異形の闘い
「いいよ、開けて?」
ユニオはそう言うと、前に出た。
「大丈夫か?」と、ゼンゾーが聞く。
自分が闘らせようとしているくせに、心配そうだ。
「ちょっと遊ぶだけ」
ユニオは楽しそうに、そう言った。
「彼は本気で食べに来るだろうけど、ご飯で止められないなら僕が止めるよ」
「そうか」
ゼンゾーは頼もしそうにユニオの横顔を見つめると、
「じゃ、おれ達は避難して見てる」
そう言ってスティーブと一緒に後ろへ下がる。
2人の前に下から新たな鉄格子がせり上がり、闘いの場から隔離した。
「開けるぞ?」
ゼンゾーがそう言いながら、壁の赤いボタンを、押す。
ゴゴを囲っていた鉄格子が、床に吸い込まれて、消えて行く。
獣の咆哮が湧き上がった。
縛めが解かれるより早くゴゴの巨体が、吸い込まれる鉄格子の上を飛び越えた。もはや言葉をもたない獣が肉を求め、目の前の華奢な青年に飛びかかる。ユニオはスウェットパンツのポケットに両手を突っ込んだまま、楽しそうに笑っていた。
「僕を食べたいの? おいで」
そう言うとユニオは瞬時に5メートル横に跳び、壁を蹴った。
闘う時、ユニコーンの『擬態』は解ける。
既に誰の目にもユニオは人間に見えていなかった。
銀色のしなやかな毛に包まれた豹のような生き物が、頭に生えた一本のツノを前に突き出し、獅子の巨体に襲いかかる。
ゴゴの口から広い地下室に充満するほどの雄叫びが発せられた。
雄々しい爪がユニオのツノをへし折ろうと右から襲う。凄まじい勢いで振り出されたそれは、ユニオのツノを捕えるにとどまらず、そのまま頸椎ごとへし折ったかに見えた。しかし幻だ。地面を蹴って上へ飛んでいた。すぐさま見抜き、ゴゴもユニオから目を離さない。
ユニオの両親を食ったゴゴだ。まだ母親を食っていない未成年のユニコーンなどに負けるとは思えない。しかしゼンゾーも、ユニオも、ゴゴなど敵ではないというように、明らかに舐めてかかっている。
ゴゴ当人がユニオの成長を恐れていたのは『魅了』の力に対するものが大きいのだろう。個体にもよるが、二十歳前後にユニコーンの『魅了』の力はピークを迎える。最も美しく花開いたその魅力は相手の戦意を喪失させる。
しかし今、その力を最大に発揮するための『擬態』は解け、飢えに理性を失っているゴゴには食欲しかない。
一体、ユニオのどこに勝機があるというのか? その余裕はどこから来るのだろうか?
「わからない?」
ユニオは飛び跳ねながら、ぺろんと舌を出した。
「僕は王子なんだ」
スピードだ。スピードでユニオが完全にゴゴを上回っている。まるで戯れるように、ユニオはゴゴの周囲を跳び回る。
しかしゴゴも決して見失わない。唸り声を低く上げながら、ユニオがツノで突き刺しに来るのを狙っている。理性は失っているが、本能で勝ち方を知っている。ユニオも逃げ回るだけならすぐに体力を消耗し、動きが鈍くなるだろう。
「アハハハ、じゃ、そろそろ」
ユニオがゴゴにツノを向けると、言った。
「いっくよー?」
ユニオが突撃した。ゴゴにはしっかり見えている。
真っ直ぐ突き刺しに来るユニオを鋭く太い爪が待ち構えていた。カタパルトで発射されるように、それは一瞬でユニオの頭を捕らえ、砕いた。
「アハハハハハ」
ユニオがゴゴの肩に座っている。
じゃれつくように、ゴゴの額にコツコツとツノを当て、ぺろりとその頬を舐めた。
ゴゴの動きは硬直している。恐怖している。食われるのは自分のほうだと理解している。
「僕の勝ちだね?」
そう言うとゴゴの肩から飛び降り、ユニオはゼンゾー達のほうへ歩き出す。
「あー、楽しかった。じゃ、お肉でも食べさせてもらいなよ」
再びゴゴを取り囲んで鉄格子が床からせり上がる。
「ウゥ……」
怯えた声を漏らすと、項垂れ、獅子は大人しくなった。
ゼンゾーが言った。
「ゴゴ、すまなかったな。お疲れさん。すぐに食いもん持って来てやるよ」
そしてスティーブのほうを振り返り、聞く。
「見たよな? これで信じたよな?」
スティーブの顔は蒼白だった。大量の汗を流し、唇は震え、その目が大きく見開かれっぱなしだ。
「スティーブさん、僕のこと好き?」
ちっとも気まずそうにではなく、にこやかにユニオが聞く。
「嫌いにならないで」
そう言ってスティーブに身体を擦り寄せると、そのまますれ違い、一人で階段を昇って行った。
ゼンゾーが彼の肩を叩く。
「スティーブ……。おれの言ったことはすべて事実だ。これでわかってくれたよな? あいつはユニコーンなんだ。人間の町にいてはいけない生き物なんだ。だから島へ帰したい。ヘリ、飛ばしてくれるか?」
スティーブはよろめき、壁に手をついた。今しがた見たものが相当ショックだったようだ。
弱々しい声で、ようやく答えた。
「ちょっと……考えさせて」
「あぁ。どうせすぐにというつもりはないんだ」
ゼンゾーは安心したように笑うと、何もないところを睨むように見た。
「ユニには帰る前にやってもらいたいことがある。あいつの嗅覚が必要なんだ。おれの鼻でも探し当てられないやつを探すために」
そして拳を握りしめた。
「アーミティアスを逮捕してからだ! あいつを島へ帰すのは」




