家族
「スティーブ!」
ゼンゾーは自宅の玄関の大きな扉を蹴り開くなり、叫んだ。
「無事か!? スティーブ! いるか!?」
その鼻が犬のように動いている。屋敷中の匂いを探っている。
ずんずんと足音を鳴らして廊下を歩き出すと、後ろをユニオと、彼を守るように寄り添いながらユーコがついて来た。
食堂に入ると、エプロン姿のスティーブが鼻唄を歌いながら、アップルパイを切り分けているところだった。その傍らのソファーにはゴゴが寝そべっている。
「なんだそりゃ!?」
ゼンゾーがゴゴに向かって声を上げた。
「あんなことしといて、なんでここで寛いでんだ、お前!」
「腹が減った。だからだ」
「アイタガヤ」
スティーブが安心しきった顔で言った。
「ユニくんをすぐに島へ帰さないと、僕、ゴゴっちに殺されるんだって、脅迫されてるんだ。助けて?」
「殺される雰囲気じゃねーだろ、これ!」
「アーミティアスはゴゴがなんとかする」
ゴゴがゼンゾーに言う。
「だから、ユニを島に帰してくれ。ゴゴも、お前も、ユニも、優子ちゃんも……みんなが安心するのはそれだ」
「わかってんよ」
ゼンゾーは手に持っていた銃をホルスターにしまう。
「俺もアーミさえ捕まえたら、すぐに帰すつもりだ」
「ちょっと待った!」
ユーコが手を挙げた。
「まだそんなこと言ってたの!? 母親のあたしが聞いてないところで!?」
「しまった……!」
ゼンゾーが声に出して、言った。
「優子には黙ってそっと実行するつもりだったのに……」
「はあっ!?」
ユーコの頭にツノが二本、めきめきと音を立てて生える。
「家族になるんじゃなかったんですか!? あたしがママで、あなたがパパでしょう!?」
「えっ!?」
ゼンゾーの顔が笑いを抑えきれない。
「妻に内緒で子供を僻地に送るパパがどこにいるんですか? 信じらんないっ!」
「いや……。だって、これは……その……。アレだから……。そしてコレなんだから……、わかってくれよ!」
ゼンゾーはどうしても言い出しにくいようだ。『このままでは君が愛する息子に食い殺されるからだ』などとは。
「アイタガヤ」
寝そべっていたゴゴがゆっくり身を起こしながら、言った。
「オレが向こうの部屋に行って、二人きりで優子ちゃんに説明する。いいか?」
「人食いライオンが人間の女性に何を説明する気だよ?」
ゼンゾーが再び銃を抜きかける。
「てめーも優子の『むっちゅぐちゅ』、感じ取ってんだろ? 二人っきりにさせられっか! 食欲とはべつの意味で襲いかかるに決まってる!」
「じゃ、僕も一緒に行くよ」
ユニオがユーコの手を後ろから握った。
「ユニは当事者だ。話は聞かせられん」
ゴゴが拒否する。
「心配ならアイタガヤ、一緒に来い」
「あ……、アレを話すのかよ」
「いつかは話さねばならんこと。だからだ」
「言えねーよ……。誰かが話してるのも聞いてらんねーよ……」
ゼンゾーは頭を抱え込んでしまった。
「優子が悲しむのなんて見たくねーよ……」
「ゴゴさん」
きょろきょろとみんなの顔を見回していたユーコが、ゴゴの顔をまっすぐ見つめた。
「何かわからない。わからなすぎて悔しい。お願い、聞かせて」
「いい子だ」
ゴゴが優しく微笑む。
「アイタガヤ。心配ならオレの匂いをずっと探っておけ。食欲や別の匂いを嗅ぎ取ったら、すぐに殺しに来い。その時は構わない、殺されてやる」
そう言い残すと、ゴゴはユーコを連れて、ユーコの部屋に消えた。
ゼンゾーは悔しそうに見送りながら、悲しそうに泣いている。
「ねぇ、ゼンゾー」
ユニオが不思議そうな顔で、きょとんとしながら聞いた。
「ゴゴはママに何を話すつもりなの?」




