3人一緒だよ
攻撃をかわされたことでユニコーンは慎重になったようだった。背中を向けて逃げ出したユーコに向かってじりじりと狙いすますように身を屈めると、また跳んだ。
ユーコは振り返らずに前だけを見て階段を昇る。もつれる足をなんとか動かし、息を切らし、上がり切ろうとした階段の上に、金色に輝く妖精が立った。
「あ……」
その姿を見てユーコの動きが止まる。恐怖に固まっていた標準が緩み、笑顔が浮かぶ。
ユニコーンは再び擬態を纏っていた。ユーコの愛するユニオの姿を。
「ユニくん……」
ユーコが胸の前で縮こめていた両手の力を抜いた。
両腕が、安心したように、だらんと垂れる。
初めて見るユニオの動物の姿に動転していただけだったのだろう。見慣れた、愛する息子の姿を前にして、その警戒は完全に解けたように見える。
ユニオの姿で、ユニコーンは微笑む。何も言わずに、優しく見つめると、ユーコに『魅了』をかけた。
今のユニオに理性はない。ただ成人の儀式を済ませるために、本能だけで動いている狂った野獣だ。その碧に金色の混じった瞳に見つめられ、ユーコはあっさりと『魅了』にかかった。ゆっくりと、恍惚とした表情で、両腕を左右に開く。やって来るその者を抱き締めようというように。先程見せた人間離れした躱し方はもう出来ないだろう。その姿はまるで蜘蛛の巣にかかったアゲハ蝶だ。ユニコーンは左胸に狙いをすますと、地面を蹴った。
「やめろ!」
神殿内に男の声が響いた。
はっとした表情をして、ユニオは振り向く。視線の先にはヨレヨレのスーツの下に真新しいセーターを着た戦士が銃を構えて立っていた。
「ゼン……ゾ……」
少しだけ理性が戻ったようだ。ユニオは掠れる声でその名前を口にすると、嬉しそうに笑った。
「ゼン……ゾー……。ぼく……やっと……ママを食べられるんだ」
「だめだ!」
躾けるようにゼンゾーが言う。
「お前は島へ帰るんだ! こっちへ来い!」
背後には乗って来た紺色のコンパクトカーが停まっているのが見える。それにしてもよくここがわかったものだ。ユーコの匂いは相当に強い糸を後に残すものらしい。
「ぼく……、ずっとゼンゾーといられるんだよ?」
ユニオは身体ごとゼンゾーのほうを向いた。
「オトナになるんだ……。ずっと、一緒にいよう」
ユニオは擬態を解かない。ゼンゾーまで『魅了』にかけようとしているのか。しかしユニコーンの血を持つゼンゾーに『魅了』は効かない。
「優子!」
ユニオがこちらを向いたのを見て、ゼンゾーが叫ぶ。
「逃げて! おれがこうしているうちに……!」
しかしユーコは『魅了』にかかっている。二段高いところに立つユニオの横顔を見つめて呆けている。ずっと両腕を左右に開いたまま、そのツノに刺されるのを待っている。
「ゼンゾー……」
ユニオが首を傾げた。
「僕と一緒に暮らしたくないの? ゼンゾーはユニコーンの島には住めない。人間は動物じゃないから、不自然だから、あの島にいると気が狂ってしまう……」
「ロイ……」
ゼンゾーが、自分のつけたユニコーンの名を口にした。
「やめるんだ」
「僕は人間の街には住めない。人を殺さずには生きられないから。殺さずに、年をとるスピードが抑えられなかったら、あっという間に年をとって死んでしまうから。ゼンゾーにキスで抑えてもらっても、成人の儀式を済ませずに二十歳になったら気が狂ってしまうから……」
ユニオはユーコが動けないことをチラリと確認すると、ゼンゾーのほうへゆっくり歩き出した。
「でもママを食べたら、僕は人間の街に住めるようになるんだよ? もう馬鹿みたいな速さで歳はとらないし、人間も殺さなくていいんだ。一緒に暮らせるんだよ?」
「優子は殺させん……!」
歩いて来るユニオに、ゼンゾーは銃を構えた。
「おれは彼女を愛しているんだ」
「3人一緒だよ、もちろん」
ユニオが幸せそうに笑う。
「そうでしょ? ママは僕の中で生き続けるんだから」
ゼンゾーの銃が火を噴いた。
銃弾はユニオの頬をかすめ、赤い線をつけた。すべて黄金色に変わっている髪が風に煽られたように揺れる。頬から流れた血を指で拭うと、恐怖したような表情を浮かべ、ユニオが言った。
「早くしないと……」
瞳の碧が消えた。金色の目を険しくして、焦ったようにユーコを振り返る。
「早くママを食べないと……!」
ゼンゾーの顔が怒りながら、泣いた。
その指が銃爪を引いた。
弾丸が背中からユニオの心臓を貫いた。
催眠術から醒めたようにユーコの目が開く。こちらへ歩いて来るユニオの胸に穴が開いて、そこから迸る赤い血を目撃した。




