ユニオ19歳
「はあっ!?」
ユーコが怒声を上げた。
「なんでユニくんを孤島に戻すんですか!?」
ゼンゾーは言い淀んだ。彼女がショックを受けるようなことは言いにくいのだろう。
「ユニくんはあたしの息子なんですから!」
ユーコがさらに言葉を荒くする。
「せっかく幸せにこの町で暮らせるようになったんですから! 何もない島に返すだなんて……!」
「優子……」
ゼンゾーがようやく言った。
「ユニオは死体損壊罪を犯してるんだ。刑事のおれがかばうわけに行かない。だが、そっと島へ返せば……」
「黙っとけばいいじゃないですか!」
ユーコが声を張り上げた。
「殺したわけじゃないんだから! 死んだ女の人の肝臓にちょんってツノを触れただけなんだから! あなたさえ黙ってさえいれば何も問題はないでしょ!」
ゼンゾーは困ったように黙り込んでしまった。肝心なことは言えなかったようだ。
「何事ですか? 騒がしい」
そう言いながら奥から現れたチリチリ長髪の西洋人を見て、ユニオがにっこり笑顔を浮かべた。初対面の相手にはこうやって『魅了』をかけるのだ。
「スティーブ」
ゼンゾーが救いの神が現れたように西洋人を見た。
「コイツがおれの言ってた銀色の髪の少年だ。ユニオだ」
「この人が?」
スティーブが怪訝そうに、しかし既に大好きだというように顔を赤らめてユニオを見る。
「少年じゃないでしょ? この人、どう見ても青年ですよ?」
「詳しい話を奥でしたい。付き合ってくれ」
ゼンゾーはそう言いながらスティーブの背中を押し、振り返るとゴゴに言った。
「争いは起こすなよ、ゴゴ。わかってると思うが、19歳のユニオにお前は絶対に敵わん」
ゴゴは悔しそうな表情をすると、ユニオの顔を見てしまった。
ユニオがにっこり微笑む。
ゴゴも一目惚れしたように顔を赤らめると、ぎこちなく微笑み返した。
「ユニくん、お腹減ってない?」
ユーコが聞いた。
「うん。僕、実はお腹ペコペコで、さ。なんかあるかな、ママ?」
「あるよ〜。ちょうど今日、一流の中華飯店で出前とったの。冷蔵庫に残ったのあるから……おいで」
「わっ。なんだろう。わくわくする」
ユニオを付き従えて歩き、ユーコは食堂に隣接したキッチンへ行くと、冷蔵庫を開けた。一皿取り出し、ユニオに見せる。
「じゃーん! レバニラ炒めだよ!」
「わあ……」
ユニオの笑顔がだんだんと期待外れの表情に変わる。
「……レバー、また殺しちゃったの……」
「あっ。生のレバーがいいんだよね? ママちゃんとわかってる」
ユーコは慌てて言った。
「明日、いよいよ生のレバー食べさせてあげられるから。今夜はこれで我慢して」
「スティーブ」
ゼンゾーの部屋で2人は会話していた。
「話って何? アイタガヤ」
「ヘリを出してほしいんだ」
ゼンゾーは深刻な顔をして、言った。
「ユニオを島へ送り返したい」
「なんで?」
スティーブは抵抗するような顔をして聞いた。
「なんでもいいだろ。あいつは島でしか生きられないユニコーンなんだよ」
「また、それ?」
スティーブがうんざりした声を出す。
「いい加減にしてよ。アイタガヤのファンタジーなストーリーに付き合わされるほどボク、暇じゃないよ」
「ファンタジーじゃねえんだ。マジでヤバいんだ、あいつは」
「あんな可愛い青年がヤバいわけないでしょう」
スティーブはとっくに『魅了』にかかっていた。
「ボク、彼と暮らしたいな。彼と暮らせるならギターの音量も素直に小さくして……いやこれからはヘッドホンで練習するよ。あの子、気に入っちゃったんだ。仲良くなりたいな」
「スティーブ!」
ゼンゾーは彼の胸倉を掴み、引き寄せた。
「あいつはな、20歳になったら、母親を食う動物なんだよ!」
スティーブが大嫌いなものを見る表情でゼンゾーの顔を見た。
構わずゼンゾーが続ける。
「あいつの銀色の髪を金色が覆うようになる時、あいつは成人の儀式として、優子を食べることになるんだ! そうなる前に島へ送り返さなきゃならん! 協力してくれ!」
スティーブはゼンゾーの手を振り払った。
そして軽蔑の眼差しで見下し、言った。
「そこまでクズなやつだとは思わなかった。クズだクズだとは思ってたけど」
「ああ!?」
「ユニオくんに嫉妬してますよね? 優子さんが本当に好きなのはユニオくんなんでしょ? 取られたくないんでしょ?」
「そういうことじゃねえ! 優子はユニオのことは、息子みたいなもんだと思ってるんだ!」
「ユーコさん24歳でしょ」
スティーブの目が白い。
「19歳の息子がいるって変じゃないですか」
「ほんのちょっと前までは赤ん坊だったんだよ!」
「意味がわからない」
スティーブが出口に向かって歩き出した。
「とりあえずヘリは出しません。ユニオくんはボクがここで面倒見ますから」
「ここ、おれの家だろうが!」
「ボクが買って奪ってもいいんですよ」
スティーブの目がギラリと光った。
「そのぐらい簡単だ。今までしなかったのはアイタガヤのことを思ってだった」
「う……」
「だからあんまり変なことは言わないように」
パタンと静かに音を立て、スティーブが部屋を出て行くと、ゼンゾーは激しくベッドを叩きはじめた。
スティーブの目は本気だった。




