好物はレバー
ママさんの連れていた3人兄弟に混ざってユニオが遊んでいる。
小学生ぐらいのお兄ちゃんが優しく面倒を見てくれている。一番下の弟くんとは体格がそう変わらない。
大きくなったものだ。
夜中に起こされてノイローゼのようになっていたのが10年も前のことだったように思える。
「旦那さんはお仕事ですかあ?」
隣に座ったママさんが聞いて来た。
「パパは……」
答えかけて、すぐに腹が立って来た。
パパはあたしに育児を押しつけて、あの灰色の雨の中、消えてしまった。
ほんとうに存在したのかどうかもわからない。
「……行きずりのひとです」
あたしがそう答えると、ママさんはとても聞きたそうに体を揺らしながら、言葉を失っていた。
真ん中の女の子がちろくんのリードを持って引きずりまわしている。
ユニオは屈託のない笑顔で、一番下の弟くんと兄弟のようになって、朝日に光る芝生の上を駆け回っていた。
リサイクルショップにユニオを連れて行った。
ほんとうは新しいのを買ってあげたかったけど、何しろ着るものすべてないのだ、一式すべて複数枚買おうと思ったらあたしの給料では無理があった。しかも現在、休職中だ。育児休暇を申請しておけばよかった。
ユニオの体に色々なかわいい服を当てて選んでいると、1時間があっという間に経っている。
「ママー……。つかれたぁ……」
ユニオがぐずり出す。
「なんでもいいじゃん。早く行こうよー」
店の外でちろくんがずっとお座りしているのが見える。たまにお客さんが頭を撫でて行ってくれる。
「なんでもいいわけには行かなかいのっ」
あたしはムキになる。
「上着選んだら次はズボン、それから靴なんだからっ」
「げー……」
ユニオがくたびれたように舌を出す。
しましまの犬の服を無理やり着た彼もものすごくかわいかったけれど、やはり早くちゃんとした人間のこどもの服を着せてやりたい。
でも着せるならユニオを最もかわいくしてくれる服を厳選したい。
またパパへの苛立ちが頭をもたげる。
一緒にこの楽しみを味わってほしいのに。
幸せを分け合いたかった。この楽しい時間を過ごしてくれるひとが、もう一人、ここに欲しかった。
時間をかけて選びながら、ふと気づいた。
「あれっ?」
ユニくんに直接聞いてみる。
「ユニくん、もしかして、明日になったらもっと大きくなってる?」
ユニオはくたびれきった顔で答えた。
「うん。どんどん大きくなるよ、ぼく」
あたしは出来るだけ大きいサイズで今も着れるものを最初から選び直した。
かわいいブルーの子供靴も戻し、サンダルにした。
「ママー……おなかすいたぁ〜」
店を出るなりユニくんがヘトヘトのポーズであたしの手にぶら下がり、言った。
「ごめんごめん」
あたしはちろくんも連れて車に乗り込むと、隣の車に男性が乗っているのも構わず上着のボタンを外し、ブラジャーを引っ張り上げた。
ずっと出しているのにお乳の出具合が悪くなっているような気がした。
ユニオはちゅぽんと乳首から口を離すと、悲しそうな目であたしを見上げて来た。
「もう、ぼく、乳離れできるよ」
「そっか。じゃ、帰って何か作るね。何が食べたい?」
「レバーがいい」
「うん。じゃ、スーパーでレバーを買って帰ろう」
お肉かぁ……。
好きなものをいっぱい食べさせてあげたいけど、このまま仕事を休んでいたらお金が尽きる。
まだまだ新入社員なので、貯金もほとんどなかった。
「ユニくん……お留守番とか、まだムリだよねえ……?」
車を走らせながら、助手席でシートベルトと格闘しているユニオに聞く。
「できるよ、ぼく」
ユニオは即答した。
「ちろくんと遊んでる。明日にはもっと大きくなってるし」
「おもちゃでも買ってあげようか? あたしの部屋、ゲームもなんにもないよ」
「だいじょうぶ。ちろくんをおもちゃにするから」
ほんとうはユニオと離れたくない。ひとりにさせるのが心配なのもあるが、あたしがずっと側にいたかったのだ。
彼の顔を、動きを、会社に行っている間、見られないと思うと、泣きたくなってくる。
それでもお金の問題は大きい。
「じゃ、ママ、明日からお仕事に行くよ? ほんとうに大丈夫?」
「うん!」
ユニオは元気よく、嬉しそうに笑った。
あたしは車をスーパーの駐車場に停めるとスマホを出し、会社に連絡を入れた。
課長かチーフぐらい様子見がてらにお見舞いに来るかと思っていたが、こちらから電話した以外、会社のほうからは一切何の連絡もない。
「あたしなんか必要ないのかしら」
そう呟いたのと同時に受付の綾野さんが電話口に出た。
「あっ。桐谷ですけど」
課長に繋いでもらい、明日から再び出社することが決まった。
「わー! なにー? ここー!」
スーパーの店内に入るなり、ユニオがミツバチみたいに駆け出した。
早速リサイクルショップで買った黄色のシャツとベージュのパンツを着せているが、まるで透明な羽根が生えているかのようにかわいい。
「走っちゃダメよ。ママと手を繋いで」
あたしが言うのも聞かずに先を駆けて行くので早足で追いかけた。
「すごい! すごい! 食べ物がいっぱい!」
そう言いながら野菜コーナーを横目に眺めて通り過ぎ、袋麺にシャツをかすめてぽとりと落としながら駆け抜け、角を曲がって姿を消した。
「ユニくん! 待ちなさいっ!」
あたしはキャベツの値段をチェックすると、また早足で追いかける。
角を曲がるとすぐに発見した。
精肉コーナーで立ち止まっていた。
パック入りの牛レバーを両手で取り、かぶせてあるラップを破り、姿勢よく立ったまま、ぺろぺろと血を舐めはじめている。
「こらっ! まだお金を払ってないんだから、ダメでしょっ!」
あたしが怒鳴ると、不思議そうな顔で振り向く。
銀色の髪のあたまが2束、馬の耳のようにぴょこんと立っている。
口の周りに血がついて赤黒い。
真っ白な肌にそれが下手くそな口紅をつけたみたいで、あたしはつい笑い崩れてしまった。