勇敢な犬
ゼンゾーは強い力に跳ね飛ばされ、遠くの木に背中を打ちつけると、気を失った。
「ネア」
ゴゴが食事中の蛇に近寄った。
「ゆっくり食える場所へ連れて行く」
太い腕で捕食中のユニオごと抱き上げようとする。
何かが駆けて行く。
小さな白い生き物が、力強く草を蹴り、湿った獣の唸り声を上げながら駆け、ゴゴの足首に噛みついた。
「ちろくん?」
ゴゴが蚊に刺されたようにぴくりと足を動かし、それを見た。
「離せ。キミは関係ない」
マルチーズ犬は必死だった。その弱々しい体のどこにそんな勇気があるのか、ライオンに食いついた牙を離そうとしない。
「離せ!」
ゴゴが雷のような声を出して、脅す。
それに対抗するように犬は「バウ!」と吠えた。一噛みで粉々にされるだろうに、ゴゴの巨体が止められると信じてでもいるように、頑なに離さない。
そしてそれはどうやら実を結んだようだった。
「ゴゴさん?」
息を切らしながら走って来たユーコを見て、ゴゴが慌てたような表情をした。
「……ユニくん!? きゃあっ!?」
蛇に胸まで呑まれているものが着ている白いトレーナーとジーンズを目撃して、ユーコが声を上げる。
ゴゴの背後でネアは恍惚を目に浮かべ、全裸の身体を相撲取りのように膨らませていた。口はもう口とは思えないほどに大きく裂け、ユニオの細いが決して小さくはない身体を三分の一まで取り込んでいた。取り込みやすくするため上を向き、ユニオの足を天に掲げ、重力でぐいぐいと体内に取り込んでいる。腹のあたりがユニオの頭部で丸く膨らんでいる。
ユーコはゴゴを突き飛ばすように横を抜け、まっすぐ走った。
「ユニくんを食べるなっ!」
そう言いながらネアに飛びつき、ユニオの足を抱きかかえながら足で下半身を蹴る。
ユーコの匂いを嗅がないように息を止めながら、ネアは迷惑そうな顔をした。何とかしてくれと言うようにゴゴのほうを見る。
「お願い!」
いくら蹴っても効かないようなのを見て、ユーコは土下座するように、ネアに向かって地面に手をついた。
「食べるならあたしを食べなさい! お願い! ユニくんを食べないで!」
泣きはじめたユーコを優しく退けるようにすると、ゴゴが再びネアを抱き上げようとする。木の上にでも移動されたらもう追うことは出来ず、ユニオはゆっくりとネアに消化されて終わることだろう。
しかし犬が噛みついて離さない。
ゴゴの顔が明らかに困っていた。
「ゴゴさん! お願い! そいつをやめさせて!」
ユーコも犬と一緒になって縋りつく。
「やめさせて! ゴゴさんなら出来るでしょう!?」
「ウウ……」
ゴゴが弱ったような声を出した、その時だった。
銃声が響いた。
「びわ!」と声を上げたネアの額に、穴が空いていた。
呑み込まれて逆立ち状態になっているユニオの身体ごと銃弾が貫通し、ネアは草の上にばたりと倒れた。
ユーコの悲鳴が轟く。
「ウォ……!」
ゴゴは慌てて横へ飛び退いた。
発砲したが2発目の弾丸はかわされた。ゼンゾーは走って間合いを詰める。
「ユニくん!」
バタバタと膝で動きながらユーコが必死の声を上げる。
「ああ……! ユニくん!」
「死んでない!」
ゼンゾーがユーコに言った。
「安心しろ!」
ゴゴが地響きのような声を上げた。足首にくっついている犬を軽く振り払う。犬は「キャン!」と悲鳴を上げると地面を転がった。牙を剥き出しにしてゴゴは再び飛んだ。ネアの身体ごとユニオを食うつもりだ。
しかしその動きがぴたりと止まる。ユニオの前にユーコがいた。ユーコが両手を広げ、ライオンが襲いかかるのにもびくともせず、立ち塞がっていた。
「ユーコ……ちゃん」
ゴゴは困った顔をした。
そしてすぐに動く。後ろからゼンゾーの銃弾が来る気配を察して。
「クッ……!」
ゴゴは逃げた。
その背中に向かってゼンゾーは2発撃ったが、外したようだった。
「ユニ……!」
声を上げながらゼンゾーが駆け寄る。ユーコは泣きながら必死で蛇の口からユニオを引きずり出そうとしていたが、びくともしないようだ。
「ゼンゾーさん! お願い! ユニくんを助けて!」
「頼まれるまでもねーわ! コイツはおれの息子なんだ!」
ゼンゾーは叱るように、ユーコの肩を両手で掴むと、抱きしめた。そして顔を離すと、言い聞かせるように言う。
「大丈夫だ。おれに任せろ。君はただ静かにしていてくれ。集中する必要がある」
ネアは絶命していた。その額に空いた穴は、逆立ち状態になっているユニオの腹を貫通して撃ち抜かれていた。ユニオの赤い血液とネアの緑色の血液が混ざり合い、草の上を染めている。
「ロイ……」
ゼンゾーが動かないユニオに向かい、言った。
「ツノ出せ」
ゼンゾーがそう言うなりネアの胸のあたりに白い光が生まれ、皮膚を突き破って胸からツノが生えた。
犬が駆けて来て、応援を送るように甲高い声で吠える。
「静かにさせて」
ゼンゾーにそう言われ、ユーコは犬を胸に抱き上げた。彼を信じるように見守る。
「ナイフだ」
ゼンゾーがそう唱えると、ユニオのツノがナイフのように研ぎ澄まされ、ギラリと光を浮かべた。
ゼンゾーはネアの肩とユニオの胸をそれぞれに手で押さえると、勢いよく左右に腕を広げた。ジッパーを開くような音とともにユニオのツノがネアの身体を切り裂き、気を失っているユニオの顔が現れた。
銀色の髪が胃液に濡れ、顔の皮膚が既に溶かされかかっていた。折られた肩が歪な形に竦んでいる。
犬がユーコの胸から飛び降り、嬉しそうに吠えながらユニオに駆け寄った。
「ユニくん……」
ユーコはあまりにひどいユニオの姿を見て、わなわなと立ち尽くしている。
「大丈夫だ」
ゴゴに抉られた自分の肩を押さえながら、ゼンゾーが言った。
「おれ達ユニコーンには超再生能力がある」




