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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第一部『ユーコとユニオ』
6/67

お外へ行こうね

 再び眠りに就いて、3時間ほどした頃……。



「ねえ、ママ。起きてよ」



 そう言ってあたしを揺り起こそうとするかわいい手があった。



「ねえ、お外、行くんでしょ?」



「うーん……。もうちょっと……寝かせて。お願い」


 あたしが目を開けずにそう言うと、



「だーめ! まずお風呂に入るでしょ? はやくしないと」



 ああ……。そうだったな。


 やることはてんこ盛りなのだ。


 起きねば……。




 目を開けると、3歳ぐらいの男の子が上からあたしを覗き込んでいた。


 銀色の前髪がふさふさと眉の上で揺れ、それをかき分けて立派なツノが、朝日も入り込んでいない閉ざされた部屋の中で、キラキラと輝いている。



「やっと起きたぁー」


 天使のほっぺにえくぼが出来、隙間だらけの歯を見せて形のいい口が笑った。



「ユニくん……。おっきく、なったねぇ……」


 あたしはまだ眠い目をこすると、微笑んだ。


「もう……1人でお風呂……は、まだムリか」


 苦笑して、浴槽を洗いに行った。




 浴槽にお湯を張り、部屋に戻ってみると、ユニオがちろくんをケージから出して、抱っこしていた。

 中型犬が小型犬を抱っこしてるみたいで、思わずくすっとしてしまったけど、無理やり抱っこしてるまでは行かなかった。


「ちろくんも一緒にお風呂だよ」


 そう言って、天使は白い獣を抱いて踊った。


 白い獣は抵抗もせず、力を抜いてされるがままになっていた。



 ユニオが出て来たたまごの殻は、ずっと絨毯の上に置きっぱなしになっていた。記念にとっておきたい。あとで形をまとめ、どうにかして割れないように補強しようと思い、棚の上に置いてビニール袋をかぶせておいた。





 後ろ向きに抱いて浴槽に入ると、くるりとこちらに向き直っておっぱいを吸って来た。

 ちろくんは一匹、洗い場をさまよっている。


「あらっ。ユニくん、赤ちゃんみたい」


 あたしがからかうと、


「ちがうもん。もう赤ちゃんじゃないもん!」


 ふてくされてそう言いながら、またあたしのおっぱいに顔を埋めた。



 長いツノが、あたしの胸上にグリグリと押しつけられる。

 それを我慢しながら、彼の髪を撫でてやりながら、あたしは聞いた。


「ねえ。ユニくんは、ユニコーンなの?」



「なにそれ」


 ユニくんは嫌そうに答えた。


「ママとおなじだよ」





 裸のユニくんを見ていながら、あたしはようやく気がついた。

 彼に合う服が一着もない。


 仕方なくちろくんの青いボーダーのペット用洋服を着せてみる。

 ボーダー柄の金太郎みたいにピッチピチになった。



「あはは。着れるじゃん! これでいいね」


 あたしが大笑いしながら言うと、


「うん! 早くお外に行こう!」


 そんなことどうでもいいとばかりに裸足で玄関へ駆け出した。





 外は雨がやみ、いい具合に晴れていた。


 ドアに鍵をかけていると、お隣の部屋のドアが開き、山田さんの奥さんが顔を覗かせた。



「あっ。おはようございます」


 あたしはぺこり。



「その子……、だあれ?」


 ユニオを不審そうに見ながら、


「赤ん坊の声が聞こえてたみたいだったけど……」



「あたしの息子です」


 そう言うと、ユニオを前に出した。


「ほら、あいさつ、覚えよう」



 耳元であいさつの言葉を教えると、ユニオは山田さんにぺこりとお辞儀をし、元気な声であいさつした。


「きりたにユニオです」



「はあ……」


 山田さんの奥さんは失礼にもユニオにあいさつを返さなかった。


「ていうか……、赤ん坊は? いるの?」



「大きくなったんです」


 ずっと部屋に引きこもって育てていたのだ、赤ん坊がいきなり幼児に育ったように思われても仕方がない。


「それじゃ。ちょっとこれから公園に遊ばせに行ってきますので」



 そう言ってユニオの手を引いた。ユニオはちろくんのリードを引っ張って、歩き出した。



 階段を下りるまで、ずっと山田さんの奥さんがあたし達を見送っていた。





 まず服屋さんに行こうかとも思ったが、この時間ではまだどこも開いていない。

 助手席に犬を抱いて座る三歳児の裸足をちらりと見ながら、あたしは聞いた。


「裸足で大丈夫? 痛くない?」


「だいじょうぶだよ、ママ。ぼく、野生児だから」





 大きな公園に着くと、車から彼を放った。


 犬を連れた天使は助手席から飛び出すと、犬を引きずるようにアスファルトの上を駆け出した。


 慌てて追いかけるが、足が速いのなんの。

 しかも4本の手足全部を使って走ってる。



「ちょっとユニくん! 1人で行かないのっ! ママと一緒に歩きなさいっ!」


 あたしは本気で怒った。

 転んで怪我したり迷子になったりしたら大変だ。



 芝生の上でようやく捕まえた。


 ピッチピチのボーダーの服を掴むと、下にずれてかわいい乳首が丸見えになった。



「ちょっ……! それ……!」


 三人兄弟を連れて遊びに来ていた若いママさんが、ユニくんの姿を見つけて驚いたように笑いながら、話しかけて来た。


「わんちゃんのお洋服じゃないんですかぁ?」



 朝の公園はまだ人が少なく、空気は気持ちよくひんやりしていた。



「かーわいい! ボク、なんさい?」


 若いママさんの言葉に、ユニオはお辞儀をすると、はきはきと答えた。


「きりたにユニオです!」



 あたしは気になった。

 ママさんには見えているのだろうか、ユニオの額から生えている、立派なツノが。見えていないのだとしたら……


 もしかしてこの自慢したいほどに綺麗な銀青の瞳も、輝く銀色の髪も、見えてないのだろうか? 普通の日本人の子供のように見えているのだろうか?


 そんなの嫌だ。

 他人にもうちの子の並外れたこの可愛さが見えていてほしい。


 そう思った時、ママさんがユニオの髪を軽く撫で、言った。


「きれいな髪だね。妖精さんみたいに銀色」



「お目々も奇麗でしょう?」


 あたしが聞くと、



「ええ。奇麗な色……。青いだけじゃなくて、銀色入ってるなあ。ハーフなんですか?」



「ツノがあるでしょう? ユニコーンなんです」



「あははっ」


 ママさんは額のツノを撫でた。


 その手が幻を撫でるように、すり抜けた。


「君、ツノなんかあるんだねー?」


 その言葉はどう聞いても冗談に乗った感じだった。



 あたしは安心した。


 他の人にユニオのツノは見えていない。


 その上で、並外れて美しい人間の子供に見えている。



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― 新着の感想 ―
[一言] 並外れて美しい子供を持つ親の気持ちってどんなだろう?… 私には1000㎞以上離れた事なので(^^;)、なかなかに想像が難しいのですが… ドキドキするほどに愛しいのでしょうか? ムムムムム…
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