部屋
ピンク色の軽自動車が愛田谷邸の駐車場から出て行く。
助手席にはユニオが困ったような顔をして、前を向いて乗っている。
「ゼンゾーは?」
運転席のユーコに聞く。
「なんで置いて来たの?」
ユーコは答えない。
まっすぐ前を見て、口を結んでハンドルを操作する。
「どこへ行くの、ママ?」
強く決心したような表情を浮かべていたユーコは、そう聞かれてようやく作ったような笑顔を浮かべて見せた。
「ちょっとドライブだよ」
「じゃ、なぜゼンゾーを置いて来たの?」
「邪魔だからよ」
「家族でしょ」
じゅうぶん大人の顔をしたユニオが子供のような口調で言う。
「ママと、僕と、ゼンゾーで、家族でしょ」
「違うよ」
ユーコは答えた。
「家族だったら、息子をのけ者になんて、するもんですか」
「僕はゼンゾーの息子じゃない」
ユニオの口調が一瞬、色っぽくなる。
「恋人だよ」
「ママは?」
「え?」
「ママのことは……恋人だって思ってくれてないの?」
「何、それ」
呆れたようにユニオが言った。
「ママは、ママだよ」
「あたしはユニオが大好き!」
怒ったようにユーコが言う。
「恋人以上に大好き! アーミも! アーミのことも、恋人以上に大好きなのっ! だから……」
「アーミのこと、好きなの?」
ユニオがびっくりしたような顔をして、後部座席をチラリと見た。
「好きよ。アーミが本当のパパだもん。ゼンゾーさんじゃなくて……」
「それ、魔法にかけられてるんだよ、ママ」
またユニオがこちらを見た。
「ダメだよ。ユニコーンは魔法をかけるんだから」
「ユニくんに対するあたしの気持ちも!?」
ユーコが叫ぶ。
「あたしの本当の気持ちじゃなくて、魔法? あんた、ママに魔法をかけてるの!?」
「かけてない」
ユニオは正直に言った。
「ママに魔法をかけたことは、一回もない」
「そうよ!」
ユーコが涙を流しはじめた。
「あたしはあんたを愛してる! あんたのためなら何だってしてあげるんだから!」
ユーコの運転する車は町中を走り続け、あるアパートの前でスピードを落とすと、駐車場に入って行った。
「あ」
ユニオが声を上げる。
「懐かしいな。なんか凄く久しぶりに帰って来たみたい」
そこはユーコがたまごを産んだ、彼女の部屋のあるアパートだった。2人は車を降りると鉄の階段を音を立てて昇って行く。
鍵を開け、部屋に入り、電気を点けると、鑑識の証拠収集はとっくに終わっており、ハウスクリーニングもされ、キッチンの床には婦人警官が流した血の染みひとつなくなっていた。
家具などはそのままで、ベッドも乱れたまま何も変わっていない。出て行った時のままだ。
「ユニくん。座ろう」
ベッドの上にユーコが腰を下ろす。言われるがままにユニオもその隣に腰掛けた。
「ママがちっちゃくなっちゃった」
ユーコのつむじを見下ろしながら、ユニオがクスッと笑う。
「あんたがでっかくなったんでしょ」
顔を上げると、ユーコも笑いながらユニオの髪をクシャクシャと撫でる。
その髪は長い銀髪で、額から生えた一本角が前髪を掻き分け、つむじから両サイドにかけてそれぞれ一筋、金色の毛が覆い尽くしている。ユーコはそれを一束掬い取ると、嬉しそうに笑った。
「かっこよくなったね、ユニくん。あんなにちっちゃかったのに」
「そう?」
とぼけたような顔でユニオが首をひねった。
「うん。どんどんかっこよくなる」
顔を近づけると、ユーコは唇で金色の髪をなぞる。
「ねえ」
「ん?」
「あたしのこと、食べてよ」
「ふふ」
ユニオはユーコをベッドに押し倒した。
「ガウ、ガウ、ガルル……!」
ふざけて顔中に噛みつく真似をするユニオに、ユーコが切なげな表情になる。
「食べちゃうぞー! ママ、食べてもいい?」
「い、いいよ……」
「ふにゃっはっはっは!」
ユニオがひょうきんに笑う。
「うっそだよー! ママは食べ物じゃないもん」
「じゃ、ママにキスしなさい」
固く目を閉じたまま、ユーコが言った。
「それなら、する」
獲物を捕らえるように腕で動きを封じると、ユニオがユーコにキスをした。長いキスだった。ユニオが唇を離すと、ユーコは逝ってしまったようにぐったりとなった。
しばらくベッドの上で2人は重なっていた。胸に顔を埋めて目を閉じたユニオの頭を撫でながら、ユーコは何やら考えるように、ぼうっと天井を見つめていた。
遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえた。
はっとしたようにユーコが顔を起こす。
「ここにいちゃいけない」
慌てたように、言った。
「ここにいたら、アイツがやって来る!」
「アイツ?」
寝ぼけたようにユニオが聞く。
「行こう、ユニくん」
ユーコは決然とした口調で、言った。
「ここを出て、誰にも見つからないところへ」




