ゴゴ帰る
「あっ? スティーブがいない!」
家に帰り、食卓の上を見るなりゼンゾーが声を上げた。
食卓の上には置き手紙がしてあった。『帰りは明日になるかもしれません』と書いてある。そいつはゴゴを送って島へ行ったらしい。
「やった! 優子!」
ゼンゾーがユーコの肩をがしっと掴む。
「な……、なんですか?」
「愛し合い放題だ! イチャイチャしよう!」
「あっ。僕もやる」
ユニオが楽しそうにゼンゾーにもたれかかる。
「あ、そうだ。今日、まだキスしてなかったな」
そう言うとゼンゾーが慌てたようにユニオにキスをする。
「歳とるの早くなってないよな? お前、まだ19歳だよな?」
「あん。ゼンゾー、キスがいい加減すぎ……」
ユニオが不満そうな声を漏らした。
「もっとゆっくり丁寧にしてよ」
2人のじゃれ合いを見ていて興奮したのか、ユーコの手がもじもじし始めた。頬が紅い。
「善三」
壁に白い体毛に覆われた老人の姿が現れる。
「ゴゴが帰ったぞ」
「じいちゃん!」
ゼンゾーが振り向く。
「え? スティーブのやつ、ヘリでゴゴを送って行ったのか?」
私は前の時同様、特に念を入れて気配を消した。爺上は近くにいれば私が姿を消していても確実に見つけるが、遠隔通信ではそうも行かないようだ。
しかしユーコに爺上の姿が見えないのは当然として、ユニオにも見えていないのは意外だった。意味がわからないように2人できょとんとしている。遠隔通信は血族にしか使えない能力なのか。しかし恐らく父上の十蔵には……、あの出来損ないユニコーンには、見えなかったに違いない。
「ゴゴが帰ったらアーニマンが強くなって困る。前はどうでもいいように言ったが、早ようロイを戻せ」
「戻すよ。ところで……」
ゼンゾーが爺上に聞いた。
「アーミティアスはそっちに帰ってるか? じいちゃん」
「ああ……。アーミか」
爺上は言った。
「あれはどうでもよい。むしろおらんほうが……」
「帰ってないのか?」
「帰っとらんぞ。帰っておったらアイツの厭な匂い、儂がすぐに嗅ぎ取るわ」
ゼンゾーが肩を怒らせた。
「やっぱりか。そうだろうとは思ってたけど、その通りだった。ヤツはまだ近くにいる!」
「アイツがそちらで人を殺したと言っておったな」
爺上が私の気配に気がつかず、言った。
「是非、捕まえて、出て来られんようにしてやってくれ。そっちで何でもよいので処刑して、一生島には帰って来られんようにしてやってくれ」
「じいちゃん……」
ゼンゾーが何かを哀れむように、言う。
「そりゃねーだろ。いくらなんでも。自分の孫だろ、アーミは……」
「いいや」
爺上ははっきりと言い切った。
「あれは要らん孫だ」
笑いが漏れかけた。
危ない、危ない。ゼンゾーに気づかれてしまうところだ、私が部屋の隅で椅子に座り、寛いでいることを。
平常心が『ステルス』の基本だ。これが崩れればたちまちユニオ以外の者にも姿をさらけ出してしまう。殺意などの感情に揺さぶられないようにしなければ。
私はいつもの微笑みを取り戻し、組んだ膝の上にリラックスして手を置くと、続きを拝聴した。
「もしかして、希郎じいちゃん?」
ユニオがゼンゾーの見えない会話の相手にようやく思い至り、言った。
「じいちゃん? ゼンゾー、じいちゃんと話してるの?」
「ところでじいちゃん、スティーブは? ゴゴを送って行った人間は?」
ゼンゾーが西洋人を心配して聞く。
「その島は人間を狂わす。何ともないだろうな?」
「1日ぐらいなら大丈夫だ。今日はもう遅いので泊まれと言ってある」
「心配だ……」
ゼンゾーが顔を曇らせる。
「美男美女に擬態したユニコーンがたくさんいるんだぞ。しかもみんなに『魅了』を使われたら……。アイツ、こっちに戻って来られるのか?」
「まあ、はしゃいでおるけどな。儂が責任を持って戻す。食われる前にな。同族が食われるのを見たくはない」




