金色
ピンク色の軽自動車は街を抜けると夜の郊外を走った。
街灯はなくなり、月明かりとヘッドライトだけが道を照らす。
「ユニくん」
久しぶりにユーコが口を開いた。
「どうしたの?」
「……わからない」
頭をずっと抑えていたユニオが、苦しそうに答えた。
「なんか僕……。変だ」
「気分悪いの?」
「そうじゃない。何か……とても……」
辛そうに首を横に何度も振る。
「……今まで以上にママのことが……。好きで、好きで……どうしようも」
ユニオのつむじから、朝日が地上を照らしはじめるように、金色がじわりじわりと現れはじめた。それは銀色の元々の髪色を侵食し、どんどんと全体に広がりはじめる。
ユーコは何も言わず、辺りを見回すと、ウィンカーをゆっくりと出し、車を右折させた。黒い木々に挟まれた細い道をしばらく行くと、ギリシャの神殿に似せた石の建築物が眼前に現れる。
車が止まると秋の虫達の声が大きくなった。
「何……。ここ?」
車を降りながら、頭を抑えながらユニオが聞く。
「知らない」
ユーコは答えた。
「でも、昔から、一人になりたい時はあたし、ここに来てたの」
何か石造の建物を、建築途中で中止したような、あるいはそれを公園として開放しているような、そんな場所だった。パルテノン神殿のように薄汚れた白い柱だけが立ち並び、内部は数段ほどの階段状になっているが何もない。1メートルも深さのない底まで降りると六畳間ほどの平たいスペースがある。一本だけ立っている街灯が、遠くからだがそこを照らしていた。
ユーコは先を歩いた。ゆっくりと短い階段を降りると振り向く。ユニオが獲物を追い詰める獣のように、ゆっくりと後をついて来た。
「ママ……」
月を背にして、ユニオがうっとりとした声を出す。
「綺麗だ……」
「顔が見えないよ、ユニくん」
緊張したような表情で、ユーコが振り向いた格好のまま言った。
「逆光で……。黒いのっぺらぼうみたい」
そののっぺらぼうには一本、長いツノが生えている。月を刺し貫くように、それが高く掲げられていた。
「ママのことが好きだ……」
ユニオはピチャピチャと舌を鳴らしながら、言った。
「凄く好きだ。こんな気持ち……今までで一番だ。気が狂いそうだ」
ユーコは何も言わず、唾を飲み込む。
「そっち……行ってもいい?」
階段の途中で急に足を止め、興奮したような声でユニオが聞く。
「いいよ?」
ユーコの顔に不安のような月影が差す。
ユニオは足を止めたまま、しばらく立っていた。だんだんと息遣いが荒くなりはじめている。
「ユニくん……」
ユーコの声が上ずっている。
「あたしを食べたら、ユニくんは完璧になれるんだよね? ユニコーンの王様になれるんだよね?」
ユニオは答えない。喉のあたりから獣のように、興奮した唸り声を漏らしはじめていた。
「『魅了』は必要ないよ」
身体を震わせながら、無理やりのようにユーコが笑う。
「あたし、ユニくんを産んだ時から、ずっとユニくんに魅了されてるから。自然にね。だから、こうするのもユニコーンの魔法にかけられてるんじゃなくて、自分の意思なんだから」
ユニオのツノの色が変わりはじめた。月明かりと一本だけの街灯に照らし出されていた白いツノが、みるみる金色に染まって行く。
「……っ!」
ユーコは声も出せず、ただ目を覆った。
ユニオのツノが強い光を発したのだ。金色の眩い光は闇を払い、月明かりも街灯の光も跳ね除けて、一面を染めた。
「ユニ……くん……」
ユーコは、見た。
そこに四本脚で立っている獣の姿を。黄金色に輝く体毛に包まれた美しい肉食獣が、自ら発した光に照らされて、元々理性などなかったような白い瞳で、自分のことをただ獲物として見つめているのを。
金色のツノがまっすぐ自分に向けられていた。ふしゅる、ふしゅると沸騰するような音を立てて黒い唇が動き、象牙色の鋭い牙がその間から殺意を覗かせていた。
「あ……!」
ユーコは後ずさった。
「や……嫌……」
もうそこに言葉を発する動物はユーコだけだった。擬態を解いたユニコーンは階段に乗った砂を前脚で擦る。ずじゃり、ずじゃりと砂の音が不吉に響く。
ユニコーンの姿がユーコの前から突然、消えた。
素早い跳躍でユーコの背後に音もなく降り立つと、そのままツノを突き刺した。ユーコの背中から、肋骨を砕き、ユニコーンは躊躇いひとつなく、確実に狙った心臓を、しかし、外していた。
「ウォッ……?」というような、心外そうな声をユニコーンが漏らす。
ユーコは一流のハンターのごときユニコーンの一撃を、咄嗟にかわしていた。しかしその足はもつれ、一歩逃げるたびに転びそうになる。
「た……助けて……」
何度も地面に手をつきながら、逃げ出した。
「いやーーーっ!! 助けて!」
周囲に民家などない。誰もいない森の中の神殿にユーコの絶叫が響く。秋の虫達は彼女を見殺しにするように静まり返った。




