銀青
おおきな音がして、目が覚めた。
シンバルを鳴らすような音が、じゃん、じゃん、がしゃーんと3回。
見ると、ちろくんのケージをユニオが手で叩いていた。
「ユニくん!?」
あたしは慌てて起きあがった。
「やめなさい! その犬、危ないんだから!」
言ってもわからない。ユニオはとても楽しそうな笑顔で、ケージの網をばんばん叩いている。
その向こうでちろくんが、怯えきったような目を、あたしのほうに向けていた。
カーテンを閉めていることもあり、今が何時なのだかさっぱりわからない。
寝ぼけていたのか、あたしはユニオを抱くと、ようやくそのことに気がついた。
もちろんベッドであたしと一緒に寝ていたはずだ。まだ歩くことができないのだから。
「ユニくん? もしかして、ハイハイできるようになったの?」
あたしが聞くと、
「ハイ~」
まるで「はい」と答えるように、ユニオは満面の笑顔で言った。
時間は朝方の4時だった。
ベッドに戻り、おっぱいをあげる。
ツノが長く成長していて、さらにおっぱいがあげにくくなっている。
乳房の上のほうに刺さってくる。
あたしの顔を、銀に青の入り交じったあどけない目で見上げながら、乳首を舌でしごくユニオに、約束するように言った。
「明日、あの犬、保健所に連れて行くからね。一緒に車に乗ってお外に出ようね」
するとユニオが乳首から口をちゅぽんと離し、喋った。
「かわいそうだよ、ママ。わんわんを保健所なんかに連れて行かないで」
「ユニくん!?」
あたしはびっくりして、まだ生後三ヶ月くらいにしか見えない彼に、聞いた。
「喋れるようになったの!?」
それには答えず、ユニオは続けた。
「ぼく、だいじょうぶだから。あのわんわんのこと、怖くないから。ね? 保健所に連れて行っちゃ、だめ」
「許してあげるの?」
あたしは会話していた。
「だってあなたの腕を食いちぎった猛犬よ?」
「だって、ぼく、遊ぶ友達、ほしいもん」
彼の銀と青の混ざった瞳を見ていたら、ほんとうにちろくんがユニオの腕に噛みついていたのか、わからなくなってきた。あれは眠っている時に見た夢ではなかったのか。事実、今、ユニオの腕は、赤ん坊らしくすべすべで、ひっかき傷ひとつない。
「……わかったよっ」
あたしは思わず微笑みが顔に浮かび、うなずいていた。
「お友達、ほしいもんね?」
「わあい!」
ユニオは赤ん坊の顔で嬉しそうに笑うと、あたしのおっぱいにほっぺたをくっつけた。
「じゃ、夜が明けたらいっしょにお外に連れて行ってよ、ママ」
「お外に? もうお外で遊べるの?」
「朝になったら、もっとおおきくなってるから。走りまわって遊びたいな、わんわんと」
「お風呂に入んなきゃ」
あたしはしみじみと言った。
体がべとべとする。髪もゴワゴワだ。シーツも換えないと、ペットシーツからはみ出したうんちやしっこや、ユニオの腕からあふれた血やで汚れている。
「明日……、起きたら……、一緒にお風呂、入ろうね」
ユニオは何も言わず、おっぱいを飲んでいる。
すぐにあたしは意識が遠くなっていった。
ちろくんが弱々しく、甲高い怯えるような声で呻いたのが最後に聞こえた。