ゴゴの告白
ユーコは3人ぶんの代金を支払うと、ユニオと一緒にカフェを出た。ゴゴの背中について廊下を歩いて行く。ゼンゾーはトイレに行ったまま、放置された。
「ゴゴさん」
ユーコが前を歩く服を着たライオンの背中に声をかける。
「ゴゴさんがこんなところを歩いてると、なんかおかしい。みんな振り返ってるよ」
クスクス笑うユーコに、ゴゴは背中で答える。
「そうか」
喫煙ルームは流行ウィルスのために使用禁止になっていた。ロープで封のされたそのドアを力ずくで開けると、ゴゴはその中に入って行く。
ピシャリと扉が閉められた。誰も中に人がいるとは思わないだろう。
「話って?」
灰皿を埋め込んだテーブルに手をついて、ユーコが尋ねる。
ユニオは何も言わず、ユーコを守るように寄り添っていた。
壁のほうを向いていたゴゴが、ゆっくりと振り返る。
「優子ちゃん」
大きな口を開いた。よだれが少しだけそこから垂れた。
「オレは島へ帰ろうと思う」
「え?」
ユーコがびっくりした顔をする。
「なんで? どうやって?」
「ユニオと一緒にスティーブのヘリコプターで帰ろうと思っていたのだが……、オレは大きすぎる上に重すぎて、ユニオと同乗するのは無理なのだそうだ。だからだ」
「え? いつ? いつ帰っちゃうの?」
「今日だ」
ゴゴはまっすぐユーコの顔を見つめ、言った。
「オレ1人ならヘリコプターも飛ばせるそうだ。だから、今日、今からスティーブに送ってもらう」
「急すぎるよ!」
ユーコがゴゴに近寄り、着ているTシャツの袖をつまんだ。
「せっかく仲良くなったのに……。こんなに急なのって、寂しすぎるよ」
「ユニ……」
ゴゴは赤くしたその顔を背けるように、ユニオのほうを向いた。
「先に帰っている。お前も必ず帰って来い。来るよな?」
「本当は嫌だけど……」
ユニオは言った。
「ゼンゾーが帰らないとダメだって言うから……」
「お前が帰らないと大変なことになるのだ」
ゴゴはそう言いながら、心配するようにユーコの顔をチラリと見た。
「まぁ……。心配はしていない。お前の保護者が2人とも、お前を帰すことに同意してくれているからな」
「でも、ママは……さっき……」
ユニオは何か言いかけたが、ゴゴがユーコとまた会話を始めたので、黙ってしまった。
「優子ちゃん。オレは君の側にいるのが辛い」
「ゴゴさん……?」
「オレは君が好きだ。君の匂いはオレを狂わせる。このままここにいたら、いつか食ってしまうかもしれない」
「ひっ?」
笑いながらユーコが後ろに引いた。
「だからだ。アイタガヤのいるところでこの話、出来なかった。だから、2人きりになった。それだけだ」
「僕もいるんだけど?」
ユニオが横から言う。
「ユニは構わん。お前は優子ちゃんのペットだ」
「ペットじゃないよぅ……」
「息子です」
ユーコが助けるように言う。
「ネアと一緒にユニを襲った時はすまなかった」
「終わったことだからいいですけど……。ゴゴさんにも事情があったって、わかったし……」
「許してくれるのか」
「何よりあたし、ゴゴさんのこと、好きだから、憎むとかは出来ないですよ」
ゴゴの顔がクシャクシャになった。笑っているのか、照れているのか、泣いているのか、さっぱりわからない表情だ。
「では、行く」
そう言うとゴゴは歩き出した。
「アイタガヤにはそう伝えておいてくれ」
「ゴゴさん」
背中にユーコが声をかける。
「また会おうね?」
ゴゴは何も言わずにただ右腕を上げると、喫煙ルームを出て行った。
喫煙ルームを出ると、ゴゴはまっすぐショッピングモールの出口に向かって歩いた。何やら何度も鼻を啜っている。
ユーコを奪えと言ったのに。
他人はどうにも思い通りに動かないものだ。
私はゴゴの前に出ると、姿を見せてやった。
ゴゴの顔が驚き、怯える。その口が私の名を叫ぶ。
「アーミティアス!」
「つまらんことをしてくれるじゃないか、ゴゴ?」
冷たい目を向けてやる。
「まさかユーコにも『魅了』をかけられたのか? 本心から好きなのだろう? それなら奪えよ」
「すまない。オレには出来ない……」
ゴゴは大人しい猫のように、私の目の前で小さくなった。
「オレ、本当に優子ちゃんのことが好きだ。だから、幸せになってほしい。だからだ」
「フン」
私は鼻を鳴らし、ゴゴにツノを向けた。
「つまらん。見損なった」
「オレを殺すか。構わん。殺せ。ただし代わりに優子ちゃんに手を出すな」
私達はしばらく何も言わずに向き合い、立っていた。通行人達がゴゴの巨体を避けて歩いて行く。無意識に私のことも避けて行く。
「私は島に帰ったことになっている。それに、ライオンの死体を作れば目立つ。私を見えるようになる者を出すことになるかもしれん」
私は背中を向けると、言い渡した。
「私の物語に貴様は必要なかった。ただそれだけのことだ。島に帰り、動物の暮らしをするがいい」
「優子ちゃんに手を出すな」
「わかった。その代わり、貴様もあの西洋人に私のことを話すな。それだけだ」
ゴゴには興味を失った。私は構わずユーコとゼンゾーのところへ戻って行った。




