ユニコーンの王
ユニオはユニコーンだ、ユニコーンとは人間の姿をした動物である。
ゴゴはアーニマン。アーニマンとは動物の姿をした人間だ。
二つの種族は、日本列島のわずか350km沖に浮かび、ユニコーンのツノのように人間からは見えない『ユニコーンの島』に暮らしている。
両者は捕食関係にありながら、共存関係でもあると言えた。何より互いに言葉が通じるのだから、島に危機が降りかかった時などには協力し合うこともある。
その力関係は拮抗している。バランスが取れている。それは長い間、ユニコーンという島における食物連鎖のピラミッドの頂点を対等に独占して来たことからも窺える。
しかし近年、そのバランスが崩れかけていた。
両者とも群れを作って生きる動物である。それぞれの種族に王がいる。どちらもそれは血筋で決められた。
王は王の血統にある者の子孫の中から、最も力のある者が選ばれるのだ。とはいえそれは永遠のものではない。王族の中に力のある者が産まれなければ、力で乗っ取られることもある。敵に王が殺され、子孫がなかったような場合には、しばらくの間、王の代わりを務める者が出る場合もある。
ユニコーンの王は今、島で唯一の人間が務めている。20年前、王と王妃が同時にライオン型のアーニマンに食い殺されたためだ。雄の息子が一頭いたが、当時まだ4歳で幼かった。
ユニコーンは人間と同じく20年でようやく成人する。愛田谷希郎は長い間、王の代理として、ユニコーンを統べていた。王が遺した1人息子が成人するまで。
しかし息子はあまりに若く、彼はあまりに年老いていた。
これはアーニマン達にとってはユニコーンを根絶やしにする好機だと言えた。しかし希郎は戦闘能力ではなく、知力でこれに対抗した。集落の周りに罠を設置した。その上、統率を取られることによりユニコーン達が個々の力を数倍も発揮し、アーニマン達の侵攻を寄せつけなかった。
現在のアーニマンの王は歴代最弱と呼ばれていた。ゴリラ型で力は強いのだが、頭がとにかくアホなのである。
ライオン型のゴゴのほうが力も頭もある。しかし気の優しすぎるゴゴには王座を剥奪しようなどという考えはない。
つまり今、両者は低レベルでバランスが取れていると言えるのである。王不在のユニコーンとアホ王の率いるアーニマン。しかし今、ここに、どちらかに強力な力を持つ、若い王が現れたとしたら?
ユニオことロイは王の子だ。王の資質を持っている。しかし彼は王になるにはあまりにも頼りなかった。
ユニコーンの成人式は母親を食べることによって完了する。しかしロイはその儀式を済ませていない。4歳の時に母親をライオンに食われたからだ。それゆえに大人になっても未成熟なままなのだ。17歳の頃になってもまだ子供のような甘えっ子で、王代理の息子のゼンゾーを恋人と呼び、べったりくっついて呑気な毎日を送っていた。その後ゼンゾーが島を去ってからは依存する対象を失い、引きこもりのようになってしまっていた。
アーミティアスはロイに成人の儀式をやり直させることで若くて強力なユニコーンの王を確立しようとしているのだ、そしてユニコーン達の士気を上げ、アホ王の率いるアーニマンを根絶やしにし、島の権力をユニコーン独占のものとしようとしているのだ……、間違いない、とゴゴは考えたのであろう。
その企みが本当なのかどうかは、アーミティアスに聞いてみなければわからないが。
ゼンゾーが引き籠もっていた自室からようやく出て来た。ソファーでぶつぶつと独り言を呟いているゴゴに声を掛ける。
「おい、ゴゴ。ちょっと一緒に来てくれ」
「なんだ?」
ゴゴは素直な目をして聞いた。
「いいもんがあるんだ。食いもんだ。夕食からもう2時間も経ってる。腹減った頃だろ?」
「いいもの?」
ゴゴが嬉しそうに舌なめずりをする。
「なんだ? どんな肉だ」
「いいから来てみろ。ついて来い」
「ちょうどよかった。実はオレもおまえに相談したいことがある」
ゴゴはそう言いながらソファーから立ち上がった。
「おまえに相談するのが正しいのかどうかはわからんが……」
「急に立ち上がるな! 宣言してから立ち上がってくれ!」
ゼンゾーは防御姿勢になりながら言った。
「怖いだろ! 襲いかかられるかと思うだろ! おまえ、カラダでけぇんだから、威圧感あるって自覚しろ!」
「……すまん」
ゼンゾーが扉を開けると暗闇だった。懐中電灯のスイッチを押すと、岩を組んで作られた壁が浮かび上がる。
「食い物、どこだ」
ゴゴが不審そうに、しかし素直な目をして聞く。
「地下室にあるんだ。ついて来い」
ゼンゾーは前を歩き、階段を下りて行った。ゴゴに対する警戒心は微塵も感じられない。腹さえ満たしておけばゴゴは大人しいと知っているからだ。
「なるほど」
ゴゴが楽しそうに言った。
「いい匂いがするぞ」
地下室に2人は辿り着いた。岩の壁以外は何もないような、広い空間だ。
「あれだ」
ゼンゾーが前を指差した。
見るとセメント張りの床の上に、大きな白いお皿がぽつんと置かれてある。その上に何かの肉が乗せられていた。
「この匂いは……」
遠くからゴゴがくんくんと鼻で確認する。
「……なんだ? よくわからん」
「近くに行ってみろ」
ゼンゾーの顔に少し緊張で浮かぶ。
「そうすりゃわかる」
ゴゴはまったく警戒していなかった。ゼンゾーを信じ切っているように、言われる通りに皿を見に行った。平和な人間の街の暮らしに慣れ、平和ボケしたか……。
「ん?」
皿の上のものを見て、ゴゴが声を上げながら振り向く。
「これは匂いをつけただけの……作り物の肉だぞ」
「そう。プラスチック製だ」
ゼンゾーがそう言いながら、手元にあったレバーを操作した。
床に開いていた穴から一瞬にして鉄の柵がせり上がり、ゴゴを囲んだ。それはあっという間に天井までを塞ぎ、獅子を捕らえて閉じ込めた。
「ゼンゾー!? なんだこれは!?」
ゴゴは急いで駆け寄り、逞しい牙で柵を噛んだ。しかしさすがに鋼鉄の柵はびくともしない。
「何のつもりだ!? 出せ!」
「おまえにユニオと闘ってもらう」
ゼンゾーは真剣な顔で告げた。
「おまえが腹ペコになって、食欲だけのバケモノになったら出してやんよ」




