ゴゴとユニオ
ゴゴは嗅ぎつけたようだ。
玄関に、ユーコと一緒に、ターゲットが来ていることを。
自室として充てがわれた物置部屋で、壺や仏像に囲まれて寝ころんでいたが、鼻をヒクヒクさせると、おもむろに起き上がった。
何を呟くこともなく、物置部屋をそっと出ると、足音を殺して廊下を歩きながら、前を睨んだ。
2人の会話を盗み聞きするように、ゴゴの大きな2つの耳がピクピクと動く。
「おい!」
後ろからゼンゾーがそれを呼び止めた。
「おまえ、なぜ急に動き出した? どこへ行く? トイレはそっちじゃないよな?」
ゴゴがゼンゾーを邪魔そうに横目で見る。
「玄関に優子がいるよな? そっちに何の用なんだ? 答えろ」
ゼンゾーはその嗅覚で玄関にユーコがいることを知り、そちらへ向かってゴゴが急に歩き出したのを察知して、自室から出て来たのだろう。
ゴゴは無言で大人しくなるフリをすると、突然、腕を横に振った。
太くも鋭いその爪が、ゼンゾーに襲いかかる。
「見くびんな!」
ゼンゾーはそれを先読みしていたのか、横へ飛んで避けた。
「てめーの動きは匂いで読める!」
ゼンゾーが尻ポケットに入れていた拳銃を抜いた。
しかし迂闊に撃てないのか、突きつけたまま距離を取る。
「どういうつもりだ? 聞かせろ」
ゼンゾーがゴゴを牽制しながら言った。
「なぜこの家に入り込んだ? おれはてめーを元々信用しちゃいねぇ。言え! 優子を食べに来たのか?」
「そのつもりならオレ、とっくに食ってる」
ゴゴはゼンゾーの動きに注意しながら、言った。
「ロイが帰って来た。だからだ」
「何っ!?」
ゼンゾーが鼻をヒクヒクと動かす。ゴゴに拳銃を突きつけたまま、玄関のほうに注意を向ける。
「本当だ……」
その顔が嬉しそうに笑う。
ゴゴがその隙を見てダッシュで走り出した。
「待てっ!」
そう言うなりゼンゾーが発砲した。
「おまえ、ロイを食うつもりだろ! そうはさせるか!」
銃弾はゴゴの目の前をかすめ、壁に穴を空けていた。ゴゴが銃声に急ブレーキをかけていなかったらこめかみを撃ち抜いていただろう。
「オレ、ロイの親を、2人とも食った」
ゴゴは動きを封じられ、立ったまま、言った。
「今のロイなら、オレ、食える。子供のうちに食わないと……」
「おまえにアイツは食えねーよ」
ゼンゾーがバカにするように言う。
「ネアならともかく、おまえは相性が悪い。わかってんだろ? おまえとロイなら、ロイのほうが強い」
「だからだ」
ゴゴは動かず、言った。
「成長されたらオレ、敵わない。親を食ったオレ、ロイに復讐される。その前に……」
「バッカだな、おまえ」
ゼンゾーが笑い飛ばすように言った。
「アイツがそのつもりならあの島でとっくにおまえ、殺されてんよ。ロイには復讐するつもりなんてない。あるもんか。それにアイツのことは『ユニオ』って呼ばねーと……」
素早くゴゴが動いた。
ゼンゾーの構える拳銃を爪で弾き飛ばすと、物凄い速さで玄関へ向かって駆ける。
「まっ……、待て!」
ゼンゾーが慌てる。
ロイのほうが強いと言っておきながら自信がないようだ。
まだ身体能力の未熟な13歳のロイではさすがにゴゴには敵わないという気がしているのだろう。
だが……
ゴゴの走り出した足が止まった。
生唾を飲み、少し後ずさる。
「あっ。君は……」
玄関のほうからユーコと並んで歩いて入って来たものが、笑顔で言った。
「確か……ゴゴだっけ? 久しぶりだね」
「ロイ……」
ゴゴは唸るように、その名を呼んだ。
「ロイじゃない。今は『ユニオ』って呼ばれてる。ママがつけてくれたんだ。君もそう呼んでくれないかな」
そう言って笑うユニオには余裕しかなかった。
ゴゴの殺気は当然感じているだろう。しかし、そんなものはどうにも出来るといった笑顔だ。
「ユニ!」
ゼンゾーが声を上げた。
「おまえ……、せ、成長したな……!」
「カッコよくなったでしょ〜?」
隣に並んだユーコが自慢するように笑う。
「17歳ぐらい? 我が息子ながら惚れ惚れしちゃう」
今にもよだれを垂らしそうに見えた。
「ユニオは童顔なんです」
ゼンゾーが深刻な顔で、ユーコに言った。
「おれはコイツが17歳の時、島を出た。でも、これは、その時よりも明らかに……歳を取っている……」
「わかる? ゼンゾー」
ユニオが嬉しそうな顔で、笑った。
「これが何歳の頃の僕の姿か」
「ああ……。その銀の髪に対する金色の毛の割合で、推測することが出来る。ユニ……、おまえ……、今……」
ゼンゾーは確信とともに言った。
「19歳だな?」
そう言うなりユニオに近寄り、顔を突き合わせた。
ユニオのほうが10cmぐらい背が高い。
その胸ぐらを掴むと下へ引き寄せ、ゼンゾーのほうから背を伸ばしてキスをした。
ユーコが口に手を当てて大人の男同士のキスシーンを見ながら、喜んでいる。
「あははっ」
ユニオがまた嬉しそうに笑う。
「いきなり積極的だね、ゼンゾー」
そう言って笑いながら、動きかけていたゴゴに向けて、ユニオは長いツノを光らせ威嚇していた。
「ウウッ……」
ゴゴにはわかっているようだ。
もはや彼はユニオには絶対に敵わない。
「ユニオ」
銀色の髪に混じった金色の少ない毛を指でくりくりと弄りながら、ゼンゾーが言った。
「おまえ、島へ帰れ」




