愛の寝室
「すっかり満足して寝ちゃったね」
眠るユニオの髪を撫でながら、ユーコが言った。
ゼンゾーと食後のキスをすると、ユニオはそのまま食堂のソファーで熟睡してしまったので、みんなでユーコの寝室まで運んで来たのだった。
「よっぽど生レバーが食べたかったんだな」
椅子の背もたれに腕を置いて、ベッドの上の2人を見ながらゼンゾーが微笑む。
「大きい子供だな、ユニは」
「成人の儀式を済ませてないからでしょ」
ユーコがなんでもないことのように言う。
「だからいつまでも子供っぽい」
「そのままでいいんだ、ユニは」
ゼンゾーが真顔になる。
「そのままのほうが、島も平和だし、優子も……」
「そうですね」
ユーコはユニオの寝顔を見つめ、少し笑った。
「ユニを島に送り返すこと……、同意してくれてありがとう」
ゼンゾーが言いにくそうに、言う。
「真実を受け入れるのは辛かっただろ」
「大丈夫」
ユーコは穏やかに答えた。
「すべてはうまく行くから」
ユーコの寝室で、2人はしばらく黙った。ユーコがユニオを撫でる時の衣擦れの音だけが響いていた。
「優子……」
ゼンゾーが勇気を振り絞り、言った。
「僕達の子供を作ろう」
口を『は』の字にして、眠たそうな目をユーコが向ける。
「ユニが島へ帰ってしまったら君も寂しいだろう。そうならないように、僕達の本当の子供を作るんだ」
「あたしは寂しくなんか……」
ユーコは寂しそうな顔を一瞬したのをかき消すと、にっこり笑った。
「ないですよ? ユニくんがこの世からいなくなるわけじゃなし」
「優子……」
ゼンゾーが椅子から立ち上がった。
「おれ達は……家族だよな?」
ユーコが顔をそむけ、黙る。
「ユニを真ん中にして、繋がってる……。そうだよな?」
ゼンゾーの顔が今にも泣きそうだ。
「そうですね」
ユーコが横を向いたまま、うなずいた。
「あたしがママで、ゼンゾーさんがパパ」
「パパとママがすることをしよう!」
ゼンゾーが飛びかかった。
「パパとママが寝室ですることを!」
「ひゃっ!」
思わずユーコの裏拳がゼンゾーの頬にめり込んだ。
「あっ……。ごめんなさい」
吹っ飛びかけたゼンゾーは持ちこたえ、またユーコのほうを勢いよく向いた。諦めない。今夜キメるつもりだ。
「愛してるんだ! ユニオのことも、そして君のこともだ!」
「あっ。ゼンゾーさん! 明日もアーミの捜索に行くんでしょ? 早く寝ないと……。はっ、早く……!」
ゼンゾーが抱き締めようと伸ばして来る手をユーコは必死に防いだ。固い枝が絡み合うようにギリギリと音を立てて2人が取っ組み合う。
「ゆっ……優子……!」
「ウッ……ヒッ……にゅっ……!」
やがて2人は疲れて離れた。荒い息を互いに整えながら、ゼンゾーは抱きつく隙を狙い、ユーコは防御の姿勢を崩さない。
「ハァハァ……。そんなにパパのことが……嫌いかっ? ハァハァ……」
「ハァハァ……。ゼンっ、ゾーさんのことは……っ、嫌いじゃないですっ……」
「じゃあ……」
「それとこれとは……っ」
「処女なのかっ……?」
「そういうことじゃなくて……っ」
「ああ……」
ゼンゾーがようやく気づいたように、言った。
「ユニオがいるからか」
そう言われて、ユーコはユニオの寝顔に視線を移した。すやすやと眠る白い頬を撫でると、その横顔を正面から覗き込む。子供みたいに半開きの薄い唇を見るとたまらなくなったのか、フフフと笑いながらそこに軽くキスをした。
それを見て、自分もしてもらいたくてたまらなくなったのか、ゼンゾーは再び椅子の上から立ち上がり、ベッドに移動した。隙を見せたユーコの後ろから覆いかぶさるように抱きつく。
「うぁお」
濡れ雑巾をかぶせられたような顔でユーコがユニオのツノを握った。
「これが取り外せれば刺すのに」
「おれにもユニの寝顔を見せてよ。一緒に見よう」
ゼンゾーがそう言うと、ユーコのバリアが解けた。ふふっと笑い、ゼンゾーに触られている肩をそのままにし、一緒に同じものを見つめる。
「大きくなっちゃっても、可愛いですよね」
ユーコがうっとりと言う。
「君に似て、可愛いよ」
ゼンゾーがバカなことを言う。
「あたし、こんな綺麗な顔してないですよ」
「いや、おれの目には世界一可愛く見えるんだが」
「ゼンゾーさんもたまにカッコよく見えますよ」
「たまに? いつもじゃなくて?」
「ええ。たまに……。ユニくんを蛇女から助けた時は……」
「カッコよかった?」
「うん」
ユーコは顎をつままれ、顔を強引に向けられながら、答えた。
「古代の戦士みたいで……カッコよかった」
そのまま2人は初めて唇を重ねた。




