馬レバーの食卓
『人間の世界も意外に退屈だった』
ゼンゾーはその手紙を読んだ。
『私はユニコーンの島へ帰るよ』
ユーコとユニオと一緒に買い物に出掛けようとしたら、玄関の郵便受けに挟まっていたものだった。
『ロイをよろしく。善三の恋人だ。お前が好きにするがいい。島へ送り返すなり、成人の儀式を済ませるなり。私は関知しない』
そしてアーミティアスは最後の一文をこう締めくくっていた。
『すべてに飽きた』
「いや! ぜってー嘘だ、これ!」
ゼンゾーは手紙をクシャクシャにして床に叩きつけるなり、言った。
「アイツはどっかに隠れてやがる! おれに追われるのが嫌だから帰ったなんてことにして……」
「でもこれ、今後何も悪いことはしないっていうことですよね?」
ユーコが言った。
「何かしたら帰ってないことがバレちゃう」
「早くお買い物行こうよ」
ユニオが繋いだユーコの手を揺らす。
「美味しいもの買いに行くんだよね? 何か気になる。早く」
「とりあえず……ユニ」
ゼンゾーが言う。
「アーミティアスの捜索は続けろ。引き続き、注意して匂いを追え」
「アーミは……帰った」
しょんぼりしたようにも見える態度でユニオが答える。
「何も感じない。匂わない。島へ帰ったんだよ」
「てめぇ……。また、そういうことにしとかないと、おれが殺されるとか思ってんな?」
ゼンゾーが睨む。
「……帰ったんだよ」
ゼンゾーはしばらくユニオのつむじを少し下から見つめ続けた。
「……まぁ、いい。後でじーちゃんに聞く。本当にヤツがあっちに帰ってるかどうか」
そしてユーコに向き直り、笑ってみせる。
「今は楽しいことだけ考えよう。ユニオとおれとユーコの思い出作りだ」
「はい!」
ユーコが嬉しそうに笑った。
3人でスーパーマーケットに入るのは初めてのことだった。ユニオがポケットに両手を突っ込み、楽しさを隠しきれないスキップで先を歩いて行く。
「ユニくん……。大きくなっちゃったな」
感慨深そうにユーコが言った。
「ちょっと前のことなのに。このスーパーのこの通路を、ミツバチの子供みたいにダダーッ! って……」
「僕らが再会したのもこのスーパーだったよね」
ゼンゾーが頬を紅くして、言う。
「君が馬レバーをじっと見つめてて……。僕がそこに話しかけて……」
「いよいよユニくんにあれを食べさせてあげられるんだ」
ユーコがわくわくした声で言う。
「美味しいって言うかな」
「どうだろう。ユニが馬を食ったところは見たことがないからなぁ」
話を無視されて少し落ち込みながらもゼンゾーが言った。
「まぁ、ユニはユニコーンとは言っても猫科だから、共食いにはならんと思うが……」
「共食いなんて生臭い言葉使うのやめてください」
ユーコが横目でじろりと睨む。
「大好きなものを食べさせてあげるだけなんだからっ」
精肉コーナーに2人が辿り着くと、とっくにそこにいたユニオが牛レバーのパックを手に取り、うっとりと見つめていた。
「今日はそれじゃないよ、ユニくん」
ぷっと吹き出しながらユーコが声をかける。
「もっと美味しいやつ。殺さなくても食べられるレバー、買ってあげる」
「今日は殺さないの!?」
ユニオの顔がぱあっと輝いた。
「生きたまま!? わあい!」
19歳の背の高い美しい青年が、子供のように顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
周囲のお客達はそれを変なものを見る目で見るどころか、心から大好きな芸能人でも見るように、みんながうっとりと魅了されていた。
3人は馬レバーのパックを3つ、買い物カゴに入れると、酒や野菜を選んで回り、レジへと歩いて行った。
しかしユーコは確かにいい匂いがしている。
雨の中では気づかなかったが、とても不思議な匂いだ。
あの食べ物にしか興味がないようなゴゴを優しく、そして夢中にさせるのもわかる。ゼンゾーが時に理性を失うのももっともだと思える。
もしかしたらユニコーンでも人間でもない、何か未知の生き物なのではないかとも思えて来る。それはとても興味をそそられるものだ。
ゼンゾーの家に帰ると、ユーコは早速食卓の準備を始めた。色とりどりの花を活けた花瓶で中央を飾り、甲斐甲斐しく食器を並べて行く。手伝おうとするゼンゾーを優しい笑顔で制止し、ソファーで大人しく待っているよう促しながら、『邪魔すんな』と口を動かす。
「早く食べたいな、ママ」
ユニオは落ち着きなく、ソファーの背もたれに手をかけてわくわくしている。
「早く食べたいな、ママ」
スティーブとゴゴは将棋に興じていた。
「王手だ」
ゴゴがそう言って駒を動かす。
「参りました」
スティーブが頭をぺこりと下げた。
それを傍から見ていたゼンゾーがツッコむ。
「なんで王さんの真ん前に玉置いてんだ! スティーブ、取れ! お前の勝ちだ! っていうか何でゴゴの持ち駒に玉があったんだよ!?」
「出来たよー!」
ユーコが明るい声でみんなを呼んだ。
ユニオの前に大きな皿が置かれた。買って来た馬のレバ刺し3パックはすべてそこに綺麗に盛りつけられている。
「気に入らなかったらみんなで食べるから」
ユーコがドキドキするような目をして、ユニオに言う。
「気に入ったら、ユニくん一人で食べていーよ?」
「オレは興味ない」
ゴゴが言った。
「ジャンボなビーフステーキだ。これがいい」
「馬のレバ刺しなんて食べたことがないから、興味はありますね」
スティーブがナプキンを首にかけながら言う。
「でも美味しかったらユニくん一人で食べちゃってね」
「さて、そんじゃ……」
家主のゼンゾーが『頂きます』を言おうと両手を前で合わせかける。
「美味しい!」
ユニオはたまらずもう馬のレバ刺しを大量に口に入れていた。
「美味しいよ、これ! 美味しい! 美味しすぎるよ、ママ! ありがとう!」
感動に涙を流しながら馬のレバ刺しを次々と口に運ぶユニオを全員がにこにこしながら見つめた。
「いた、だき、ます!」
ゼンゾーの音頭で全員が楽しそうに食事を始める。




