山門編-初国知らす王の章(14)-騒ぎ立つ木の葉(6)
<これまでのあらすじ>
俳優の少年と黒衣の少女、そして多くの人の活躍と犠牲で厄災を乗り越えた山門は、天孫族を中心とした諸族の新たな秩序を整えていた。
橿原に宮を築いた天孫の磐余彦狭野姫は、磯城族の入彦に特別な想いを抱き、そのことが天孫族に軋轢を生む。
権力の奪取をもくろむ葛城族の太忍は、悪謀を巡らせるが、それを阻んだのは入彦の三人の子供たちだった。
狭野姫の秘かな想いは日毎に大きくなり、彼女を支え続けてきた手研の諫言さえも顧みなくなる。そんな折、狭野姫は纏向への遷都を宣言する。諸族は紛糾し、遷都の吉凶を天神地祇と祖霊に問うため、誓約の馳射が開催されることになった。入彦の子の豊城彦は悪知恵を働かせ、念願の誓約の馬合わせへ出場する。
馬合わせは日輪組の勝利に終わり、権道を旨としてきた太忍は、自分の楯となって傷ついた剣根を見て秘めていた想いに気づく。狭野姫は斎戒沐浴し、誓約の神託を待つ。清涼な朝の御霊屋で狭野姫に下された結果は、凶だった。
≪是非ご一読ください。ご感想、ご評価をいただけましたら幸いです。≫
<人物紹介>
豊城彦
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。自由奔放。
豊鍬姫
俳優の少年・御統と黒衣の少女・豊の生まれ変わり。入彦を父として育つ。呪能に秀でる。
入彦
磯城族の氏上。厄災を乗り越え、一角の人物に成長する。磯城の県主。
美茉姫
入彦の妻。明るい美しさの女性。淑やかであり、闊達でもある。
活人
入彦と美茉姫の子。引っ込み思案で臆病者だが、やるときはやる。いつも兄と姉に翻弄される。
大彦
入彦の伯父で舅。怪力無双。豪放な性格だが、娘の美茉姫には頭が上がらない。
石飛
磯城族の青年。入彦の舎人。
百襲姫
磯城族の斎宮。入彦の大伯母。呪能は無尽蔵。
翠雨
入彦の愛馬。御統の友人。濡れたような深い青色の毛並み。
如虎
黒豹。豊の友人。厄災後は、磯城の三輪山の森の中で静かに暮らしている。
狭野姫
天孫族の氏上。兄から天津彦を継ぐ。今は磐余彦を号している。超絶美女だが、乱暴でわがまま。入彦を慕っている。
手研
狭野姫の年上の甥。常に狭野姫を支えている。狭野姫が唯一甘える人物。
珍彦
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
道臣
狭野姫の忠臣。手研の盟友。
吾曽利
天孫族の有力者。狭野姫に不満を抱いている。
太忍
葛城族の氏上。山門の権力掌握をもくろむ。
剣根
太忍の庶子。自分と母を棄てたも同然の父を見返そうとしている。
夜は更けている。
虫の音と燭台の炎の揺れる音とが聞こえる。そのほかには、ただ胸の動機だけがあった。
狭野姫は旅装だ。彼女の美しさの添え物にすぎない花衣は脱ぎ捨てている。艶やかな髪は一つにまとめて馬の尾のように後ろに垂らしている。床に端座する膝の前には、真金の鏡と韴霊剣が横たえられている。
真金の鏡に秘められた霊体は、ずいぶん長い間、湖面のような鏡面の下に封じられたままだ。日神の使いと言われる白烏の日霊は、主人の命を受けることなく、静かに眠っている。
孔舎衛坂での山門との戦い、八剣山を信奉する諸族との戦い、磐余での磯城族との戦い。それらの困難を、日霊と共に大暴れすることで乗り切ってきた。それらの日々は誇りとなったが、失ったものもある。
人から、日女と呼ばれる度に、
「吾は日子である」
と、建御子の任侠を気取ってきた。真秀場を目指す天孫族の先頭に立ち、彼らを豊葦瑞穂原へと導いた。
今や山門主と崇められ、山門の祭祀を取り仕切り、多くの族が彼女に服っている。
しかし栄光に包まれた現実に比べて、この胸の虚ろさはなんであろうか。
なにかが足りない。なにかが狭野姫を渇望させる。
その何かが、何であるのかを狭野姫は知っている。それは、この橿原宮にいては、決して得られないものだ。
確かに狭野姫は真秀場にたどり着いた。しかしそこにたどり着いて初めて、本当に目指している場所がそこではないと気づいた。
もっと高みを、狭野姫の心は希求している。それは決して一人でたどり着けるものではなく、自分以上にそこを目指している者と共でなくてはならない。それが入彦であると、狭野姫は直感している。
狭野姫は決然と立ち上がった。自ら歩かねば、求める場所にたどり着けないことを彼女は知っている。
亡兄の五瀬が起たなければ、高千穂族は天孫族を号することなく、日向で、周囲の強盛な族に圧迫され、明日に不安を持ち続けるだけの怯者となっていただろう。
狭野姫は剣を背に負い、鏡を腰帯に提げた。
橿原宮を出ることを、手研には告げていない。反対され、教諭され、言い負かされることは目に見えている。誰よりも狭野姫を案じる人の言葉に抗うことはできない。
「ねらしよとひ」
倒語を呟いて、誰にも告げず、狭野姫は夜の野外に出た。彼女には多くの巫や仕女が付いているが、瞑想を理由に遠ざけている。なお、倒語は言葉を逆さに出すことによって災いを祓う呪言だ。狭野姫は、人よ知らね、つまり誰にも見つからないと祈ったのだ。
ただ一人で夜の野に出るのは、八剣山で丹敷族から逃れて以来のことだ。あのときは、手研や道臣、珍彦たちと再び会えることを信じて心細さに打ち勝った。目指す纏向にはすでに珍彦がいるし、手研も道臣も、狭野姫が纏向にいると知れば、結局やってくるにちがいない。
夜の野に、どのような魑魅魍魎や穢れがあるかしれないが、丹敷族の矛や矢に追われたときほどの危険はあるまい。韴霊剣と真金の鏡があれば、大方の脅威から逃れられる。
夜の葦原は、ただ星の灯が降るばかり。上弦に向かう月は、すでに沈んでいる。あとひと月もすれば、地には蛍の灯りが飛び交うだろうが、今は無明の原だ。
そのはずなのに、灯りがひとつある。
密かに橿原宮を抜けようとする者にとって、その灯りは避けるべきものだろうが、狭野姫はそうしてはならないと直感した。
「日女さま」
手研が燈火を手にして立っていた。その明るさの中に入ることを狭野姫はためらった。橿原宮を黙って抜け出ようとした罪悪感がある。
「なぜここを通るとわかったのですか」
狭野姫にとっては不思議だったが、手研は特別な呪術を使ったわけではない。
「仕えの巫を何度か纏向に遣わしましたね。纏向の仕上がり具合を確かめさせたのでしょうが、呼見させたのでございましょう」
呼見は呪いや穢れを祓い清めることだ。呪能を秘めた巫の目で見つめることで、道を清めるのだ。いくら無鉄砲な狭野姫といえど、清めていない夜の道を行くわけはない。
「この夜に通るとわかったのは?」
「誓約の占形が示されてから、宮の内では日女さまは私を避けておられました。日女さまとお話をするには、この道をお通りされるときしかないと考えたのです。この夜にお会いできたのは幸いのことであり、幾夜かかろうとも、ここでお待ち申し上げるつもりでございました」
手研の口振りは円やかである。その円やかさが狭野姫には苦痛だった。もっと舌鋒鋭く責めつけて欲しかった。感情に感情をぶつけるのなら打ち勝つ自信はある。言葉を愛情で包まれたなら、狭野姫は自分が幼稚で惨めに思えてしまう。
「わたくしは纏向にまいりますよ」
毅然として言い放ったつもりの狭野姫だったが、手研の目には、甘えん坊の強情と映った。燈火の明るさが、狭野姫と共に過ごした歳月の明るさに重なった。
「わかっております。日女さまは天孫、地に結わえておくわけにはまいりません。どうか思うがままに生きなさい。建御子はそうあるべきです」
自由奔放に生きてこそ、天神地祇を魅了する狭野姫の美しさは際立つ。そうしてこそ、狭野姫は日輪のように、山門を、豊秋津島全土を燦燦と照らすのだ。橿原などのこの世の片隅に縛り付けることなど、もともと天理に反する人の愚かさにすぎないのだ。
やはり手研は自分を知ってくれている。その喜びは狭野姫の心に灯ったが、その明るさは彼女の顔色の不安を消す強さを持たなかった。手研の言振りは、まるで別れのようではないか。
「御身も来てくれますね?今はかなわぬとも」
すがるような瞳で、狭野姫は手研を見つめた。
「私は地をゆく者です。橿原を離れることはできません」
「何故ですか。あなたも日向を離れたではないですか。わたくしが天孫なのだとしたら、御身もそうでしょう。大兄五瀬の血汐は、あなたにも流れているのですよ」
襁褓に包まれていたときから、この年長の甥の温もりを知っていた。いつも側にいてくれた。いつも味方だった。狭野姫と手研とが別々の道をゆくなど、二人の歳月が許さない。
「そうですね。では、いつか日女さまのところへ参ると誓いましょう」
「真ですね」
「真でございます」
手研は微笑んだ。
日向を出立したときと、今は事情と立場が異なる。あのときは、天津彦五瀬の大志に従った一人に過ぎなかった。だが今は橿原に暮らす人々に責任を持つ立場だ。もちろん狭野姫もその責任者だが、その足枷で彼女の日輪の光を翳らせてはならない。それに、いつか狭野姫のもとへ行くという言葉は、手研の本心でもある。
「さぁ、もうおゆきなさい。もう宮では日女さまがおられぬことに気づいておりましょう」
手研は狭野姫を促した。そうしなければ、愛おしさのあまり抱きしめてしまいそうだった。
「かならず来てくださいね」
不安を払拭できない狭野姫は、祈るようにそう言い置いて、手研の持つ燈火の明るさの中を過ぎて、夜の野に歩いていった。
一度だけ振り返った狭野姫は、見送る手研がいる小さな明るさの向こうに、橿原宮に灯る大きな灯りを見た。
「天の皇の御子のゆく道よ、どこまでも平ぎ、どこまでも清らかであれ」
狭野姫が歩いてゆく夜の野道を、手研は言霊の灯りで照らそうとした。
手研に子はないが、子の巣立ちを迎えた親の心に触れたような気がした。しかしその感情以上に強く叫びだそうとする声を、手研は懸命に心の奥室へと押しやった。
この夜から、天孫族は光を失うことになる。
夜の野に沈んだ狭野姫の姿が、纏向近くで再び浮かび上がったのは、翌朝の日の出の頃だ。粗衣に身を包んでいても、狭野姫は、その素肌が光り輝く。纏向は、その近郊に、西から昇った日輪を迎えたような光景となった。
この朝も、朝まだきから槌音を奏でていた纏向だが、責任者である珍彦は、地上に神が降りたという目撃者の報告を受けて、数名を従えて狭野姫の迎えに出た。
「出迎え、かたじけなく思います」
狭野姫の明眸に映る珍彦の態様に、驚きが少ない。それは、狭野姫の来邑を、彼があらかじめ予想していたことを表している。
「まずはお身を清められますように。禊の御舎はすでに設えています」
狭野姫であろうとも、野道を来た者は、そのままでは邑に入れない。珍彦が案内したのは、纏向川の辺に立てられた板屋だ。板壁も板屋根も、朝日を浴びて白々と輝いている。
纏向川は纏向邑の北西の山を源とし、南西に流れ、纏向邑の濠として一部を導かれつつ、初瀬川に注ぐ。
さて、禊を終えた狭野姫は、屋根を葺いたばかりの宮に入った。纏向邑での彼女の私室となる堂には、真新しい桧の薫りが充ちていた。
狭野姫は旅装を解き、彼女の肌に触れるに相応しい花衣に着替えた。必要な調度品はすべて揃っている。邑人はほぼ工人だが、彼らの驚きが少なかったことも、狭野姫には不可解だった。もちろんこの新しい邑が狭野姫の宮処となることを承知しているだろうが、先の誓約の馬合わせの占形が凶と出たことも知っているはずだ。それにも関わらず、予定されていたかのような待遇は、狭野姫にひとつの安心を与えた。
(やはり、手研はわたくしがここに遷ることを認めてくれていたのだ)
橿原宮の処置が済み次第、手研も道臣も、その他の移住希望者を引き連れて、ここに越してくるに違いない。珍彦を含めた三人で、すでに話し合いがなされていたのだろう。
そう楽観した狭野姫は、夜中一杯歩きどおしだった疲れがあって、床に就いてしまった。このとき見た夢は、彼女にとって、近頃もっとも安らかなものだった。
狭野姫が思ったとおり、手研と道臣、珍彦は、会談を持った。しかしその内容は、狭野姫が予想したよりもはるかに険しいものだった。
誓約の占形が凶であったことを知ると、手研はすみやかに道臣と珍彦を招いた。朝庭に集った諸族の大夫に占形を伝えたときの狭野姫の容態が、氷像のように無動を感じさせたからだ。彼女の静かさが、激しい行動の前触れであることは熟知している。山門の人々のなかでもっとも天神地祇に近いところにいながら、天神地祇な対してもっとも激しい感情を持っているのも狭野姫なのだ。だからこそ彼女の神楽は、どれほど修行を重ねた巫よりも、天神地祇の御霊を魅了する。天神地祇にさえ我儘を突きつけることで、天神地祇を味方につける術を知っている。
だが、その我儘は、人には天地を恐れぬ無道に映ることがある。
同じことを敏感に悟った道臣と珍彦は、すぐに手研の邸に集まった。
まず三人は久闊を叙した。朝庭で顔をあわせることはあったが、わたくしに時間を持ったことは久しぶりのことだ。狭野姫が熊野の名を与えた山門南方の山岳地帯を切り従えていた頃は、よく三人で火と酒を囲み、狭野姫を支え続けることを誓い合い、あの西の海の果の大真とも渡り合えるほどの名君にしようと気炎をあげたものだ。
それから幾らかときがすぎ、三人はそれぞれ違う立場で、狭野姫の股肱の臣となった。
「吾らの誓いを、よもや忘れてはおるまいな」
手研が水を向けると、鼻息を荒くしたのが珍彦だ。
「何を言うか。我が身の名を忘れても、吾らの誓いを忘れるはずはない」
3人の中で、最も狭野姫に心酔しているのは珍彦だろう。狭野姫は天神地祇にさえ我儘を通すが、彼は狭野姫の我儘を受け入れない天神地祇を殴り飛ばすに違いない。
珍彦は、高千穂族が天孫族を号し、日向の海岸を出立して間もなく、豊日の海の一族から天孫族に合流した。彼の一族は天孫族の航路を閉ざそうとしたが、珍彦がそれを取りなし、その功によって天孫族に加わることを許され、あまつさえ狭野姫の世話係に任じられた。利かん気が強く、天孫族では持て余すおてんばを、珍彦はまるで愛娘のように育んできた。その彼は、今は纏向邑造設の責任者となり、倭国造に任じられている。
手研が向けた水に、道臣は声なく笑っただけだったが、彼の心の奥にも、狭野姫への熱い愛情がある。
狭野姫が熊野の名を与えた地の名草族の氏上の子であった道臣は、もともと日臣を名乗っていた。日輪を崇拝していたからだ。丹敷族に追われていた狭野姫が八剣山の林藪に迷い、高倉と呼ばれる山深くの地で気を失っていたのを、日臣が助け、介抱した。日臣は、狭野姫をひと目見て日輪の化身であると全身で信じ、一族の宝剣であるふつのみたまの剣を捧げた。それだけでなく、狭野姫が真秀場を求めていることを知ると一族を挙げて臣従し、その道を切り拓くことを自らに課して、道臣と名を変えた。
その道臣は、靫上、つまり橿原宮の警備隊長に任じられている。
この二人がいれば、狭野姫が苦境に陥ることはないだろう。
手研その人は、磐余彦狭野姫の御言持に就いており、天孫族の実質的な氏上の立場にあった。だが、諸族を束ね、山門全土を運営していかなければならない手研は、天孫族だけを顧慮してはいられない。
天孫族を取りまとめているのは、有力者の吾曽利だ。彼は五瀬の最初の妻である吾平媛の兄であるから、手研にとっては伯父に当たる。
吾曽利も、狭野姫を日輪の化身として信奉する天孫族の一人だ。だが近頃その日輪は、山門の土着である磯城族の氏上に熱を上げている。日輪が地に降りれば、ただの女だ。であるならば、天孫族は名実共に、五瀬の正統継承者である手研が納めるべきだ。吾曽利は狭野姫をもちろん愛していたが、それ以上に甥を愛していた。
その吾曽利が、近頃、穏やかとはとても言えない提案を、手研のもとに運ぶようになった。
巻向は奈良県の三輪山の北西部一帯を指す地名です。日本書紀では、ここに垂仁天皇や景行天皇の宮が営まれていたと記されています。六つの古墳があり、纏向遺跡として、国の史跡に指定されています。最も著名な古墳は、箸墓古墳で、かの卑弥呼が葬られているのではないか、ということで、邪馬台国畿内説では邪馬台国の有力候補地とされています。
卑弥呼は中国の歴史書に記されている名前ですが、それは中国朝廷が辺境の民族を低く扱ういつもの手法で、邪馬台国の人々としては日御子であったのではないかと思います。邪馬台国という表記自体、そこに暮らす人々にとっては心外なものだったかもしれません。
ところで宮内庁では、箸墓古墳は第7代孝霊天皇の皇女の倭迹迹日百襲姫の墓と治定しています。ですが、実際に誰が眠っているかは、まだ特定されていません。
百襲姫が被葬者なのか、卑弥呼は百襲姫なのか、それとも日輪と崇められた他の人物なのか。
纒向遺跡は、面積3キロ平米ほどですか、そこから湧き出る古代ロマンは尽きることがありません。




