決意
スティーブが食堂へ行くと、ユニオがレバニラ炒めでご飯を食べていた。
「あっ。よかった、食べるもの残ってたんですね」
スティーブは頬を赤らめてユニオに話しかけた。
「他にも焼売と唐揚げもありますよ? 温めようか?」
ユニオはそれには答えずに姿勢よく立ち上がると、改めて挨拶をした。
「ごめん、さっきは挨拶できなかったね。桐谷ユニオです。よろしく」
ぺこりと頭を下げた。首からかけている黒いチェーンのネックレスがぶらんと揺れた。
「スティーブ・スーパーライトです。こちらこそよろしく」
挨拶を返しながらスティーブはユニオを見つめた。
細身ながらしっかりと肉のついた、ネコ科の肉食獣のような体躯を、惚れ惚れとしながら下から上まで観賞し、金色の毛が疎らに混じった銀髪のつむじを愛おしそうに眺める。
ユニオが顔を上げるとその大きな銀青の瞳を覗き込み、白い肌の上に隆起した鼻筋から薄い唇へと目を運んだ。
「ずっと、ここにいていいからね」
うっとりとした目をして、スティーブは言った。
「優子さんも、ユニくんも。ずっといてほしいな」
「あれ。ここってゼンゾーさんの家ですよね?」
ユニオと並んで座っているユーコが笑いながら言う。
「嬉しいですけど、スティーブさんがそんなこと言っちゃっていいんですか?」
「いいんですよ」
スティーブはにっこり微笑んだ。
「すぐにボクの物にしますから」
ゴゴはユニオと距離をとってソファーで身を崩している。
遠慮するように、気遣うようにユニオの食事を見守っていたが、おそるおそるというように口を開いた。
「ユニ……。おまえ、オレを恨んではないのか」
その声に振り向いたユニオの顔は敵意ひとつなく、明るかった。
「恨むって? 僕が、君を? なぜ?」
「オレ、おまえの両親、食った。だからだ」
「ゴゴさんのほうが強かったんだから当たり前のことだよ」
ユニオは笑った。
「強いものが弱いものを食べる。何かおかしなことでも?」
「では……、おまえ、オレを食うか?」
ゴゴの顔に緊張が浮かぶ。
「おまえ、オレより強い」
「島の中ならそうしたかも」
ユニオはまた無邪気に笑った。
「でもほら、ここってこんなに食べ物あるじゃん。食べられるために死んでくれてる動物がたくさんいるんだ。これを食べてあげなきゃ」
「そうだな」
ゴゴはフッとようやく安心したように笑った。
「オレもだから、ここでは殺して食べる必要がない」
スティーブとユーコが意味がわからないような顔をして、しかし2人が仲良さそうになったのを嬉しそうに眺めていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「どうしたらいいんだ……」
ゼンゾーは自室で一人、ベッドに拳を埋めて呟いていた。
「このままでは優子がユニオに食べられてしまう」
それどころかスティーブに屋敷を乗っ取られてしまう。早急に何とかする必要があった。
「……じいちゃん」
ユニコーンの島へ念を送りはじめた。
「じいちゃん! 聞こえるか?」
ゼンゾーの祖父、愛田谷希郎は人間である。しかし昔、この屋敷に住んでいた時、人々から『怪人』と呼ばれていた。それには理由があった。
『善三』
ゼンゾーの前、壁の中に人影が現れる。
『ロイがそちらにおるそうだな』
真っ白な髭の老人の姿がだんだんと露わになる。髭だけではない。全裸の身体中が真っ白な毛に覆われ、それは狒々(ひひ)のような老人が、壁の中に4本足で立っている。
「じいちゃん! 助けてくれ!」
ゼンゾーはその老人に向かい、情けない声を上げた。
「このままではおれの嫁になる女性が……あいつに食い殺されてしまう!」
『食わせてやればよかろうが』
老人は言った。
『ロイは成人したが母親を食っておらん。既にゴゴに食われておったからな。それゆえ未成熟なままだった。アーミはおそらく、そんなあいつに再び母親殺しの機会を与えるため、たまごにしてそちらへ渡したのだろう。ロイを立派な成獣とするために』
「ここは人間の国なんだよ!? ユニコーンやアーニマンの論理を通されてたまるか!」
『では、おまえがロイを殺せばよかろう』
老人は表情を変えずに、言った。
『それですべては解決すると思うが?』
「ユニオを……ロイを、そっちに送り返したいんだ」
ゼンゾーは乞うように、泣き叫ぶように、言った。
「じいちゃん、なんとかしてこっちに来れないか? 迎えに来てやってほしい」
『儂は島に適応した人間だ。もはや人間の町には帰れん』
「違うよ! 迎えに来るだけでいいんだ!」
『儂の身体を気遣え。何歳になると思うておる。人間の力で何とかせい。今は空を飛ぶ機械があると言うではないか』
「それを持ってるやつがいるんだけど、おれの話を信じてくれねえんだよ。そうだ! じいちゃん、スティーブと話をしてくやってくれないか?」
『儂のこの姿はおまえとアーミ以外の者には見えん』
「じゃ、どうすればいいんだ……!」
ゼンゾーはベッドに突っ伏した。
「おれはユニオもユーコも助けたいんだ……!」
『ネアとゴゴもそちらにおるのだろう?』
希郎が無表情に言った。
『ゴゴとロイを戦わせればよい。その能力を直に目にすれば、誰もが知るだろう。ロイが気高きユニコーンであることを』
「ゴゴは戦ってくれねーよ。自分より強いものとは。おまけにあいつも『魅了』の能力にやられてて、腑抜けになってる」
『ゴゴがなぜロイの両親を食えたと思っておる?』
希郎にそう言われ、ゼンゾーがはっとした。
確かにそうだ。ゴゴは成獣のユニコーンであるユニオの両親を捕食した。まだ『魅了』の使えない子供のユニコーンならともかく、立派な成獣のその能力をものともせずに、2人をまとめて捕食している。
「それしかないのか……」
ゼンゾーは呟いた。
『そろそろ帰るぞ』
老人の姿が壁から消えはじめる。
『【通信】の力を使うのは疲れる。とにかく善三よ、儂はどうにもしてやれん。おまえがどうにかするのだ』
「ユニとゴゴを戦わせる……」
祖父の言葉など聞こえていないように、ゼンゾーは呟き続けた。
「……それしかないのか」




