朝
うああーッ!?
スティーブに会心の名台詞用意してあったのに!
メモしてなかったから忘れた!(悔)
朝の食卓に3人と2匹が集まった。
「待て」
小型犬が忙しなくしっぽを振る。床に置かれた銀皿の中に盛られた、茹でた牛肉をおあずけされながら。ユーコはじっと犬と見つめ合う。グレーと白に少しピンクの混じったトレーニングウェアに身を包んだ身体をしゃがませ、少し跳ねるようにすると、言った。
「よしっ」
ユーコの許しを貰い、犬は銀皿に頭を突っ込んだ。まるで奴隷のように、束縛されることでしか自由を得られないのだ。
テーブルの上には豪華な朝食が並べられていた。肉に卵に野菜、そしてパン。一際大きな豚肉のかたまりが載せられた一皿はやはりゴゴのものだろう。
「あれ? ゴゴっちは?」
王子のような白いブラウスに黒いズボン姿のスティーブが、ユーコに聞いた。
「いっつも真っ先に何も言わずに食べ始めてるのに」
「んー……。おかしいですね」
ユーコが答える。
「そういえば起きてからまったく姿を見てません」
金色の混じった銀髪を後ろで結び、まだパジャマ姿のユニオは、何も言わずにもうハムと卵を一緒に頬張ってニコニコ食事を始めている。ユニコーンは自由でいい。
「ゴゴは今、忙しい」
いつものヨレヨレのスーツを着て席に着いたゼンゾーが言った。
「食事を始めよう。じゃ、いただきます」
「忙しいって?」
スティーブが怪訝そうに聞く。
「ゴゴっちに食べる以外で忙しいことってあるの?」
「フフフ」
ユニオがサラダを食べながら、口を開いた。
「ゼンゾー、何か楽しいこと?」
「おまえはわかってるよな、ユニ?」
「うん。何かが始まるんだね?」
ユニオは楽しそうな目をして、言った。
「ビンビンに匂ってるよ」
「何のこと?」
ユーコが意味のわからなそうな笑顔で聞く。
「ママにはわからなくていいこと」
ユニオが意地悪くウィンクをする。
「もー、ユニくん、ママに秘密を持つようになっちゃったのね? 反抗期だね? ちっちゃい頃はあんなに可愛かったのに!」
ユーコはぷんぷんしながらトーストを齧った。
「スティーブ」
ゼンゾーが離れた席のスティーブに言った。
「食事が終わったら見せたいものがある。一緒に来てくれ」
「……」
「スティーブ?」
「あっ、ゴメン。何を言うんだったかド忘れしちゃって……」
「メモしとけ!」
ゼンゾーは苛々した様子で言った。
「食事終わったら付き合ってくれ。いいな?」
「見せたいものって何ですか? ここじゃ言えないこと?」
「ユニも来い。いいな?」
「もちろん行くよ」
ユニオは声変わりしてもなお高い声で、無邪気に言った。
「食後の運動によさそうだ」
「運動?」
スティーブが首を傾げる。
「まぁ、ユニくんが行くんならボクも行きますよ」
「何するの? あたしも行く!」
イチゴジャムをたっぷり塗ったトーストを頬張りながら、ユーコが言った。
「優子は来るな」
ゼンゾーがコーヒーを口に運びながら、首を横に振る。
「これは男同士の遊びみたいなものなんだ。君には見せられない」
「えー……」
ユーコは不服そうだ。
「そう言われると余計に見たくなっちゃうんですけど」
「もしかしてユニくんとゼンゾーでいかがわしいことでもするんですか?」
スティーブが引き気味に言った。
「それならボク、見たくないですけど……」
「そんなことしないですよね?」
ユーコはそう言いながら、とても見たそうに身を乗り出している。
「ゼンゾーさんはユニくんのお父さんなんですよね? だからいかがわしいことなんてしないですよね?」
「違うよ。ゼンゾーは僕の恋人だってば、ママ」
そう言ってユニオが妖しげな流し目をゼンゾーに投げる。
「いいから早く飯を食え」
無視するようにゼンゾーは言った。
「ただし食いすぎるな。運動の前だ」
「わかってるよ」
ユニオがくすくす笑う。
「楽しみだ」
「やっぱりあたしも行く」と、ユーコが膨れっ面をする。
「そろそろ息子離れしなよ、ママ」
ユニオがからかうように言った。
「優子はすまないが食事の後片付けをしておいてくれ」と、ゼンゾー。
「はあ? あたし、お客なんですけど?」
「ごめんなさい」
ゼンゾーが頭を下げた。
「お願いします」
◆ ◇ ◆ ◇
地下室への扉を開けると、ユニオが大きな瞳を開き、言った。
「へえ。面白そうな地下への道が続いてるね」
「何も見えないでしょ」
スティーブが暗闇を見ながら、言った。
「大体、地下室なんて何もないよ。ボク、ここも入ったことあるけど」
「なんか怖そうなとこ……」
後ろからユーコが言った。
「大丈夫? ユニくん、転んで怪我しないでね」
わんわんっ! と小型犬が吠える。
「じゃ、洗い物とか後片付け、お願いします」
ゼンゾーはユーコにそう言うと、扉を閉め、鍵をかけた。
不安そうに見送るユーコの姿が遮断された。
「なんか……下から声、聞こえるよ?」
スティーブが怯えるように言った。
「なんかホラーみたいな雰囲気だけど……ユニくん大丈夫? っていうかアイタガヤ、一体何なの?」
ゼンゾーが懐中電灯のスイッチを押し、明かりを点けた。岩壁に挟まれた暗い階段が姿を現し、下へ続いている。その先から獣が静かに唸るような、地響きのような声が聞こえている。
それは階段を降りるにつれ、はっきりと聞こえて来た。
ゼンゾーが地下室の蛍光灯を点ける。
「あっ」
スティーブが声を上げた。
「ゴゴっち!?」
暗い地下室の中心に、天井から床まで鉄格子が刺さり、その中にゴゴの巨体がうずくまっているのだった。
「アイタガヤ! 何するの! ゴゴっち、かわいそうだよ!」
スティーブは小走りで駆け寄ると、手を伸ばす。
「今、出してあげるよ、ゴゴっち」
「スティーブ!」
ゼンゾーが叫んだ。
「近寄るな!」
近寄るスティーブに気づくと、ゴゴは大きなその口を開けて、真っ赤な口蓋を見せて襲いかかった。目が理性を失っていた。獰猛な、血に飢えた獅子が完成していた。




