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山門編-初国知らす王の章(12)-騒ぎ立つ木の葉(4)

<これまでのあらすじ>


 俳優わざをきの少年と黒衣の少女、そして多くの人の活躍と犠牲で厄災まがごとを乗り越えた山門は、天孫族を中心とした諸族の新たな秩序を整えていた。


 橿原かしはらに宮を築いた天孫あめみま磐余彦狭野姫いわれひこさのひめは、磯城族の入彦に特別な想いを抱き、そのことが天孫族に軋轢を生む。


 権力の奪取をもくろむ葛城族の太忍ふとには、悪謀を巡らせるが、それを阻んだのは入彦の三人の子供たちだった。


 狭野姫の秘かな想いは日毎に大きくなり、彼女を支え続けてきた手研てぎしの諫言さえも顧みなくなる。そんな折、狭野姫は巻向まきむくへの遷都を宣言する。諸族は紛糾し、遷都の吉凶を天神地祇と祖霊に問うため、誓約うけひ馳射はやあてが開催されることになった。磯城族も騎手を選抜するが、入彦の子の豊城彦は選ばれず切歯扼腕し、悪知恵を働かせる。


 飛火野とびひの馬場ばばにおいて、誓約の馳射が始まる。馳射の騎手にうまく化けた豊城彦は、念願の誓約の馬合わせへの出場を果たすが…。


  ≪ご感想、ご評価を是非お願いします。≫



<人物紹介>


 豊城彦とよきひこ

 俳優わざをきの少年・御統みすまると黒衣の少女・とよの生まれ変わり。入彦を父として育つ。自由奔放。


 豊鍬姫とよすきひめ

 俳優わざをきの少年・御統みすまると黒衣の少女・とよの生まれ変わり。入彦を父として育つ。呪能に秀でる。


 入彦いりひこ

 磯城族の氏上このかみ厄災やくさいを乗り越え、一角の人物に成長する。磯城の県主あがたぬし


 美茉姫みまつひめ

 入彦の妻。明るい美しさの女性。しとやかであり、闊達でもある。


 活人いくめ

 入彦と美茉姫の子。引っ込み思案で臆病者だが、やるときはやる。いつも兄と姉に翻弄される。


 大彦おおひこ

 入彦の伯父で舅。怪力無双。豪放な性格だが、娘の美茉姫には頭が上がらない。


 石飛いわたか

 磯城族の青年。入彦の舎人とねり


 百襲姫ももそひめ

 磯城族の斎宮。入彦の大伯母。呪能は無尽蔵。


 翠雨あおさめ

 入彦の愛馬。御統の友人。濡れたような深い青色の毛並み。


 如虎にょこ

 黒豹。豊の友人。厄災後は、磯城の三輪山の森の中で静かに暮らしている。


 狭野姫さのひめ

 天孫族の氏上。兄から天津彦あまつひこを継ぐ。今は磐余彦いわれひこを号している。超絶美女だが、乱暴でわがまま。入彦を慕っている。


 手研たぎし

 狭野姫の年上の甥。常に狭野姫を支えている。狭野姫が唯一甘える人物。


 珍彦うずひこ

 狭野姫の忠臣。


 道臣みちのおみ

 狭野姫の忠臣。


 吾曽利あそり

 天孫族の有力者。狭野姫に不満を抱いている。


 太忍ふとに

 葛城族の氏上。山門の権力掌握をもくろむ。


 剣根つるぎね

 太忍の庶子。自分と母を棄てたも同然の父を見返そうとしている。




 豊城彦のどんぐり眼にきらりと光って見えたのは、その日の朝日でなく、飛矢の鏃だった。数人の春日族の騎手が構える弓の照準が、明らかに豊城彦を狙っている。彼らの矢が弦から放たれるまでのわずかの間に、入彦を乗せた翠雨が跳躍し、豊城彦の側に着地した。もちろん、豊鍬姫の化粧の呪いによって、豊城彦は彼本来の姿で入彦の目には映っていない。


 入彦が豊城彦の馬の尻を平手で叩くと、豊城彦の馬は驚いて前方に跳躍した。その残影を、飛矢が貫いた。入彦も翠雨のたてがみに身を伏せて、流れ矢を避けた。


「気を休めるのは、まだ早いぞ」


 豊城彦に馬を寄せた入彦は、険しい顔つきをふと緩めた。目の前のどこか危うい騎手は入彦が選んだ磯城族の若者に違いないが、気配に愛しさがある。見守り続けてきた者の感覚の目には、呪いに誤魔化されない確かさがある。


「よいか。両腿で馬の腹をしっかりと締めるのだ。手綱はなきものと心得よ。腿で馬を操るのだ」


 馬上で弓を射る者は、手綱を持たない不安を馬に伝えてはならない。両腿で馬の腹をしっかりと締めることで体勢を安定させ、馬も安心させなければならない。


 磯城族の騎手が入彦のもとに集まった。入彦は矢をつがえながら、


「吾が射るところを射よ」


 と、豊城彦に教示した。頷いた豊城彦はわずかに息を整えて矢を番えた。


「放て」


 十矢が春日族の一騎に向かって飛び、馬上から落とした。


「放て」


 入彦の号令で、次々と相手の騎手が落馬していく。


 豊城彦の馬が躍動し始めた。入彦と馬を並べ、衆目の晴れ舞台で見当する豊城彦を、活人は羨望の眼差しで見つめた。台からの落下防止の木柵を握りしめる。その小さな手に羨望以外の感情が宿っていることを感じた豊鍬姫は、彼女の手をそっと重ねた。


宿木やどりぎを負うても咲くは桑の花」


 そう詠って、豊鍬姫は優しい笑顔を活人に向けた。


「豊姉ぇ」


 豊鍬姫の思いやりが伝わった活人は、瞳を潤した。


 桑の樹は、枝に宿木の種を受け、養うことがある。宿木は桑の養分を受けて育つが、それでも桑の樹は、枝に桑の花実を実らせる。


 人の親というものは、ときに血の繋がりがなかったり、希薄だったりする子を大切にすることがあるが、それでも実の子を愛するものだ。豊鍬姫は、そのことを活人に教えた。


 桑の樹が入彦で、その花実が活人。豊城彦と豊鍬姫が宿木だ。入彦と美茉姫が実の父母でない豊鍬姫が、兄の豊城彦と自らとを宿木と喩えることに若干の痛みはあるが、そうしないことには、活人の心情に寄り添えないと、豊鍬姫は思った。


 血の繋がりはないが、姉の温かさに触れた活人は涙を袖で拭って、一生懸命に磯城族へ声援を送った。


 さて、馳射の馬合わせの大勢は、おおかた定まったように観衆には見えた。何しろ、日輪組の陣営から見た場合、右翼も左翼も優勢に進んでいる。太陰組は、両翼を傷つけられた鳥同然で、墜落は免れない。


 ところが太陰組の旗頭、葛城族の太忍は失望も落胆もしていなかった。


「さぁ、狩りはこれからぞ」


 馬合わせが今始まったかのような溌剌とした声で、太忍は麾下の騎手に号令を発した。


 ときを上げて応えたのは葛城族の騎手たちだ。彼らが太陰組の中核で、その数は日輪組の天孫族と同じ三十騎だ。彼らの気勢に応じて、登美族を失った右翼と、春日族を失った左翼が合流し、陣形を楔の形に変えた。いわゆる魚鱗だ。劣勢の中で、たちまち陣形を整えなおす太忍の旗鼓の才には確かなものがある。


 さらに太忍はこの馳射の馬合わせに、秘かに政治的な演出を忍ばせた。すなわち、登美族や春日族は、かつては山門の御言持を輩出したが、今は古さの象徴だ。その両族が早々に敗退し、葛城族が天孫族を突き破る。太忍の思い描いたとおりに馬場の情勢が展開すれば、観衆の心理に、新旧勢力の交代という意識を植え付けられるだろう。太忍にとって、天孫族すらもすでに時の利を失した古族に過ぎないのだ。


 手研は、相手の鮮やかな陣形変化に惑わされるような軽い性格をしていない。ここでも落ち着いて太陽が描かれた御旗を振り、右翼と左翼に意思を伝達して、魚鱗の太陰組を包囲殲滅しようとした。


 ところで太忍は、右翼、左翼、そして中央にそれぞれ三十騎を配し、残り十騎を遊撃としていた。その十騎は、太陰組の各族から選りすぐりの早馬の騎手たちだった。弓の腕は問わず、ただ馬を速く疾駆させられる能力だけを買われた騎手たちだ。その遊撃十騎がここで動き出した。彼らに与えられた役割は、ただ日輪組への陽動だ。率いるのは、太忍の落とし子である剣根だ。


 太陰組の遊撃十騎が、日輪組の左翼の外側を大きく回り込む形で馬場を疾駆した。その動きに日輪組の左翼は釣られ、右翼は背後に回り込まれまいと馬首を転じかけた。日輪組に一瞬の虚が生じ、そこを太忍の指揮する太陰組が猛烈に突いた。


 結局、中央通しの正面衝突となった。虚があっただけ、日輪組が押し込まれた。退勢を支えようと、太陰組の側面を衝くはずの右翼は天孫族に合流した。その流れに、磯城族を統率する入彦も抗えなかった。


 混戦となった。そしてその混戦から離れた位置にある太陰組の遊撃十騎。これが、太忍と剣根が示し合わせていた絵図だった。


 そもそもこの馳射の馬合わせは誓約うけひであり、天孫族の磐余彦狭野姫が言い出した巻向まきむくへの遷都の吉凶を図るものだった。占いの手法として馳射を提案したのが太忍その人であったにも関わらず、太忍は遷都の吉凶にも、馬合わせの勝敗にも関心がない。太忍が目指すものは、あくまで生まれ変わった山門の主導権だ。そして邪魔であるのは、天孫族と磯城族だ。この両族が結託すれば両目の上のたん瘤となるが、反目させることができれば視界は一気に開ける。見晴らしのよい山門の景色こそが、太忍の真の目的なのだ。


 誓約の馳射はいよいよ佳境となり、観衆の興奮も最高潮となった。馬場に降りた天神地祇も手に汗を握っているだろう。複雑な心境に一時染まった活人も、今は純粋に豊城彦と磯城族の騎手に声援を送っている。


 このとき、豊鍬姫は異臭を嗅いだ。それは嗅覚が知覚する臭いではなく、呪能が共鳴するものだ。つまり、誰かが呪いを発動しようとしている。その誰かは近くにいる。


 豊鍬姫は木柵に取り付いた。身を乗り出して、馬場を凝視した。思わず活人は豊鍬姫の足にしがみついた。そうしなければ馬場に落下しかねない豊鍬姫の勢いだった。


 磯城族の観覧の台から割合近くの馬場に土煙が立っている。そこにいるのは、日輪組の背後に大きく回り込んだ太陰組の遊撃十騎だった。彼らを呪能の視覚で凝視した豊鍬姫は、十騎の中に見知った顔を見つけた。


「あの醜男しこを!」


 豊鍬姫は獣のように唸った。ちなみに彼女が睨みつけたのは剣根だが、彼の容姿はむしろ美形で、この場合の醜男は乱暴者とか、不埒者ということだ。


 その剣根が呪いを発動しようとしている。彼の懐できらりと放たれたのは、間違いなく呪いの光だった。


 どのような呪言を刻んだ鏡なのか、それは豊鍬姫の呪能の視力を持ってしても看破できなかったが、実は山彦(山彦)の鏡だ。


 山彦は深い山中に棲む精霊すみつたまで、繰り返すという呪能を持っている。その力を写し取った鏡は、姿や音といった事象を繰り返し投影することができる。複製して投影されたものは、ただの幻程度のものもあるが、よく精錬され、優れた呪飾が施された鏡であれば実体に近い偶人くぐつを生み出すことができる。剣根が懐に隠し持った鏡は、そのよく精錬され、二人の仙人の姿が呪飾として精巧に鋳込まれた鏡だった。


 佳境に達した馬合わせは、双方の中央が正面からぶつかる混戦になっていた。数十騎が入り乱れているから、二騎が増えていたとしても、それに気づく観衆はいない。


 手研と入彦とが預かり知らぬうちに、天孫族と磯城族の騎手が一人ずつ増えた。日輪組が二騎増強されたのならよいが、その二騎の矢は太陰組に向かわず、あろうことか手研と入彦に向けられた。しかも、その二騎のゆぎに収められた矢の鏃には、歯止めがなされていない。射抜かれては死を招く矢だ。


 醜男の悪巧みをおおかた察知した豊鍬姫は、すばやく祓除はらえの言霊を発した。彼女の懐にも、白銅鏡ますみのかがみがある。


 予期しない方角から放たれた言霊の矢に撃たれた剣根は、いささか狼狽えながら背後を振り返り、台を振り仰いた。


(あのときの女童めわらべか)


 ここでも邪魔をするのか、と剣根はかっとした。その心の乱れが、山彦の呪いに影響した。


 このとき、すでに偶人の二騎は、互いの標的を矢頃に捉えていた。


 鮮血が散った。


 手研は左肩に、入彦は左上腕に矢を受けて、落馬した。


 日輪組の手研が落馬した時点で、本来であれば太陰組の勝利となるが、誰もそのことに言及できなくなるほど、馬場は混乱に陥った。なぜなら、天孫族と磯城族の識別できる冑飾りを着けた二騎の騎手が、敵味方構わず矢を放ち、その矢を受けた者は鮮血を散らして落馬したからだ。


 馬合わせで、刃止めをしていない矢を用いるのは、重大な禁忌破りだ。しかし、平然とその禁忌破りをやってのける二騎の周囲の騎手たちは、恐慌に陥った。


 狭野姫はもちろん、観衆のすべてが事態を理解できなかった。ただ、飛び散る血と騎手たちの阿鼻叫喚を、蒼白な顔で見守るだけだった。


 真相を知るのは、ただ一人、剣根だ。彼は馬場中央の混乱を見て、彼の呪いで生み出した二騎が、磯城族の女童が放った祓除の言霊と剣根自身の精神の乱れとによって、制御から逸脱したことを理解した。剣根は、懐に忍ばせていた山彦の鏡の鏡面に亀裂が入っていることを知って、愕然とした。その理由の一つは、女童の放った言霊の強さだ。もっとも、それは女童が持っている白銅鏡の力に依るものだが、剣根はそこまでは見通せない。もう一つの理由は、呪いで生み出した偶人の二騎を、呪いで消滅させることができなくなったということだ。あの偶人は、人を傷つける以外の思考を持たない。


 剣根は激しく舌を鳴らして、馬を馬場中央へ疾駆させた。事情を知らない遊撃の残り九騎は、進退がわからず呆然と馬を止めたままだ。


(また、しくじりおったのだな)


 事情に若干通じているのは太忍だ。通じているどころか、黒幕は彼だ。天孫族の手研と磯城族の入彦とがどうやら矢傷を受けて落馬したらしいことまでは、太忍の思惑通りだった。ところが、その後の混乱は彼の予想にない。


 太忍が剣根に命じたのは、馬合わせの混乱に乗じて、天孫族と磯城族との間に修復不可能な軋轢が生じる事件を起こせ、というものだ。事件の内容は剣根に任せた。どうやら剣根は呪いで騎手の姿をした偶人くぐつを生み出し、磯城族の騎手に手研を襲わせ、天孫族の騎手に入彦を襲わせるという詐術を用いたようだ。それはよいが、最後に偶人の制御を失ったらしい。


(いただけぬが、まぁ褒めてやろう)


 手研が磯城族の騎手に、入彦が天孫族の騎手によって危害を加えられたのは多くの者が目撃している。天孫族と磯城族が反目し、互いを敵視することは必須だ。


 余裕を構えていた太忍だったが、偶人の騎手によって傷つく者が増えると流石に顔色を変えた。彼とて、目の前で人が傷つけられるのを見て、不快にならないわけではない。


狂者たぶれものから離れよ」


 太忍は、偶人の騎手の矢頃から遠ざかるよう指示した。彼の声には威勢があり、太陰組はもちろん、日輪組もその指示に従った。ただ一騎、太忍の指示に従うことに躊躇した日輪組の騎手に向かって、偶人の一騎が矢を放った。その矢が、日輪組の騎手の目前で火を発して燃え落ちた。


「はよ離れぃ」


 太忍は日輪組の騎手を叱咤した。その騎手は矢に撃たれるよりも激しく仰け反って、慌てて馬を走らせた。


 火球を放って矢を焼き落としたのは太忍だ。馬場に呪力を宿した鏡を持ち込むのは禁忌だが、鏡がなくともその辺りに浮遊している火霊を使役することくらいはできる言霊の呪能を太忍は備えている。それでなくては、葛城という大族の氏上このかみは務まらない。


 ともかく、馳射の馬合わせの勝敗がいまだ宣告されないうちに、太陰組も日輪組も入り混じって、二騎の偶人を遠巻きにしている。荒れ狂っていた二騎の偶人を抑えつけているのは、太忍の眼力だ。


 落馬した騎手は速やかに馬場を去るのが決まりだが、異常な事態に、手研も入彦も馬場に留まり、その場で治療を受けている。


(さて、どうするか)


 予期せぬ注目を浴びていることに多少とまどったが、その時間はわずかだった。どうもこうもない。あの偶人の二騎を消し去れば、観衆は皆、葛城族の氏上の偉大さを知るだろう。馬合わせ後に、あの偶人を生み出したのが誰であるのかと詮索が始まるだろうが、追及の目を自身はもちろん、葛城族にも向けさせない政治力に、太忍は自信がある。


霊響たまゆら霊響たまゆら火精かぐつち火虫ひまむしたればほむらなれ」


 ゆるやかに円を描く太忍の両手の間に、火球が生まれた。それを放つと、偶人の一騎が炎に包まれた。


 残る偶人を片付けようと目を転じたとき、太忍はそうする必要がなくなったことを知って、いささか落胆した。遠巻きにしていた騎手の輪を割って、剣根の馬が飛び出してきた。彼は脛当てに忍ばせていた銅の探検を引き抜くと、すれ違いざまに偶人を後ろから両断した。銅剣には呪飾が鋳込まれてあるから、呪いで生まれた物を祓うことができる。ところで、剣の持ち込みも馳射では禁忌である。


(ばかめ。余計なそしりを招くようなまねを)


 次は叱りつけてやろうとした太忍に向かって、剣根が何かを叫んだ。するどく突き出した銅剣の先で、炎に包まれた偶人の騎手が、燃え尽きる前の一矢を放とうとしている。


 剣根の馬が太忍の眼前を走り抜けたが、その背に剣根の姿はない。矢を胸にまともに向けた剣根は、落馬していた。


 剣根は太忍の盾になったのだ。


「馬鹿めが」


 太忍は馬の背を飛び降り、無意識に剣根を膝に抱いた。その一喝で、燃え上がっていた偶人の騎手は灰となって掻き消えた。


 剣根は薄く目を開いた。弱々しいが息はあり、その吐息に死に落ちてゆくくらさはなかった。


「あほうめが」


 安堵の息をはいた太忍は、同時に今まで感じたことのない動揺があることに気づいた。


 剣根は、葛城族の族人によって馬場から運び出された。


 馬場に控えていてくすしたちは大忙しだ。醫は医者のことだが、薬草学を基にした巫術者だ。薬草で人体の回復力を援けながら、祈りの言霊で傷や病を治す。そのため、馬場には祈祷の言葉が充満した。


 馬合わせの審判を務める審神者さにわたちが集まって、この異常事態をどう治めるかを話し合った。いくつもの禁忌破りがあり、審神者さにわたちの思いとしては打ち切りとしたいところだが、主宰者である狭野姫からの宣告がない以上、勝敗を決めな

ければならない。


矢馳せ馬(やばせめ)を!」


 観衆からその声が挙がった。前代未聞の展開になったはいえ、これだけ盛り上がった馬合わせだ。勝敗なしは納得できない。主宰者である狭野姫としても同様だ。これは遷都を吉凶を天神地祇に問う誓約うけひでもある。答えを導き出さなければならない。


 狭野姫は花衣を払って立ち上がり、


「矢馳せ馬といたします」


 と、明確に宣告した。観衆はどっと歓喜の声を挙げた。審神者たちは、日輪組と太陰組の双方に、代表者の選出を命じた。



 馳射はやあては、鎌倉期には騎射うまゆみと呼ばれていたものです。それは武士に不可欠であった弓の鍛錬で、流鏑馬・笠懸・犬追物を三物みつものといい、室町期にはさらに小笠懸・徒立を加えて五物いつつものともいいました。


 流鏑馬は武士の武技の中でも代表的なもので、神事の奉納武技ともなりました。疾走する馬上から鏑矢を放ち、木製の的を射る競技です。競技場となる馬場はおよそ二百メートルの直線で、三か所から五か所に的を立てていました。


 弓を射て的を外してしまうことを、射流いながすというそうです。馬上から鏑矢を射流してしまうことから、流鏑馬という字を当てたのでしょうか。それほど難易度の高い武技ということなのでしょう。


 流鏑馬は、もともとは矢馳やばと言われていたそうです。


 大河ドラマでも描かれている源頼朝は、鶴岡八幡宮の祭には恒例として流鏑馬を奉納し、御家人中から選び抜かれた弓矢の名手が射手を務めたと言われています。

 


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