愛すれば愛するほど
ノックの音がした。
「あのぅ」
ユーコが部屋の中に顔を覗かせた。
「ユニくんの髪、整えてあげたいんですけど、ハサミとか借りていいですか?」
ゼンゾーと希郎が振り返る。
『おお、これがイマドキの女子か……』
帰ろうとしていた希郎が足を止め、感激した声を出す。
『綺麗である! 綺麗である!』
ユーコは希郎のことはまったく気にせずに、部屋に入って来た。
「あと、切った髪が散らばらないようなケープとか、なければゴミ袋をください」
ゼンゾーがユーコに聞く。
「見えてない?」
「何がですか?」
ユーコはきょとんとして聞き返した。
ユーコのすぐ目の前では白い毛むくじゃらの老人が4本足で歩き回り、たまに2本足で立ち上がって、よだれを垂らしながら足下から頭のてっぺんまで、女体を眺め回している。
『これがおまえの嫁か? 善三よ』
「そうだよ」
ゼンゾーが祖父に自慢げに、うなずく。
「素敵な匂いだろ?」
「へ? 何が?」
意味がわからずユーコは聞き、くんくんと部屋の匂いを嗅いだ。
「特に何の匂いもしないですけど? っていうかゼンゾーさん、意外とお部屋綺麗にしてるんですね」
「でもだらしないんだ」
ゼンゾーはプロポーズするように、ユーコに言った。
「世話してくれないか」
「これだけ綺麗にしてるなら、お掃除する必要もないですよ」
ユーコはにっこり笑う。
「そんなことよりハサミ、お借りしますよ?」
『たまらんな、人間の女子は、やはり。念の身体では匂いが嗅げぬのが無念である』
希郎はユーコの髪に顔を埋めてくんくんしていた。
『ユニコーンは美女ばかりだからつまらん。やはり人間の女子が良い。そこはかとなく崩れたこの生々しががたまらぬ!』
「早く帰れよ、じいちゃん」
白い目をしてゼンゾーが言う。
「……じいちゃん?」
ユーコが首を傾げた。
食堂ではユニオとスティーブが談笑していた。
「アイタガヤがユニオくんのことを人間じゃないって言うんですよ。人間じゃなくてユニコーンなんだって。本当?」
「うん、そうだよ。僕はユニコーンという動物なんだ」
ユニオは無邪気にうなずいた。
「この姿は人間に見せかけてるだけで、本当はヒョウによく似たネコ科の大型肉食獣なんだよ。額に一本ツノがあるんだけどね」
「ここに? ツノがあるの?」
スティーブはジョークを聞いて笑うように言いながら、ユニオの額を撫でるように触った。
その手が長いツノに触れた。が、何もないかのようにすり抜ける。
「ねえ、ゴゴっち」
ソファーで寛ぐライオンに、スティーブは話しかけた。
「彼、面白いよね」
「ユニが人間ではないのは本当だ」
ゴゴはどう見てもライオンの顔で、喋った。
「オレは人間だがな」
「今のジョークなの? どう反応したらいいんだろ……」
スティーブは困ったように笑うと、煙を払うような手つきをしながら、言った。
「とりあえず君達、アイタガヤの作り話に乗りすぎ! ちょっと真面目になろうよ」
ゴゴが無表情に答える。
「オレはジョークの言い方なんか知らん」
「大体、アイタガヤって、ひどいんだよ? ひどすぎる!」
スティーブが軽蔑を込めた真顔になる。
「ユニくんが二十歳になったらさ、ユーコさんを食べる! だなんて、言い出しちゃってさ」
「そうか!」
突然、ゴゴが飛び起き、深刻そうに声を上げた。
「それが狙いか! アーミティアスめ!」
「な、何何何何?」
スティーブがびっくりして笑う。
「どうしたの? ゴゴっち?」
「ユニ」
ゴゴがユニオに聞く。
「おまえ、ユーコを食べるつもりだ。……そうだな?」
ユニオは大きな目を細めて笑った。窓の外で雲が動き、月が現れ、ユニオの白い顔に陰影を作る。
「僕、ママのこと、大好きでさ」
窓のほうを向くと、うっとりした表情で、言った。
「すごく愛してるんだ。愛すれば愛するほど……」
そこへユーコがハサミとゴミ袋を持って戻って来た。
「ユニくんっ。もっとかっこよくなろう!」
そう言うと、真ん中に首出し用の穴を開けた透明のゴミ袋を、ずぼっとユニオにかぶせる。穴から首だけ出したユニオの長い銀髪がゴミ袋に引っ張られ、まっすぐ下に伸びた。
「アハハ! ユニくん、なんだかアフガンハウンド犬みたい」
ユーコがくすくす笑う。
「仲間だよ、ちろくん」
ユニオの足下にいた白い小型犬が名前を呼ばれて一声軽やかに吠えた。
「くすぐったい、ママ」
ユニオが片目を閉じて笑う。
「そこ、そんな触り方しないで」
「産毛が可愛いなーって、思ってさ」
ユーコは構わずユニオのうなじをくすぐるように触り続ける。
「まだ赤ちゃんみたいだね、ユニくん。うふっ」
ユーコがユニオを後ろから抱き締めた。ユニオは嬉しそうにクスッと笑う。
「長さはこのままで、整えるだけしちゃおう」
そう言いながらユーコがチョキチョキとハサミを動かしはじめる。
「ポニーテールにしちゃおっかな」
ユーコの細い指が銀色の髪に埋まり、柔らかい感触を楽しむように動く。ユニオも気持ちよさそうに目を瞑り、ユーコの指の動きを感じていた。
「ママ」
「あらなあに? ユニくん」
「愛してるよ」
「あら。あたしのほうが愛してるわよ」
24歳の母と19歳の息子の戯れを、スティーブはにこにこしながら見守っていた。ゴゴは周囲に聞こえない声で、小さく呟いていた。
「そうか……アーミティアスめ……。ユニオをユニコーンの王にするつもりか……」




