策を仕込む。入彦の子の豊城彦も悪知恵を働かせ、磯城族の騎手として馬合わせへ出場する。
馬合わせでは手研と入彦が共に重傷を負い、天孫族と磯城族がいがみ合いかねない事件が生じる。それは太忍の仕込んだ策によるものだったが、思いもよらぬ被害が波及し、太忍自身の身も危うくなる。身を挺して太忍を守ったのは、彼が歯牙にもかけてこなかった庶子の剣根だった。
馬合わせは天孫族、磯城族を中核とした日輪組の勝利に終わる。狭野姫は斎戒沐浴し、誓約の神託を待つ。清涼な朝の御霊屋で狭野姫に下された結果は、凶だった。
山門の天神地祇や天孫族の祖霊から裏切られた思いの狭野姫は、橿原宮を抜け、想いを寄せる入彦と共に新しい天地を創造すべく、纏向に向かう。その道の途中で待っていた手研は、狭野姫に決別の辞とも受け取れる言葉を贈った。
≪是非ご一読ください。ご感想、ご評価をいただけましたら幸いです。≫
<人物紹介>
豊城彦
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。自由奔放。
豊鍬姫
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。呪能に秀でる。
入彦
磯城族の氏上。厄災を乗り越え、一角の人物に成長する。磯城の県主。
美茉姫
入彦の妻。明るい美しさの女性。淑やかであり、闊達でもある。
活人
入彦と美茉姫の子。引っ込み思案で臆病者だが、やるときはやる。いつも兄と姉に翻弄される。
大彦
入彦の伯父で舅。怪力無双。豪放な性格だが、娘の美茉姫には頭が上がらない。
石飛
磯城族の青年。入彦の舎人。
百襲姫
磯城族の斎宮。入彦の大伯母。呪能は無尽蔵。
翠雨
入彦の愛馬。御統の友人。濡れたような深い青色の毛並み。
如虎
黒豹。豊の友人。厄災後は、磯城の三輪山の森の中で静かに暮らしている。
狭野姫
天孫族の氏上。兄から天津彦を継ぐ。今は磐余彦を号している。超絶美女だが、乱暴でわがまま。入彦を慕っている。
手研
狭野姫の年上の甥。常に狭野姫を支えている。狭野姫が唯一甘える人物。
珍彦
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
道臣
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
吾曽利
天孫族の有力者。狭野姫に不満を抱いている。
太忍
葛城族の氏上。山門の権力掌握をもくろむ。
剣根
太忍の庶子。自分と母を棄てたも同然の父を見返そうとしている。
天津彦五瀬とは何者か。そう問う人がいたとしたら、
「天津彦五瀬は、天孫の真秀場を切り拓けとの高天原の言依さしを受けた建御子である」
と、全ての天孫族が誇らしげに答えることだろう。
では、その建御子の跡を継ぐ者は誰か、と問われたなら、天孫族の答えは決して一つはない。
現実に天津彦五瀬は、孔舎衛坂での山門との戦いで、大日の矢を受けて亡くなった。
五瀬の遺志を継いだのが、妹の狭野姫だ。
天孫族が五瀬を失い、存亡の危機にあったあの時点では、祖霊の依代となったような狭野姫の神々しさは、天津彦を継ぐ者として最適であった。現に彼女は、流亡の集団と成り果てかねなかった天孫族を、真秀場にまで導いた。筑紫の日向で、強盛な他族の圧迫に苦しんでいた日々とは雲泥の境遇を、天孫族は手に入れた。
その狭野姫の実績から、五瀬の後継者として立った狭野姫の正当性を疑問視する声はごく密やかだったが、彼女が神々しさを失い、理性よりも感情を優先させる一人の女人となったのであれば、その密かな声が響きを大きくする。
五瀬には妻が二人いる。天津彦を号する前、日向で娶った最初の妻が吾平津媛だ。彼女は、残留を望む高千穂族を守るため、日向に残った。
五瀬が山門に向かう途上で二人目の妻に迎えたのが、強大な力を持つ出雲族の女の五十鈴媛だ。二人の結婚はいわば政略結婚であったが、五瀬は五十鈴媛を、その出身である出雲族の強大さを考慮して、正妻とした。しかし五瀬は、五十鈴媛を丁重に扱ったが、二人の間に子は生まれなかった。
五瀬の血を引く子はただ一人であり、吾平津媛の生んだ子供である。
その子にこそ、五瀬の跡を継ぐ資格があるとする声は、日々強さを増している。
その声の発せられる源が、吾平津媛の兄である吾曽利の口であり、その子こそが手研である。
吾曽利は、なにも狭野姫への叛心を抱いているわけではない。五瀬が東征に旅立ったときには、義弟の勇ましさに共感し、狭野姫が立ったときには彼女の神々しさと霊知に心酔した。だが、その狭野姫が神通力を失ったとすれば、天孫族の血統を正統に戻す必要がある。それはひとえに、天孫族を心から思っての吾曽利の信念だった。
その信念を、吾曽利は手研に伝えた。
「日女が纏向へいらっしゃるのであれば、いらっしゃればよい。天孫は、御身こそが治められるべきだ」
吾曽利は手研にそう囁いた。さらに、天孫族の多くは橿原に留まることを求めており、族人の大半を手研の下に取りまとめることも請け負った。吾曽利は自分の提案に権力への志向が含まれていないことを証明するために、手研の統治が安定すれば、自身は山門を去り、故郷の日向に戻っても良いと言った。
山門を去るという言葉は方便だろうが、それでも吾曽利の提案が天孫族を思ってのことであると、手研には分かっている。しかしどのような大義があろうとも、その提案に乗ることは、狭野姫への裏切りとなる。
手研は吾曽利を拒絶した。だが諦めない吾曽利が去り際に残した言葉が、手研を悩ませた。
「天孫族の一部には、狭野姫を惑わす磯城族の入彦を憎む者がおり、その憎悪が暴力へと向かいつつある」
その言葉が、吾曽利のはったりでなく事実であることを、手研も掴んでいた。
新生山門はまだ地盤が固まりきっていない。そんなときに天孫族が磯城族を伐てば、権力奪取を狙っている葛城族などが他族の不安を煽り、山門は収拾のつかない争乱に陥るだろう。
手研は人知れず苦悩した。そしてある決意を固めた。その決意を伝えた、援助を求めるために、盟友二人を招いたのだ。
この頃、手研の邸は、橿原宮がある畝火山の尾根の一つが西北に伸びる辺の丘にあった。
久闊を除したあと、手研は房に酒と膳を運ばせた。宵口の青黒さが牖から差し込む房だ。
「日女さまにはずいぶん手を焼かされたが、我が子を育てておると、ふと日女さまがお手柔らかであったように思える」
珍彦は昔を偲ぶ目をした。彼の赤子は昼も夜も容赦なく泣いて、珍彦を困らせるのだ。それを思えば、狭野姫は聞き分けが良かったようにすら思える。珍彦と道臣はそれぞれ妻を迎え、一家を成していたが、手研は独り身のままだ。
「むかしは、日女さまと口にするたびに、汝は怯えて辺りを見回しておったな」
道臣がそう言って珍彦をからかうと、朗らかな笑いが生じた。
「笑ってばかりもおれぬ話を、近頃、耳にする」
笑いを収めた顔を、道臣は手研に向けた。
「そう、それよ」
手研は、土器を床へ置き、吾曽利からもたらされた話を二人に聞かせた。手研が独自に調べた情報も織り交ぜている。
孤高を気取るあまりに時世の路傍人になっていた天孫族は、一躍して時代の主役となった磯城族を妬むあまり、磯城の県主である入彦の瑞籬邑を襲撃する計画を立てている。入彦を殺害した後は纏向の新邑を打ち壊し、そこの斎宮に籠もっているはずの狭野姫を橿原宮に連れ戻そうというのだ。もしも狭野姫が橿原宮への帰還を拒否する場合、彼女を天孫族の裏切り者として重罰を加えようと言い出すほどに、天孫族の怒りは噴火寸前だ。
「痴れ者らめが」
珍彦は手研の語りの中の天孫族に罵声を浴びせたが、道臣には多少の同情がなくもない。狭野姫として信愛し、天津彦として敬仰してきた一族の指導者が、いつのまにか他族の崇拝を受けるようになり、号を磐余彦へと替え、あまつさえ時代の主導権を他族の指導者に譲ろうとしている。天孫族の口惜しさ、無念さが、狭野姫を裏切り者とする妄想へと転じることに、道臣は矛盾を感じない。妻を奪われた男が、妻をも恨む心情に似ている。
「寄るべは、鉄か」
道臣の指摘に、手研は頷いた。狭野姫を失いつつある今、天孫族が誇れるものは鉄しかない。
山門に普及する金属器は、その使途は主に祭器であり、銅器が主流である。狩猟には、いまだに石器を使用している族もある。
鉄は強力な武器となる。摩滅寸前だった天孫族が息を吹き返し、山門を制することができたのも鉄の力による。初代天津彦の五瀬が吾平津媛への愛情を呑みこんで五十鈴媛を正妻に迎えたのも、彼女の出身である出雲の蹈鞴製鉄集団の後援を期待してのことだ。五十鈴媛は橿原宮に、製鉄技術者集団を招き寄せている。
狭野姫という霊威を失っても、鉄という実利がある。そのことが、天孫族の妄想を逞しくしている。
「それで、汝はどうするつもりだ。まさか、痴れ者共に快く担がれようというわけではあるまいな」
珍彦の目つきと語気が鋭くなった。その鋭さを真正面で受け止めた手研は、
「かつて吾ら三人、最後まで狭野姫様をお守りしようと誓い合った。吾は、その誓いの言葉通りのことをするつもりだ。今宵、二人を招いたのは、頼みがあるからだ」
「頼みとは」
二つの顔が手研に迫った。
「いずれ事が起こるが、二人は何が起ころうと動かず、山門の重しとなって見守っていてくれ。そして、末つ方まで日女さまに忠心を捧げてもらいたい」
道臣は橿原宮の警備責任者たる靫上であるし、珍彦は倭国造だ。この二人が山門の重鎮であり。道臣と珍彦とが静黙しているかぎり、何事が出来したとしても、山門諸族の動揺は最低限に抑えられる。
「それは頼まれるまでもないが、汝、いったい何をしようというのだ」
珍彦は、声に不安をにじませた。奸曲とは全く無縁で、直心を持つこの盟友が、誰も手出しのできない覚悟を決めてしまっているような気がしたからだ。
「天孫族の不始末を、天孫族の人間が片付けるのよ」
手研は淡然とそう言って、酒を口に運んだ。その態度に、道臣も手研の覚悟を感じ取った。
「おおかた、日女さまの感謝を、独り占めにするつもりであろうよ」
道臣なりの、はなむけの言葉である。
「そこはそれ、役得というものよ」
手研は朗らかに笑った。
場は、そのあと酒宴となった。朗らかな笑い声が、夜明けまで続いた。
朝が白白と明け、珍彦と道臣は手研邸でひと眠りしてから、それぞれの帰路についた。
盟友二人を見送った手研は、その足である人を訪れた。
山門は細流の多い土地だが、その流れの一つに狭井川がある。春日山に源流を持ち、西に流れて、やがて初瀬川に注ぐ流れだ。
川のほとりは、葦原に笹百合の淡い桃色の花が咲きほこっている。そこに一軒の家屋が建っている。粗末とまではいえないが、何事も主張せず、静かに風景に溶けた姿をしている。
手研がその風景を視界に収めたとき、夕景色だった。葦の穂が朱い細波をたて、家屋の屋根を葺いた白茅も、紅い雫を垂れているようだった。
その家の主は、仕女たちと夕餉の支度に取り掛かっていた。その場の陽気なざわめきが、家主の性格を現している。
手研は、その家の門前に立った。案内を請うてしばらく佇むと、上品な物腰の女性が手研を出迎えた。
「手研殿のお越しとは、あな珍し」
女性は笑顔にも気品が溢れている。
「にわかな訪ないをお許しください」
手研は礼儀正しく頭を垂れた。
「なんの、構いませぬ。手研殿は、我が子ではありませぬか」
袂で口元をおおって笑う女性の仕草には、母とは呼び難い色香が立っている。
手研は二人の女性と奇妙な親族関係にある。狭野姫は年下の叔母であり、親子ほどの年の差がある。一方、五十鈴媛は手研にとって継母となるが、同年代の女性だ。瑞々しさと成熟の違いはあるが、狭野姫と五十鈴媛に共通しているのは、魅惑的な美しさを備えているということだ。その二人の女性の最も近くにいながら、どちらへも特別の感情を抱くことを禁じられているのが手研である。
間柄でなく距離的な感覚でいえば、手研は五十鈴媛のそばにいたわけではない。
五十鈴媛は出雲から五瀬に嫁ぎ、五瀬が斃れてからも天孫族を離れなかった。嫁いだ以上、身も心も天孫族になりきるというのが彼女の覚悟であり、政略結婚であったとはいえ、五十鈴媛は五瀬の男振りに確かに惹かれた。
夫という後ろ盾を失った後妻は立場が弱いものだが、それでもひとときの五瀬との契を忘れず、それに殉じようとする彼女のいじらしさに、手研は心を打たれた。
五十鈴媛は、手研にとっては生母の吾平津媛を側室においやり、手研自身から嫡子の資格を奪った女性であるが、手研は実の母親同然に五十鈴媛に仕えた。
とはいえ、嫡子を得る前に夫に先立たれ、結果として後継が狭野姫に流れている現状では、橿原宮が五十鈴媛にとって居心地の良い場所であるはずはない。しかも天孫族の中の少なくない集団は、正妻の地位を失った吾平津媛の兄である吾曽利を中心に結束している。彼らの白眼視から継母を護るため、手研は橿原宮から離れたところ、狭井川のほとりに、彼女のための家屋を建てた。
「そういえば、手研殿と御膳を共にしたことはございませんね。親子ですのに、おかしなこと」
五十鈴媛は、またころころと笑った。
初めて五十鈴媛に会った時、彼女はどちらかといえば淑やかな印象があった。知る人のない他族の中に入ったのだから緊張はもちろんあっただろうが、継母の笑顔とはそれほど触れ合っていなかった手研には、今夕の五十鈴媛の快活さは意外のことだった。山門の土壌と気候が、五十鈴媛には合っていたのかもしれない。
ところで、五十鈴媛が、我が子、親子という言葉を口にするたびに、手研は継母の無意識の警鐘を聴くような気がして、内心で苦笑した。継母とはいえ女盛りの未亡人の家に、壮年の男が訪ねる光景は、確かに淫を連想させる。そのうえ、今夕に手研が継母宅を訪れた目的が、その淫とまったく関係がないわけでもないことに、手研は自虐を覚えた。ただし、彼の全身は清気に満たされており、これから継母に告白しようとする行動に背徳感はない。
「珍味とてございませぬが、どうぞお入りください」
五十鈴媛は手を叩いて仕女を呼ぶと、客人の食膳を用意するよう命じた。
灯りが二つ灯った房で、手研と五十鈴媛は食膳を挟んだ。それほど広い家屋ではないが、それでも奥まった房である。いつもはもっと表に近いところで仕女たちと賑やかに食事を摂るのだが、今夕は手研の心中を汲んで、五十鈴媛はあえて噂の立ちそうな場面を用意した。
食事中は、お互いに当り障りのない話を交わした。食事が終わり、五十鈴媛が手研の土器に一夜酒を注ぐと、それを一飲みに干した手研は、土器を膝元に置いて、真摯なまなざしを五十鈴媛に向けた。
「折り入ってのお話があります」
「どうぞ、おっしゃってください」
ただのご機嫌伺いに来るような人物ではないことを五十鈴媛は知っていたが、手研の申出は彼女の想像を超えていた。
「あなたを、妻としたいのです」
婉曲を用いず、手研ははっきりと言った。この時代、貴人の間では、父の後妻を子が娶ることは禁忌でなく、顰蹙を買うほど珍しいことでもないが、それでも五十鈴媛は目を丸くした。しかし、淫事や破廉恥とは無縁のところにいる手研が五十鈴媛を見つめる眼差しには誠実さがある。
「あら」
そう言って小首を傾げた五十鈴媛は、
(五瀬様と同じ目をしていらっしゃること)
それだけを想って、手研の妻問いを受けることにした。
笹百合という白桃色の花は、日本特産の花で、山百合とも呼ばれます。
「荘厳」「上品」の花言葉を持ち、古くは狭韋とも呼ばれていました。その狭韋が辺に咲き揺れていた川が狭井川です。
奈良県奈良市にある率川神社の三枝祭は、酒樽に笹百合を飾る神事ですが、その起源となったのが、狭井川の辺に暮らし、笹百合を愛した五十鈴姫です。
日本書紀や古事記では、手研耳命は継母である五十鈴媛命を妻とし、仁義に悖る者として、その反逆の物語が記されていますが、真相はどうだったのでしょうか。
以前に大和古道の一つである山辺の道を歩いた時はうっかりと見落としていましたが、次回は忘れずに散策したいと思います。きっと川辺には、笹百合が揺れ、万葉の風が吹いていることでしょう。




