恋の予感 ★(イラストあり)
ユニオの溶かされていた皮膚がみるみる修復されて行く。骨を砕かれていた肩も、徐々に形が元に戻って行く。
ゼンゾーはゴゴに抉られた足を痛そうに抑えていたが、ズボンの裾を捲くると傷口は既に消えかかっていた。
ユーコは小型犬を抱いたままその場にへたり込み、二人の人間ではあり得ない自己修復を、ただ眺めていた。
「ユニくん……治るの?」
誰に聞くでもなく呟いたその言葉にゼンゾーが答える。
「君とちろくんのお陰だ。ゴゴに拐われていたらさすがにアウトだった」
ユーコがゼンゾーの顔を見た。その顔が、逞しい戦士を見るように、うっとりとする。
「うっ……」
ユニオが呻く声を出した。
「ユニくん!」
たまらずユーコが側に寄る。
「ママ……」
ユニオは目を開け、ユーコの顔を仰いで微笑んだ。
「僕、とっても怖かったよ」
「よかったね、よかったね!」
ユーコはユニオの頬を撫で、抱き締める。
「怖かったね! あの蛇女、ゼンゾーさんがやっつけてくれたよ!」
「ネアはユニオの天敵です。危なかった」
ゼンゾーが説明をする。
「ヤツはユニオのツノが見えていない。ユニオは蛇には擬態できないので『魅了』も効かない。おまけにユニオはネアの匂いを捉えられない。自慢のスピードも、神経毒を一発打ち込まれたら役に立たない。なんとか始末できてよかった」
地面に横たわる蛇女ネアの死体は金色の目をかっ開き、ユニオを呑み込んでいた口を裂けるほどに開いている。かつて自分もこの蛇女に食われかけたことを思い出したのか、ユーコは膝の上にユニオの頭を乗せながら、遠くから今にも殴りたそうにそれを睨んでいる。
「ピクニックどころじゃなくなった」
ゼンゾーが立ち上がった。
「ゴゴを追わなければ……スティーブが危ない!」
「そ、そうなんですか?」
ユーコがびっくりしたようにゼンゾーを見る。
「ああ! アイツはきっとスティーブを人質にとり、ユニオを引き渡すよう要求する」
「でも……あの二人、やたら仲がいいですよ?」
「エサをくれるからなついてるだけだ! 優子は今、俺と一緒にいるから人質にとれない。人質にするとしたらスティーブ以外にいないだろ!」
「そ、それは止めなきゃ……!」
ユーコはゼンゾーの言うことを信じたようだ。その目が恋をしているように、狂っていた。
「急いで帰ろう、ゼンゾーさん!」
「ああ! 早く帰らなければ、スティーブが……。くそっ! スティーブ、無事でいてくれよ!」
それはないだろうに、ユーコとユニオを立たせると急いで駐車場へ戻り、荷物を積み込んで車を発進させた。
ゼンゾーよ、お前が追うべき相手はそっちではないのではないのか。
◆ ◆ ◆ ◆
ゴゴはゼンゾーの予想通り、スティーブのところに戻っていた。
「あれ? ゴゴっち。どこに行ってたの?」
スティーブは趣味のお菓子作りの最中だった。可愛いフリルのついたエプロンをかけ、作りかけのティラミスを前に振り向く。
「スティーブ」
ゴゴは息を切らし、言った。
「腹が減った」
「うん。そう言うだろうと思って、冷蔵庫にミートパイが入ってる」
にっこり笑うスティーブ。
広い食卓に隣合って座り、ゴゴはミートパイを五つ、次々に食べた。アメリカンコーヒーを飲みながらその食いっぷりにスティーブがうっとり見とれている。
腹が満たされると、ゴゴが話を切り出した。
「スティーブ。ユニオをすぐに島へ送ってやってくれ」
「え。そんな急ぐこともないんじゃない?」
スティーブはコーヒーを口に運びながら、呑気に答える。
「アイタガヤもその前にやって欲しいことがあるって言ってましたし。僕もアレを見たからといって彼のことを嫌いにはなってないですよ」
「ユニがユーコちゃんを食べてしまったらすべては終わる。だからだ」
「いや……あれって冗談でしょう? ユニくんがユーコさんを食べるわけが……」
「本当なんだ!」
ゴゴが大きな声を出したのでスティーブは頭を抱えてビクッとした。
「ユニが成人の儀を済ませてしまっては、我らアーニマンの王はとても敵わん! 島のバランスが崩れてしまうのだ!」
ゴゴは構わず大きな声を出す。
「何より……ゴゴはユーコちゃんを死なせたくない。だからだ!」
「ほ、本当なんですか……」
防空壕の下から顔を出すように怯えながら、スティーブがようやく聞いた。
「本当にユーコさんが食べられてしまうと……」
「お前はユーコちゃんをユニに食べさせたいか!?」
「ノ……NO」
「ならば今すぐユニオを島に返せ! だからだ!」
※イラストは空原海様から頂きました♡




